7. 〝トゥルーナイト〟
「トゥルーナイト」(ジェリー・ザッカー 1995年のアメリカ映画)から
「解錠権限があるのは、警察なら警部補以上、課長以上のような決まった階級以上の者か、または申請してそれが通った場合だ。しかし、このシステムを作った人間なら解錠できて当然。ニホンオオカミのクローン計画、テイアの開発に参加し、道成寺博士たちと密接なつながりのあった医用工学の第一人者、檜垣鏡三博士、現在は安宅教頭ならば」
「檜垣鏡三博士って、まさか?」
「そうだ。真昼とエマを火災から救った檜垣鑑の父親だ」
「そんな。朝礼で狙撃されたのに?」
「八島たちの協力を得た自演だろ。檜垣鏡三なら、遠隔操作で狙撃するなんて大した問題じゃない。後は八島たちが銃と仕掛けを探しているふりをして隠せばいい」
「八島さん」
深夜が八島を見る。彼は無言で目を伏せる。萌が砧に詰め寄る。
「でもキモオタ。あいつのバッジが変に光ってたの、八島クンや景清クンは言ってんのに、あんたは知らんふりしてたって話じゃん。それに、銃撃の角度の問題だって」
「どうやって銃弾が曲がったのかがいまだわからないからな。レーザーサイトに誰が気づき、誰が気づかず、そして誰が気づいていないふりをしてるのか確認する必要があった」
「うわっ、キタナっ」
「萌ちゃん!でも、砧さん」
「そもそも朝礼自体、本来なら体育館で行われるはずだった。前日の低温で水道管が凍結、破裂、月曜になって漏水して体育館の床が水浸しになったから外で、って話だったが、デンさんの話じゃ、通常じゃそんな形には破裂しない、ってことだった。そっちは多分、教頭が解錠したクレアがやったんだろ?」
呉服が無言で砧を見つめ返す。
「で、でも、どうして、その檜垣博士が教頭先生だってわかるんですか?」
「デンさんが仙台の図書館で見つけた資料に、今世紀初頭の檜垣博士の写真があった。十数年経って当然顔も変わっているが、特徴は一致する」
「お兄ちゃん?」
「教頭の家は追分、サンライン沿いの御代田との境にある。新聞配送のエリアで言えばちょうど八島の配達区域だ。打合せにも都合がいい。俺が交代してくれと言っても断られたし」
「じゃあ、あの、ウルヴズ騙った奴も教頭?」
「可能性はある」
「でも、タッパが違うじゃん」
「足まであるマントを着てるんだし、ちょっと屈めばいいだけだ。もちろん、あのウルヴズもどきは〝月の裏側〟の誰かかも知れないが、いずれにせよ、球体を動かす仕組みを作ったのは教頭で間違いないだろう」
「いつから気付いていた?」と八島が訊いた。
「君が近い将来、このからくりに気付くのは想定していた。ただ、予想より早すぎた。もしかしたら、ずっと前から気付きながら、気づかないふりをしていたのか?」
「今思いついただけだよ。あえて言うなら、狙撃事件の後にネストに集まった際、〝月〟に言及した時、俺は全員の心音を聞いていた」
「え?」
呉服が眉をしかめる。
「〝月〟の名前を出した時、心音が大きくなったのは八島とクレアだ。景清も多少動揺はあったが、それは多分、自分が所属していた方の〝月〟を連想したからだろう。〝月の裏側〟とデンさんとの接触の件の際の鼓動の変化は八島たちと全く違った」
「キモオタ?」
「諸々考えると、八島とクレアは最初から、その後、箙司馬の遺志を継ぐ形で景清が加わったってとこだろう。ミーナを引き込んだのは、真昼の件を利用してエマの動揺を誘うため」
「だから」
景清が唸る。
「だから相限定のキモオタなんか殺せって言ったんだよ!」
「ちょっと景清クン、キモオタはきもいけど、そこまでバカにしなくてもいいじゃん。あんたたちの悪だくみ暴いたのはキモオタなんだし」
「景清は砧君をバカにしてなどいないわ。むしろ、私たちの中で誰よりも砧君を恐れていた」
「さっきも言ったように、別に俺が全てを見通せるとは思っていないよ。どうしてもつながらない部分もあるし、そもそも、俺でもわかることなら誰でもわかるだろ?」
「それは謙遜?それとも嫌味?」
「呉服サン、わかってないなー。こういう時のこいつのはね、謙遜でも嫌味でもない、いつでも本音。基本的に素直なんだよね。ただ、性格が恐ろしいほど悪いだけで」
「一つ教えてください」
深夜が声を絞り出した。
「真昼が、真昼が死んだのは、教頭先生のせいなんですか?」
「そうだと言ったらどうする?」
少しの無言の後、景清が訊き返す。深夜が拳を握り締める。
「真昼は、私と一緒に息子さんに救ってもらったのに、そのお父さんに殺されたんですか?」
「だったらどうする?何をしたって、死んだもんは戻って来ねーぞ」
「そんなことわかりません!何をするか、何ができるかなんてわかるわけありません!でも、でも、私は、私は」
「深夜」
「盛り上がってるところ悪いが、もう時間も過ぎてるんで」
砧が言った。萌が訊く。
「はあ?時間?何の?」
「俺が帰る時間」
破裂音とともに泥まみれの水しぶきが舞い上がり、全員の視界を奪った。