第五章 『過去との決別』③
十月。雲ひとつない秋晴れに恵まれた運動会当日。
この日、陸上競技場には三千人近い観客が来場していた。優太たちの小学校の全校児童は四百人程度であるため、例年の運動会の観客は多くても千人ほど。それなのに、今日は、実に三倍もの人たちが、応援に足を運んでいたのである。
もちろん、これには理由があり、その最も大きなものとして挙げられるのは、“陸上競技場で行われる小学校の運動会が珍しかったから”である。そのため、「散歩がてらに、ちょっと見に行ってみようか」と、街のあちこちから人がやってきたというわけだ。
さて、時刻も午後三時になろうかとする現在、大きな盛り上がりを見せた運動会も、いよいよ大詰め。最終競技である四百メートルリレーを残すのみとなっていた。
そして、今、陸上競技場に、放送委員会による入場アナウンスが響き渡った。
「運動会、最後の競技は、四百メートルリレーです。この競技には五、六年生の各クラスから、男女二名ずつの代表者が出場します。何れ劣らぬ俊足の走者を、皆さん拍手でお迎えください。それでは、四百メートルリレー、選手入場です!」
ファンファーレとともに轟く大きな拍手と声援が競技場を包みこみ、紅白合わせて十六名の代表選手が、入場門からフィールドへとチーム別に四列で駆け足してくる。
その大外に位置する白組の先頭を、優太の姿を借りた木村は走っていた。
「優太君、がんばろうね」
第二走者の若菜が、すぐ後方から声をかけてくる。
すると、木村は、前を向いたまま返事の代わりにそっと自らの右手をそちらへと差し出した。
すかさず、若菜がその手をぎゅっと握る。
「おうおう、仲のよいことで」
隣を走る雅志がそう言って茶化してくるが、それを木村は、
「何だ? うらやましいのかい?」
と軽くいなした。
「そ、そんなわけあるか」
むっとした様子で雅志が吐き捨てる。
そこに、
「ほらほら、冷静になって。私たちもがんばりましょう」
今度は、若菜の隣を走る杏子が、前にいる雅志の手を取った。
「う、うん」
とたんに雅志は大人しくなった。
「どうやら、チームワークは互角みたいだな」
「う、うるさい」
にやりと笑う木村に、雅志は顔を真っ赤にしてそう返した。
そんなやり取りの一部始終を見ていたテンコが、少し心配そうに優太に語りかける。
「あんなに雅志君を挑発するなんて、いつもの木村さんらしくないですね」
すると、視線は木村に向けたままで優太はうなずいた。
「はい。何だか、切羽詰まっているのを無理に誤魔化しているような。恐らく、クラウチングスタートから気をそらそうとそうしているんでしょうけど、あれでは逆効果になりそうな……」
張り詰めた思いで木村を見つめるテンコと優太。
だが、そんな彼女たちの不安をよそに、運動会最終競技、四百メートルリレーは始まってしまうのだった。
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