最終章 『弱くてニューゲーム』③
「……あの、いつから? いつから、僕が優太君じゃないって気づいていたの?」
ベンチに腰かける若菜の横顔に目をやりながら、木村がたずねる。
真っ直ぐに前を見据えたまま、彼女は答えた。
「最初におかしいと思ったのは、五十メートル走の時です。貴方の走り方、優太君とは全然違いましたから。その後も怪しいと思うことは幾つもありました。授業中、ずっと足を床から離しているのも、その中のひとつです。ですが、貴方が優太君でないことを確信したのは、運動会の日です。四百メートルリレーの選手入場で、貴方は私に手を差し出しました。それは、優太君の手と握手できたのは嬉しかったですけど、普段の彼は、絶対にあんなことしませんから」
「そうか。いつも優太君を見ている若菜ちゃんには、分かってしまうんだね」
木村が小さく息をはく。
すると、若菜は、ベンチから突然立ち上がった。
それから、すぐさま彼の前に立ち、深く頭を下げて告げる。
「お願いします、宇宙人さん! 優太君を、優太君を返してください!」
「う、宇宙人?」
訳が分からず、木村は声を裏返した。
だが、至って真剣に彼女は言った。
「運動会の時に触った貴方の手は、間違いなく優太君のものでした。ということは、今の貴方は、優太君の体を乗っ取った宇宙人だということになります」
「だということには、ならないと思うんだけど……」
木村が戸惑う。
それでも構わず、若菜は続けた。
「お願いします! 優太君を返してください! 優太君は、私が、世界で一番好きな人なんです!」
必死にそう訴える彼女の声は震えていた。その叫びはかすれていた。瞳から零れる涙は、頬をつたい、地面へと流れて落ちていた。
しかし、何よりも木村が胸を打たれたのは、その姿ではなく、「世界で一番好きな人」という彼女の言葉であった。
そっと宙を見上げ、木村はテンコに伝えた。
「ねぇ、テンコちゃん。優太君とテンコちゃんの姿、若菜ちゃんにも見えるようにしてあげてよ」
「駄目ですよ! そんなことをしたら、神様からどんなお仕置きがあるか」
テンコが大きく首をふる。
だが、
「たとえ何があっても、責任は僕が持つからさ」
そう言われると、彼女は、仕方なさそうに指を一回、パチンと鳴らせた。
次の瞬間、
「え? 優太君が、二人いる!」
木村と優太を見比べ、若菜は大きな声を上げた。
そんな彼女に、木村はこれまでの事情を全て説明した。
「……ということは、優太君の姿をした木村さんと優太君は、ずっと一緒に生活していたってことですか?」
「うん」
木村がうなずく。
「それって、この公園でも、ずっと、一緒だったってことですか?」
「え、えっと、そういうことになる、かな」
その返事を聞いたとたん、若菜の脳裏に「将来、私は、優太君のお嫁さんになりたいと思っています」や「優太君は、私が、世界で一番好きな人なんです!」など、自らが口にした数々の言葉がよみがえった。
「……い、いやああああぁ!」
夕刻五時。公園に、若菜の悲鳴が響き渡る。真っ赤に染まったその顔は、間もなく水平線へと消えようとしている西日のせいでないことだけは明らかであった。
優太を想うその気持ちと行動により、図らずも彼の秘密を知ることになった若菜。
優太の体が優太へと戻される日は、もう間近に迫っていた。
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次回更新は、6月7日(木)を予定しています。




