第五章 『過去との決別』①
第五章 『過去との決別』
それは、二学期が始まってすぐのこと。九月上旬の学級活動でのことだった。
五年二組の教室で、持田先生が告げた。
「皆さん、聞いてください。今年の運動会は、すごいですよ。とうとう学校を飛び出して、陸上競技場で開催されることが決まりました。何しろこの学校のグラウンドは狭いため、過去には、リレーの選手が思い切り走れない、風に煽られた大玉ころがしの大玉が客席に飛びこむなど、色んな不便がありました。でも、もう大丈夫です。広い競技場で、力いっぱい走りましょうね」
「はーい」
子供たちが元気に返事をする。
そこに、何かを思い出した様子で持田先生は続けた。
「あ、そうだ。場所が陸上競技場になったことにより、例年あっていた紅白リレーは、四年生までになりました」
「えっ! ということは、五、六年は中止?」
驚いた顔をして、雅志がその場に立ち上がる。
そんな彼ににこりと笑いかけ、持田先生は答えた。
「大丈夫よ。雅志君、心配しないで。確かに紅白リレーはなくなっちゃったけど、その代わり、高学年の選手には、新たに、四百メートルリレーが種目として加えられることになったの」
「四百メートルリレー?」
雅志が目をぱちくりさせる。
「そう。せっかく陸上競技場で運動会をするんだから、一周四百メートルあるトラックを目いっぱいに使わないと損でしょう? ちなみに、皆も知っているとは思うけど、四百メートルリレーは、“ひとり百メートルずつを、四人でバトンをつないで走る競技”よ」
「それで、チーム分けは?」
「五年二組は、四月の五十メートル走の記録から、男子一位の相葉雅志君と女子二位の最上杏子ちゃん、男子二位の深石優太君と女子一位の如月若菜ちゃんがペアになります。それぞれのペアとチームを組むのは、六年二組さんの代表選手。ですから、四人が担当するのは、各チームの第一走者か第二走者ということになります。どちらがどちらを走ってもよいそうなので、そこは二人で話し合って決めてくださいね。他に質問は?」
持田先生が問いかける。
「ありませーん」
こうして、学級活動の時間は終わった。
そして、放課後……。
「おい、優太。ちょっと待てよ」
教室から廊下へと出たところで、木村は雅志に呼びとめられた。
「何だい?」
ふり返る木村の横では、さっそくテンコがシャドーボクシングの真似事を始めている。どうやら彼女、いつでも戦う気満点のようだ。
とはいえ、当然、その様子が雅志に見えるはずもなく、彼は普通に話を続けた。
「優太。お前、逃げないよな?」
「……それって、どういう意味だい?」
温和な木村も、さすがにこれには気色ばむ。
雅志は告げた。
「運動会の四百メートルリレー、俺は第一走者で出場する。だから、お前も第一走者で出ろ。そこで、最後の勝負をしようじゃないか」
「あぁ、なるほど。逃げないよな、って、そういう意味か」
「そうだ。今年の運動会も、一組が紅で、二組は白。つまり、俺たちは、一応は仲間ってことだ。だけど、俺は一組の奴らなんか相手にしていない。俺のライバルは、優太、お前だけだ」
「そうか、それはありがとう。僕も雅志君とはもう一度勝負がしたいと思っていたんだ。何せ、前回は無様な負け方をしちゃったからね」
「よし。じゃあ、決まりだな」
差し出される雅志の手と木村は握手を交わした。
再戦の盟約がなされ、雅志が嬉しそうにその場を立ち去る。
その背中をじっと見送る木村に、そっとテンコが声をかけた。
「いいんですか? あんな約束しちゃって」
「ん? どうして?」
「だって、陸上競技場で行われる四百メートルリレーですよ。となれば、必然的に第一走者は……」
「あ、そうだった! ……うわああああぁ!」
廊下に、木村の悲痛な叫びがこだまする。彼は、頭を抱えてその場にうずくまった。
そうなのだ。四百メートル以下の陸場競技は、クラウチングスタート。たとえそれがリレーであっても、第一走者だけは、クラウチングスタートが決まりとなっているのである。
「わ、忘れてた。完全に忘れてた。ど、ど、ど、どうしよう……」
その身に絶望感すら漂わせて、木村がつぶやく。
「どうしたんですか? 何があったんです?」
ひとりだけ理由が分かっていない優太がそうたずねるが、木村からの返事はなかった。
「まぁ、こんなところで話す内容でもないですし、とりあえずは家に帰りませんか? 優太君のお部屋で、作戦会議ということにしましょう」
そう促してテンコが飛び立つ。そのすぐあとを優太が飛び、少し遅れて木村が続いた。
こうして、テンコを先頭に彼らは、まるで葬式行列のような重苦しい雰囲気の中、家路についたのだった。
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