12. 〝クラッシュ〟
「クラッシュ」(ポール・ハギス監督 2005年のアメリカ映画)から
「真昼君は素直過ぎた。当時噂となりつつあった特別保護教育法令を警戒し、私をその先兵と看破した。そして私を排除しようと策を巡らした」
ゆっくりと安全装置を外す。
「彼は幼稚で拙速だったが、施錠されていても自身の計画を実現する能力があった。炎を残した部屋に一酸化炭素を充満させ、強制的に酸欠状態にして、バックドラフトの準備を整えた。そこに私をおびき出したが、姉の深夜さんが戻ってきてしまった。そして彼女をかばい、全身に致命的な火傷を負った。深夜さんもまた、その事故で右目、右手、右足を失った」
「確かに不幸な偶然でしたが」
「偶然ではありませんよ」
「はい?」
「あの日、絵馬深夜さんはウルヴズとして納品される予定でした。だからこそ彼は、他の部員も出払っていたあの日、安心して罠を仕掛けた。しかし、ガウスの納品はキャンセルされた」
「なぜそんなことをご存じなんです?」
「発注したのが私だからです」
「まさか?」
「絵馬深夜さんだけではありません。この地域のウルヴズにどんな特徴があるのか、普段はどんな生活をしているのかを知るために、私は自身の知識と権限を使い、順番にウルヴズを発注していた。もちろん、それが私だとは知られないよう、作業員や研究者に紛れて。そしてその最後がガウスでした」
「じゃ、じゃあ?」
「そう、あの日私は、絵馬真昼君から二人きりで話をしたい、と言われ、ガウスをキャンセルした。その結果、絵馬深夜さんもネストの旧部室に戻り、そして」
足音が更に数歩近づく。
「一命をとりとめた深夜さんは、真昼君の角膜、腕、足を移植され、リハビリを経て今に至る。それももちろん奇跡だが、しかし、鑑が救った命のうちの一つは、結局鑑の年齢を超えることもできずに世を去った。しかもその父親である、私を排除するという策略のために」
引き金に指を添える。
「鑑は何のために死んだのか、私は何のために生きているのか、私にはわからなくなりました。そして出した結論が、すべての破壊です。ウルヴズも、〝月の裏側〟も、何もかもを巻き込み、一度無に帰す。そのために、九重彦君の計画に協力する振りをし続けました」
「そんなこと言っても、ウルヴズも〝月の裏側〟も、皆生きてるんですよ?」
「生きることは否定しません。でも、鑑は生きられなかった」
「息子さん、鑑さんだってそんなことをきっと望んでいません」
「なぜ校長が鑑の代弁をするのですか?」
「そ、それは」
「生きていれば、鑑は今の校長と同じ年頃です。その歴史を刻めなかった鑑の何がわかるとおっしゃるのです?」
「私は」
「ご安心ください。ここまでですから」
一陽が振り向きざまに銃を構えるが、うめき声をあげて床に落とす。手を伸ばす前に拳銃は数回音を立てて弾かれ、安宅の足元に滑っていった。
「あの、夕方の放送の時の」
「単なる鉄球です」
安宅がかがみこんで銃を拾う。球は蛍光灯を割り、壁に掛けられた額を落としていく。
「四方の上下に設置した電磁石を操作することで、そこにできる六面体の範囲内で自在に飛行させることができます。原理としては絵馬さんと同じですね。密造銃工場襲撃の際は、箙君を含む仲間、〝月の裏側〟の皆が壁代わりでしたが」
「それじゃ、あのテレビ放送も、やはり」
「ウルヴズである以上、校長も例外ではありません。今日で終わっていただきますから」
安宅がシリンダーの銃弾を確認する。
「せめてもの情けです。苦しまなくて済むよう、心臓を撃ち抜いてさしあげます」
そして銃口を一陽の胸に向ける。
「さようなら、雨月校長」
銃声が教頭室に響いた。




