6. 〝チェーン・リアクション〟
「チェーン・リアクション」(アンドリュー・デイヴィス監督 1996年のアメリカ映画)から
演台に立った道成寺文部科学大臣の声が途切れた。一瞬の静寂の後、会場の全員が音の方向を探す。再びさっきより大きな爆発音が聞こえた。悲鳴が館内を覆う。生徒たちと来賓が出入り口へと走る。警護者達がステージに駆けあがり、文科省大臣を別室に連れ出す。
「ちょっと何これ!」
「わからない」
萌の叫びに、深夜がステージを見つめながら答える。
「でも音は建物の後方、私たちの真下からみたい。それより入口にみんな殺到して危ない」
「人の心配してる暇ない。ってか、深夜、何見てんの?」
「目が合った」
「え?」
「文科省大臣さんと目が合った」
「気のせいでしょ?」
「ううん、確かに私を、私たちを見た。そして」
深夜の口元が少し緩む。
「あの、道成寺先生と同じ、懐かしい、温かい笑顔を見れた」
「皆さん!」
スピーカーを通して館内に絶叫が響く。我先にと出口に向かっていた人の群れが止まった。ステージに駆け上がった一陽がマイクを握りしめているのが見えた。
「走るとかえって危険です!外では警察の方々が警備しています。順番に歩いて館外に出て、警察の指示に従ってください」
「校長先生」
「避難は下級生から!先生方は誘導を!来賓の皆様も子供たちの避難にご協力下さい!」
避難中の壇上の来賓の動きが止まった。知事や議員たちが生徒の列に入り、教師たちと協力しながら左右の出口を指示し始めた。
「ネストの皆さんも早く避難しなさい!」
一陽が深夜たちに顔を向けた。
「非常階段はかえって危険だから、まずは一階に降りて来て」
「深夜さん!萌さん!」
二階席の反対側から八島が駆けて来た。
「早く脱出しよう。砧も!」
中央にいた砧も階段へと向かう。
「キモオタ!あんた当然女の子に道譲るだろうな?」
「教頭がいない」
「え?」
萌と深夜が階下を見た。大人たちの中に安宅の姿は見えない。
「ハゲタカの奴、一人だけさっさと逃げやがった」
「ミーナも」
「エミちゃん?」
「微笑?そう言えば?」
「エミちゃん!?八島さん、エミちゃん見ませんでした?」
「ごめん、爆発音以来見かけなかった」
「まあいい。ミーナを探すのは諦めよう」
「キモオタ!ふざけんな!」
「電話してみる」
深夜がスマートフォンを取り出し操作する。怒鳴る萌と立ち止まる深夜を砧が振り返る。
「少なくとも見える範囲にはいない。先に外に出ている可能性もあるだろ?」
「僕もとりあえず脱出することに賛成だ」
八島が続ける。深夜が周囲をもう一度見まわし、頷いた。萌も舌打ちをして階段へと向かう。
「景清さんたちはどうしてるんでしょう?」
「最初の爆発音の後連絡をしたが通じないんだ。外へ出たら探してみよう」
八島が避難する生徒たちに視線を移す。
「今のところ二度の爆発音だけだけど、何があるかまだわからないし、出荷要請があるかもしれない。とにかくいったん建物から離れよう」
八島の先導で階段に向かう。深夜が周囲を見回しながら続く。来賓や教師の誘導で生徒たちが館外へと避難している。あちこちから様々なサイレンの音が聴こえ始める。
「ネストは点呼では飛ばされるはずだ。落ち着いたら、各自クラスHELIXで無事を伝えておけばいい」
携帯電話を耳に当てながら速足で階段を降りる八島に、深夜が頷いた。
「八島クン、どうすか?」
「だめだ、連絡がつかない」
八島が電話をしまう。四人は館外の裏口側に出た。緊急車両のサイレン音が大きくなる。
「連絡が取れなきゃ仕方ない。奴らは奴らの事情があるんだろ?まあいい。俺は帰るから」
「はぁ?この状態で?」
「特に要請も出てないし、鍵がかかってりゃできることもないだろ?」
「待って。HELIX。エミちゃんから。『助けて下さい』って」
「位置情報は?まだアプリ入れたままだよね?」
八島が訊いた。深夜が「あ、はい」と画面を操作する。
「三ツ谷東のあたり。十八号を越えて北へ向かっています」
「どういうこと?」
「砧さんの心配した通りなのかも」
深夜が見つめるスマートフォンの画面で、位置情報を示すマーカーが点滅している。
「誰かがエミちゃんが必要なのか、それとも」
「警察に電話でもして、とりあえず家に帰って連絡を待つというのはどうだ」
「あんた、ほんと自分のことしか考えないね」
「砧さん!車を出して下さい!何があったかわからないけど、エミちゃんはきっと誰かが助けてくれると思ってるはずです。誰かに助けてほしいと思ってるはずです」
「エマ、冷静に考えろ。鍵のかかった俺たちに何ができる?無力なまま救助に向かっても、被害を大きくするだけだ」
深夜が周囲を見回し、そして避難を誘導する列に向かって走り出した。