2. 〝リクルート〟
「リクルート」(ロジャー・ドナルドソン監督 2003年のアメリカ映画)から
「景清クン?」
萌が呟き、景清を、それから頭上の電柱を見た。
「何しやがる?呉服」
景清が呉服を見上げる。右手を、そして、やはり氷にめり込んだ足を右、左と抜いて立ち上がる。
「景清こそ、破壊するのはケータイだけで十分。あなた今、砧君まで攻撃しようとしたでしょ?」
「相限定のキモオタなんか殺しちまっても構わねーだろ?」
「不要なら破壊という、暴力的で短絡的な思考はやめなさい」
「クレアも十分暴力的だろ?」
砧がよろけながら起き上がる。手のひらから鉄とプラスチックの粉がこぼれ落ちる。
「大丈夫か、砧?」
「大丈夫なわけないだろ?見ろ、クロスプランツだって擦り切れてるし。俺なんかこの下学生服、自前だぞ?『電話を放棄しろ』とでも言ってくれればいいだろうが。あー痛っ。これ絶対あばら骨折れたぞ?クレア、治療費請求するからな」
「セコッ!あんた、この場面でいうことがそれ?」
「二人とも、今それどころじゃない。呉服さん、景清さん。一体どうなってるんですか?」
「あえて訊く必要ある?私と景清は雨月を離れる」
「どうしてですか?同じウルヴズなのに」
「あのアナウンサーが言った通り。ウルヴズなんて、自尊心を満たして現実から目を背けさせられてるだけだけど、実際は狼どころか、権力の愛玩犬でしかないわ」
「そんな」
「私たちの納品先の多くは、本当は私たちなど必要としていない。ただ、テイアとその前身のオルフェウスの鬼子であるウルヴズに、建前上の存在意義を与えているだけ。私たちなんて、しょせん、狭い部屋の中でのみ鎖を外され、自由と言う気分を与えられているだけの奴隷。科学や建築、土木のような、建設的な分野への出荷ならまだいい。危険も少ないし、学べることも多い。でも、凶悪事件の現場に私たちがいる必要ある?私たちがいなければいけない理由がある?命の危険を冒してまで、新薬に隠れた負債を返す必要がある?しかも、私たちには何の責任もないのに。私も景清も、そういう運命に従うのにはもううんざりした。全国にはまだ『いないことにされている』ウルヴズがいるはず。そういうウルヴズに呼びかけ、もっと大きな組織を作る。そして国家に身分の保障を要求し、これまでの賠償を請求する。私たちには当然その権利がある」
「だ、だからといってこんなことしなくても」
「選別よ。私たちに賛同するなら一緒に行きましょう。でも、賛同できないなら敵とみなすわ。私たちの手の内を知っているあなたたちは、真っ先に排除しなければならないから」
「他の賛同者は誰だ?呉服たちは明らかに解錠されている。権限を持つ協力者がいるはずだ」
「『解錠してもらう』という発想自体、私たちに染み付いた悪癖よ。私たちは、すでに自分自身で解錠する術を見つけた」
「『私たち』はウルヴズか?それとも〝月の裏側〟も含めるのか?」
「私たちと行動を共にするなら教えるわ。そうでなければ、話し合い自体必要ない」
「教頭の狙撃事件も、呉服たちの策謀か?」
「それも答える必要がないわ」
「確かにそうかもね」
萌が笑い、八島に向き直った。
「呉服サンの言う通り。あたしたちは、テイアで治った大多数の陰に隠れた外れのモルモット。自分たちが特別みたいに思わされてきたけど、それって、どう考えても悪い方に特別なだけ。自分の判断で行動することもできない。ここに来る時、田村に解錠をお願いしたみたいに」
「萌ちゃん?」
「真昼だって、鍵さえかかってなければ死ななくて済んだはず。責任能力がないってなら、あたしたちに好きにやらせてから大人がキャンセルすりゃいいじゃん。何でやる前からガチガチに制限するわけ?」
「萌さん」
「あたしも呉服サンたちに賛成。国に責任を取らせたい。当時の責任者には謝ってほしい。何より、もっと自由になりたい」
「もゆちゃ」
「もし、深夜がこっちにいなければ」
萌が振り返り、呉服に向き直った。
「自由も独立も賠償も確かに魅力的。でも、そこに深夜がいないなら、そんなのあたしにとっては無意味。深夜がいない自由より、深夜がいる牢屋の方が百億倍ましだし」
「萌ちゃん」
「そう。八島は?」
「呉服たちの言い分は理解できる。でも、段階を踏むべきだ。一足飛びにことを運ぼうとすれば、足を踏み外す恐れがある」
「砧君?」
「俺はもちろん勝つ方につく。タイヤを交換したら帰るから、結果が分かったら教えてくれ」
「この状況で帰れると思ってるの」
「ノノはクレアを抑える。八島は景清を止める。俺は全力で帰る。エマは、そうだな、ミーナがいたらミーナに対応してくれ」
「エミちゃん?そう、私たちはそもそも、エミちゃんを追って」
「水無瀬さん」
呉服が横を向いた。建屋の陰から、毛皮をまとったウルヴズが現れた。