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弱くてニューゲーム  作者: 直井 倖之進
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第五章 『過去との決別』④

 入場を終えた木村たち選手が足をとめたのは、四百メートルトラックの第一コーナー付近だった。ここが第一走者のスタート地点で、そこから第二走者、第三走者、最終走者とスタート地点が変わってくる。あくまでも目安ではあるが、各コーナー付近がその場所だと考えておくと、察しもつきやすいだろう。

 ちなみに、四百メートルトラックは、百二十メートルの曲線と八十メートルの直線の各二本ずつで形作られており、木村と同じ第一走者が走るのは、第一コーナーから第二コーナーまでの曲線部分である。

 選手がその場に腰を下ろすと、再びアナウンスが響いた。

「四百メートルリレーは、ひとり百メートルずつ、第一走者から最終走者までの四人がバトンをつないで走る競技です。紅組、白組、各二チームずつ、計四チームによって争われます。第一、第二走者は五年生、第三、最終走者は六年生が担当します。なお、第一、第三レーンは紅組、第二、第四レーンは白組です。それでは、第一走者はそのままで、他の選手の皆さんはスタート位置への移動をお願いします」

 放送に従い、選手たちが各々のスタート地点へと散り始める。

 それに合わせて動き出そうとする若菜を、木村が呼びとめた。

「若菜ちゃん」

「え? 何?」

「いい、よく聞いて。今日の僕は、深石優太じゃない。見た目は優太君だけど、そうじゃないんだ。だから、たとえ今からどんなことがあっても、若菜ちゃんだけは優太君を信じ……」

「分かってる」

 木村の言葉の途中で、若菜はうなずいた。

 そして、ひと言、

「がんばろうね」

 と告げると、第二コーナーのほうへと走り去って行った。

 「よし、これで僕に何かあっても優太君とは無関係。大丈夫だ」驚くほど物分かりよく返事をしてくれた若菜に感謝しながら、木村は安どの息をついた。

 だが、彼は気づいていなかった。若菜の物分かりのよさには理由があり、それは、「分かった」ではなく、「分かってる」と返事をした彼女の言葉に、全て集約されていたのだということを。


「それでは、第一走者。バトンを持って、スタート位置に」

 スターターを務める先生の声が、木村の耳に届いた。

 渡されたバトンを手に、ゆっくりと第四レーンのスタート地点へと歩き出す。それは、第一レーンの紅組の選手よりも大きく先にある地点だった。これは別に彼がずるをしているというわけではなく、今回のように走るレーンが決められているセパレートレーンの場合、トラックの内側よりも外側のほうが、走る距離が長くなってしまうからである。


 木村は、第四レーンのスタート地点に立った。トラックは、見慣れた百メートルの直線ではなく、大きく左にカーブしている。

「まるで僕の人生と同じだな。いつの間にやら曲がってしまった」

 ()(ちょう)するようにそうつぶやくと、木村は、ゆっくりと首を回し、ぶらぶらと手足をふった。

 それから、最後に軽く二度ジャンプをする。

 そこに、スターターが告げた。

「位置について」

 スターティングブロックに足を置き、クラウチングスタートの姿勢を取る木村。

 そのとたん、あいつはやはり今回もやってきた。

 思わずうめき声を上げたくなるほどの激痛が、木村の腹を襲ってきたのである。

 これからスタートというところなのに、痛みで額に(あぶら)(あせ)が浮かぶ。極度の緊張と痛みで、大きく視界が(ゆが)む。“アレ”は、もう出口付近にきている。

 矢も楯もたまらず、木村は心の中で叫んだ。「最後に一度だけでいい。思い残すことなく走らせてくれ! 僕の願いを聞いてくれる神はいないのか!」

 いた。神様は、……いた。

 しかも、木村は、その神様に、“生き返ること以外なら、何でもひとつだけ願いが叶う権利”を与えられていたのである。

 ここでその権利を使わずして、いったいいつ使うというのか。

 「神様! 僕の腹痛を治してください!」その姿をはっきりと思い浮かべ、そう木村が祈る。

 次の瞬間、先ほどまでの激痛は、嘘のように治まっていた。


「……用意」

 その声を合図に、地面についた指先へと全体重を移動させていく。ここで木村は、深く息を吸いこみ、それをとめた。

 パンッ! ピストルの合図と同時に指先を解放、利き足を前に出す。低い姿勢から上体を起こし、トップスピードへ。彼は、一心不乱に前だけを見て走った。

 後方から迫りくる雅志も、他の選手のことも、もう気にならなくなっていた。

 悔しかった過去が、悲しかった過去が、死してなおまとわりついていたわだかまりが、次々と木村から振り落とされてはレーン上へと散らばり、消えていく。

 それは、自己と戦い勝つことで初めて()()げられる過去との決別だった。

 本来ならば生あるうちに越えねばならなかったその壁を、今、木村は、優太の体を借りて乗り越えたのである。

「優太君!」

 ひと言そう呼びかけ、前を見て走り出す若菜。

 その背中に追いつくと、木村は、彼女の手にバトンを(たく)した。

 

 こうして、木村拓未の最後のレースは、終わった。


 運動会から数日がすぎた。

 あの日の四百メートルリレーは、街の色いろな人に見られていたようで、道を歩けば、

「お、深石君。運動会の時は、子供とは思えない速さだったねぇ」

 などと、あちこちから声をかけられる。

 だが、“人のうわさも七十五日”という言葉があるように、そのうちに収束するだろう。

 ただ、(やっ)(かい)なのは、雅志だ。勝負をしたのがセパレートレーンでのリレーであったため、その勝敗がはっきりせず、

「やっぱり直線で勝負しよう」

 と、毎日しきりに誘ってくる。

 今のところは上手にかわしている木村だが、そのうちに、もう一度レースをしなければならない日がやってくるかも知れない。

 さて、何を置いても大切なのは、優太の体についてだが、こちらは問題なかった。

 運動会のあと、再び天界へと報告に行った優太に神様が、「このままの状態であれば、“来年の三月三十一日”の心臓発作は起きずにすむ」と教えてくれたのである。

 しかも、喜ばしいことにその後は、特別体を鍛えず普段どおりの生活をしていたとしても、定められた寿命まで平穏無事に生きることができるとのことであった。

 優太に体を返すその日まで、木村がトレーニングを続けなければならないことは言うまでもないが、何はともあれ、とりあえずはひと安心というわけである。

 ところが、さらに月日が流れて年も変わり、“来年の三月三十一日”が“今年の三月三十一日”となった二月。とある事件が、木村、優太、テンコの身に降りかかった。

 そして、その事件をきっかけとして、木村の運命は、大きく動き出すことになる。

 ご訪問いただき、ありがとうございました。

 これにて、第五章終了です。

 次話より、最終章に移ります。最終章初回更新は、5月29日(火)を予定しています。

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