第四章 『努力の結晶』③
絶えることなく満面の笑みを浮かべている木村。
その姿を見つめ、しみじみとテンコは言った。
「木村さんって、優太君でいることを楽しんでいますよね。生き生きしていますよ」
「生き生きしている、か。まぁ、本当はとっくに死んでいるんだけどね。でも、確かに、生きていた時よりも今のほうが楽しいのは事実だな。木村拓未よりも、深石優太のほうが楽しいよ」
「そうですか。しかしながら、その体は、あくまでも優太君のもの。木村さんのものでは……」
「分かっているよ。“来年の三月三十一日”には、きちんと優太君にバトンタッチするよ。もちろん、その時には、心臓発作が起きないほどの体力を土産につけてね。ただ、神様も言っていたように、人は死を迎えるその瞬間まで、自分の命を輝かせ続けなければならないんだ。だから僕も、せめて“来年の三月三十一日”までは、この命を輝かせていたい。そう思っているだけさ」
先ほどまでの笑顔とは打って変わって、愁いのある眼差しで木村は天井の隅を見上げた。
「木村さん……」
何と声をかけてよいのか、テンコが言葉に詰まる。
そこに、はっとした様子で木村は言った。
「そういえば……」
「な、何ですか?」
思わずテンコが身構える。
「いや、朝から優太君の姿が見えないけど、どうしたのかなって思って」
「今さらですね。というか、さっきまでシリアスな雰囲気だったのに、私、木村さんのことが分からなくなってきました」
「まぁ、いいじゃないか。それより、教えてよ。優太君は、どうしたの?」
「彼は、今、天界に行っています。これまでの木村さんの成果について、神様への中間報告に」
「へぇ、そうなんだ。でも、危ないんじゃないの?」
「え? どうしてですか? 天界までの道は、何の妨げもなく……」
「いや、そうじゃなくて、たとえ子供だとはいっても優太君も男だし、ひとりで神様に会いに行くのは危険なんじゃないかなって」
「あぁ、そっちのほうですか。それは問題ありません。確かに、神様は男性がお好きですが、優太君は、男性というよりも男の子ですから。神様のストライクゾーンからは大きく外れています」
「そうか。それを聞いて安心したよ」
「はい。それに、以前もお伝えしましたが、神様が愛していらっしゃるのは、他の誰でもなく、木村さんです。あのように見えて神様は、一途な愛を貫かれるお方。木村さん以外の男性に目移りすることは考えられません」
「それって、何だか、嬉しいような、嬉しくないような……」
木村は、その顔に困り笑いを浮かべた。
しかし、続けて、
「そうか。今、優太君、いないんだ」
そうつぶやく。
彼は、その目をテンコへと向けて頼んだ。
「テンコちゃん。ひとつ、お願いがあるんだけど」
「お願い? 何ですか?」
「教えて欲しいんだ。もし、あの日、あの崖から飛び降りていなかったとしたら、その後、僕はどんな人生を歩んでいたのか」
「どうしたんですか? 急にそんなことを聞くなんて。死んでブラボー、などとおっしゃっていた木村さんらしくないですよ」
「いや、別に急に思いついたわけじゃないよ。四月のころから聞こうとは考えていたんだけど、なかなかタイミングがつかめなくてね。ほら、こんな話、優太君には聞かせられないだろう?」
「なるほど。それもそうですね。では、どうぞこちらに」
「うん」
木村は、テンコと並んで腰を下ろした。
ご訪問いただき、ありがとうございました。
次回更新は、5月11日(金)を予定しています。




