7. 〝華氏911〟
「華氏911」(マイケル・ムーア監督 2004年のアメリカ映画)
※真偽はともかく、第十一章-3の節タイトルで触れた「ニュースの真相」と合わせて見ると、背景がもう少し良くわかるかもしれません。
「田村さん!」
深夜の呼びかけに田村が振り返った。
「君は? 無事だったようで何よりだ」
「お願いします、鍵を外してください! 友達が大変なんです!」
しかし田村が深夜を見下ろし、言った。
「悪いが何を言ってるかわからない。そんなことより、君も早く避難した方がいい」
深夜は田村を見つめ返し、それから「すみません」とうなだれて背を向けた。萌が田村を睨みながら深夜の背に手を添えた。
「ポリ公なんて結局保身かよ」
「保身は悪くないだろ?じゃ、俺はこれで」
「鍵がかかっていてもいいです。とにかく車をお願いします!」
「運転ならデンさんに頼めよ。撤収はどう考えても延期だし、ちょうど空いてるだろ?」
「伝さんは災害時の協定で多分今は動けないし、迷惑をかけられない」
「俺だって迷惑だけど」
「僕が運転する」
「八島さん?まだ免許ありませんよね?」
「まだ仮免だけど、今は法律より微笑さんの方が心配だ」
「そうだな、じゃあよろしく。はい、車の鍵。明け方までにネストの裏に戻しておいてくれ。鍵は俺の机の上でいい。配達に間に合うように帰れよ」
砧が背を向けた。深夜がその前に回り込み、その手を握った。
「砧さん!お願いです!送ってくれるだけでいいんです!八島さんの気持ちは嬉しいけど、でも、こんな状況で、途中で免許提示を求められたら」
そしてうなだれる。そのつむじを見つめていた砧が口を開いた。
「わかったから手を放せ」
「砧さん」
「深夜!手を放しちゃダメ!こいつそうやって安心させて逃げる気だよ」
「さすがだな、ノノ」
砧が笑う。萌が砧の背後に回り、耳元で囁く。
「おい、キモオタ。これが何かわかってるだろ?あんたがあたしによこしたんだからね」
「萌ちゃん、それ?」
砧の背中に押し当てた萌の右手を見て、深夜が目を見開く。萌が横目で深夜に笑う。
「深夜は気にしなくていいよ」
「萌さん?」
「いいから! 八島クンも黙ってて!」
萌に促され、砧が歩き始める。無人の搬入車両車用駐車場に回ると、砧が運転席、萌がその真後ろに座った。
「深夜、八島クン、乗りな。乗ったら毛皮を着な」
全員が乗り込むと、三人が荷室から毛皮を取り出し、急いで身にまとう。
「キモオタ、あんたもクロスプランツくらい着とけ。変な真似したら撃つからな」
萌がマントを投げる。砧が背後を伺いながらフードを被り、エンジンをかける。走り出そうとすると、正面に制止する姿が見えた。
「田村さん」
深夜が呟く。萌が砧に「余計なこと言うなよ」と囁いた。砧は無言で車を停止させ、パワーウィンドウのスイッチを押した。三分の一くらいのところで「それ以上開けるな」という声が聞こえた。
「田村さん?」
「ガウスはいるか?」
「は、はい」
助手席の背後の深夜が手を上げると、田村がそちらに回った。深夜も窓を三分の一ほど開く。
「ウルヴズが乗用車に乗る時点で問題だぞ」
「すみません」
「まあでも、この混乱だし、ごまかせるだろ。むしろこれから始まる検問の方が気になるよ」
そしてガウスの肩に手を置く。
「他にもウルヴズがいたら鍵を開ける。間接接触でもいい」
八島と萌が顔を見合わせる。
「それが誰かわからなければ感染の要素はない。車のナンバーは見えなかったことにする」
深夜が萌の肩に手を伸ばした。八島が振り返って右手で深夜の腕に、左手で砧の肩に触れた。田村の「解錠」という声が聞こえる。
「いいんですか?記録は残りますよ」
窓を閉める前にパスカルが訊いた。田村が鼻で笑う。
「構うもんか。どうせログの取得なんて誰もできないんだから」