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大納言殿の参りたまえる 2

几帳の隙間から入室された伊周様を眺める。


直方(のうし)指貫(さしぬき)の紫が外の雪景色に映えて際立っている。


「兄様、どうしたんです? こんな日に」


「昨日今日と物忌だったんだけどな。いやなに、こんな雪の降る日だったから定子の様子が気になっていてもたってもいられなくなったんだよ」


談笑を交わす中宮様と伊周様に惚れ惚れする。

艶やかな髪を単におろしている中宮様と目鼻の整った伊周様が面前で会話をされている。


おとぎ話の世界に入り込んだような幻想を覚える。


「そうよ。雪で道も無くなってしまってるでしょう。そんな日にわざわざ来なくても」


中宮様の言葉にピクリと反応する。


拾遺和歌集の平兼盛(たいらのかねもり)の歌が思い起こされる。


山里は 雪降り積みて 道もなし


「今日来たらより歓迎してくれるだろ?」


伊周様の返答にハッとする。


兼盛の下の句は


今日来る人を あはれとは見む


「山里では雪が降って道も無くなってしまった

今日家を訪ねてくるような人はとても思慮深い人だからもてなすようにしよう」


互いに歌の知識が無いとやりとりできない。

逆にさらりと言い合う事で会話がいっそう華やぐ。


* * *


『父様! 歌って凄いね! 少ない言葉にいっぱい世界が広がってる!』


『はは、××。歌はいいものだろう。よし、今度歌集を持ってきてやる』


『あなた! 女の子に書ばかり読ませてはしたないですよ!』


『いいではないか。歌詠みの娘だ。男の歌に返せてこそだろ』


『それにしても漢詩やら歌集やらで部屋が書ばかりににってるではないですか。

……まったく。あなたは××にだけは甘いんですから』


幼い頃より父に憧れ、歌の世界に憧れ書を読みふけっていた。

詠人(よみびと)の歌を追ってその人の半生を想ったり、同じ題の歌を合わせて貴族達の詠み交わしを想ったり。


自分を詠者(えいじゃ)に重ねて歌に浸る生活を夢見ていた。


けど……


『あっ、山鳥』


『山鳥を秋に見ると趣深いわよね』


『えっ?』


『えっ? どういうこと?』


『どういうことって、柿本人麿(かきのもとのひとまろ)の……』


『あー、また歌のやつ? ××っていきなり歌を出してくるから何を言ってるのか分からないよね』


『そうそう。難しすぎて話が成立しないというか』


『なんかしらけちゃったね。山鳥も飛んでったし』


『あ、その……ごめん』


歌は相手に伝わないと意味がない。自分だけ発信しても独りよがりなだけだ。


* * *


目の前の光景と自分の過去を重ねてしまう。

心が挫けて詠まなくなってしまったけど、私もあのなかに入ってさらさらと言葉を交わしたい。


巻物から飛び出してきたような高貴な肩と同じ空気のなかで語らい合いたい。


でも、あの方達にも話が通じなかったら……

書から離れているうちに流行りの変わってついていけなかったら。

それに私は無駄に歳を重ねてしまっている……


「うん? あの几帳の裏に誰か隠れているんですか?」


伊周様が不穏な事をおっしゃる。気付くと女房が面白おかしく私の事を喋っていた。


几帳に背を向け頭を抱える。

いや、でも流石に伊周様がこちらに来るわけないだろう。

きっと女房達との話に夢中で、頃合いになったら戻っていくに違いないーー


几帳に向き直り、中の様子を覗こうとした瞬間、ふわりと几帳が舞い、伊周様が面前にいらっしゃった。


ひらめく几帳の生む風に乗って香りが舞ってくる。

人混みに紛れて遠巻きに眺めるしか無かった伊周様と几帳の中で相対してしまった。


ハッとして扇で顔を隠す。


「あっ」


伊周様に扇を取り上げられてしまった。顔が露になる。


「かねてより噂に聞いてましたよ。清原元輔の娘ですね。妹の相談役になっていただきありがとうございます」


伊周様の通った声が私を呼んでいる。それよりも顔を見られるのが恥ずかしい。

おもむろに髪の毛を集め顔を隠したけど起き抜けの髪を見られるのも恥ずかしい。


結局床に突っ伏して袖で頭を塞ぎこんだ。


「はは。慌ただしいですね。気兼ねせずとも楽にしてくれていいんですが。ほら、女房達もくつろいでいますし。こちらにこられたと聞いて話してみたいと思っていたんですよ」


中宮様とのやりとりで、もしかしたら憧れていたような会話ができるかもしれない。

このような高貴な方と話を交わせるかもしれないのに声がでない。


「ふむ…… こちらの扇、端がすり減ってますがいたく大事になさってるんですね。この絵を気に入ってるんですか? 扇に挿している絵はどういった意味が?」


「あっ、みっ、みっ……」


言いたい! 父の詠んだ「みちのくの末の松山の情景」だと答えたい!

そしてそこから歌の話に広げたい!


あと一声が出ない。憧れてるまま、貴族と歌を詠み交わす夢を壊したくない。投げ掛けた言葉が相手に伝わらない恐怖がまとわりつく。


「兄様、こちらの書き物なんですが誰が書いたものかわかりますか?」


中宮様が助け船を出してくれた。


「ふむどれかな? ちょっと持ってきてもらえる?」


いや! 伊周様はこちらに残るつもりだ!


「そう言わずこちらに来てよ」


中宮様は伊周様を離そうとしてくれている。そのお気持ちが伝わってくる。


「いや、清少納言が袖を掴んでここから出してくれないんだ」


掴んでないよね!? むしろ早くお下がりになって欲しいよ!?

訴えたいのに声を出すことができない。喉を潰されたように思った事が声に乗らない。


「もう…… そんなわけないでしょ」


あっ、中で几帳の外で笑い声が聞こえる。いつまでここにいるんだろう。汗が顔から溢れてくる。時間が永く感じられる……


「ふむ。定子もあぁ言っていますし今日は下がりますね。こちらの扇をお返しします。いずれ話を聞かせてください。

皆噂を伺っていてあなたに興味があるんですよ」


では、とお声をかけられ衣擦れの音が去っていく。伊周様は中宮様といくつかお話しされたあと部屋を出ていったようだ。


私は几帳の中に残った伊周様の香りに見つめられているようでいつまでも顔をあげられなかった。


少し泣いた。



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