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弱くてニューゲーム  作者: 直井 倖之進
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第一章 『貴方は、死にました』③

「あらあら、残念。間に合いませんでしたね」

 (ぼう)(ぜん)と地べたにへたりこんでいる木村の前に立ち、そう少女は言った。

「間に合いませんでした、って、何が?」

 まだ(しょう)(てん)の定まらぬ目をして木村がたずねる。

 だが、それには何の返答もすることなく少女は、彼に背を向けると、崖の先端へと歩き出した。

 それから、崖下へとその身を大きく乗り出して独りごちる。

「うわぁ、すごい。人間の手足って、あんなに曲がるんですね。体中あちこちに変に向いていて、糸が切れた操り人形みたい。おやおや、頭も割れちゃって脳みそが……。血もいっぱい出ていて、痛そうです」

「脳みそ? 血?」

 少女の口から発せられたとは思えぬその言葉に、宙に()いていた木村の意識が彼女へと向いた。

 その両眼が、少女の後ろ姿を初めてしっかりと捉える。

「コスプレ?」

 思わず彼はそう(こぼ)した。

 そうなのだ。今も崖下に注目している少女の背中には、白い(つばさ)がついており、頭の上には、同色の、蛍光灯のような丸い輪が浮かんでいたのである。

 それは、まるで天使を模したかのような装い。

「あの、君は? どうして、こんなところに独りで?」

 先ほどまでの自分の行いなどは(たな)に上げ、そう木村がたずねる。

 すると、少女は、ようやく彼の声に反応した。

「え? 私ですか? 私は、天使です。天使のテンコと申します。貴方の手助けをしに参りました。以後、お見知りおきを」

 そう言ってにこりと笑い、ぺこりと頭を下げる。

「へ、へぇ、そうなんだ。天使のテンコちゃんか。こちらこそ、よろしく」

 やけに物分かりよく、木村はうなずいた。「自殺しようとしている人間を引きとめてまで“天使ごっこ”をしたがっているこの少女は、きっと友達のいないかわいそうな子に違いない」、そう考えたのである。

 一方、そんな木村の胸中など知る(よし)もなくテンコは、笑みを浮かべていた顔を不安げなものに変えて口を開いた。

「ところで、大丈夫ですか? 少しは、落ち着きましたか?」

「あぁ、もう平気だよ」

「そうですか。よかった」

 テンコが(あん)どの息をつく。

 そんな彼女を前にして、「やっと()()りをつけて飛び降りようとしたのに……」などとの本音が言えようはずもなく、木村は、代わりに心にもない謝意を伝えた。

「えっと、君が僕のことを助けてくれたんだよね。ありがとう」

 ところが、そのとたん、テンコの表情が変わった。

「いいえ、それが、その、助けたというか、助けてはいないというか……」

「ん? どういう意味?」

「やっぱり、気づいていないんですね」

「何が?」

 木村が首をかしげる。

 その姿を、段ボール箱に入った捨て(ねこ)を拾った時のような(あわ)れみの目で見つめると、テンコは、そっと手招きで彼を呼んだ。

「どうした?」

 木村が、彼女のいる崖の先端へと四つんばいで近づいて行く。

「どうした?」

 テンコの(かたわ)らまで(とう)(ちゃく)してからもう一度そう聞くと、彼女は、(だま)って崖下を指で示した。

 (うなが)されるまま、そちらへと(おそ)るおそる身を乗り出す。

「な、何だ、……あれ」

 木村は、我が目を疑った。

 鋭く先の尖った崖下の岩々。それをベッドとするかのように、ひとりの男が(あお)()けに倒れていたのである。

 男は、()()が有らぬ方向へとぐにゃりと曲がり、(くだ)けた頭部の四分の一ほどは、すでに波で洗い流されてしまっていた。死の直前、(きょう)()で見開かれたのであろうその眼球は、真っ直ぐにこちらを見上げていた。

 それは、まるでホラー映画のワンシーンのような(さん)(じょう)

 しかし、木村が我が目を疑ったのは死に様ではなく、死体そのもの。

 今、崖下で倒れている男は、木村拓未。間違いなく“自分自身”だったのである。

「あれが僕で、僕があれ。……じゃあ、僕は、いったい誰なんだ?」

 木村が、(ふる)える指で自分を指さす。

 そこに、そっと諭すようにテンコは告げた。

「あの、誠に残念なのですが……、貴方は、死にました」

「死?」

「はい。今し方、この崖から飛び降りて、亡くなったのです」

「じゃあ、僕は? この僕は、いったい誰なんだ?」

 ()める口調でそう問う木村に、テンコは冷静に返した。

「貴方は、貴方が崖下へと身を投げる直前、私が無理やりに引き出した(れい)(たい)です」

「霊体? それなら、今の僕は、(ゆう)(れい)ってこと?」

「はい。簡単に言うとそうなります。そのため、自分が霊体であるいう自覚のようなものが、現在の貴方にはあると思うのですが。どうでしょうか?」

「どうでしょうか、って、聞かれても……」

 木村が、困り顔を浮かべる。

 だが、その表情は、三秒と保たれることなくすぐに何かを察したものへと変わった。

 そう、思い出したのである。

 この崖から飛び降りようとしたところをテンコに引き倒され尻もちをついたあの時、崖の向こうへと消えて行く“自分の姿”を、はっきりと見ていたことを……。

 霊体となったのは、まさにあの時だ。

 ならば、目の前にいるこの少女も、“天使ごっこ”をしているわけではなく、“本物の天使”だということになる。

「どうやら、心当たりがあるみたいですね」

 そう確認してくるテンコに、木村は小さくうなずいた。

「うん、ある」

 ご訪問いただき、ありがとうございました。

 次回更新は、4月2日(月)を予定しています。

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