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友愛のエピローグ

 七宮栄子は、病室の扉を開けた。後ろには、藤田早希も一緒だ。大勢で押し掛けるのも迷惑ではないかという話になって先陣を切ったのがこの二人だった。

 病室の窓は半分ほど開いていて、涼しい風が白いカーテンをひらひらと靡かせている。その時に初めて、何も見舞いの品を持ってこなかったことを思い出したが、栄子のポケットにはメモ帳とボイスレコーダーしかなかった。

 手前のベッドで横になっていた小向璃音が、視線をカーテンから栄子たちへ移動させた。

「わざわざ来てくれたんだ」

 璃音は苦笑して片手を上げて見せた。思ったよりは回復傾向にあるらしい。

「璃音、その……」ベッドの脇まで歩いて、早希は心配そうに璃音の手を握った。「ほんとに、私の作ったお弁当食べてないの?」

「うん……? どうしたのそんな泣きそうな顔して」

「タルトは、タルトは食べたの?」

「うん、食べちゃった。すごい味だったよ。チョコじゃなかった」

「良かった……」

 涙目になりながら安堵する早希を見て、璃音が難しそうな顔をする。

「良くはなかったけどねえ。あれ、作ったの早希ちゃんじゃないでしょ。私てっきりあれもだと思って一緒に持っていっちゃったけど、あのタルトってもしかして」

「うん、有栖川さんが作ったって」

 あちゃあ、と璃音がおでこに手を当てた。栄子がどうしてこういうことになってしまったのか簡単に説明すると、璃音はおかしそうに笑った。

「なんていうか、ついてないね。私」

「でも、すぐよくなるんだよね?」

 早希はまだ心配そうに璃音の片手を握っている。涙は止まったようだったが、今にもまた溢れてきそうだった。よほど心配していたんだろう。

「うん、お薬飲んでしばらくゆっくりするだけ、明日か明後日には退院できるからね」

 早希は何度も良かった、と呟いた。

 開いた窓から吹き込んだ風がカーテンを揺らし、陽が病室を差す。早希の身に着けているキリンのネックレスが淡く輝いた。

 そうか、ラピスラズリの和名は瑠璃で、石言葉は健康、愛――。

 栄子は、璃音が昔から後輩の女子からラブレターを貰っていたのを思い出す。彼女は昔からそう、女性に好かれる子だった。

「なんだ、だからお弁当なんて作ってあげるのね」

 栄子が小さな声で言うと、璃音が「何か言った?」と首を傾げた。

「ううん、何でもないよ。先にロビーに戻るね。お大事に、璃音」

「ありがとう、栄子」

 璃音と早希を残して、栄子は病室を後にした。二人きりにしてあげようかという配慮もある。でもまだ、冴木に訊きたいことがあった。

 ロビーに戻ると、すでに冴木の姿は見当たらなかった。みれいと、一ノ瀬だけが病院の雰囲気に馴染めないでいるのか、よそよそしく座っている。

「有栖川さん、冴木部長は?」

「ええ、もう帰ると仰って車に戻っていかれましたわ」

「ああもう、逃げられた! 何分ぐらい前?」

「二分前」

 一ノ瀬の正確な時間情報を得て、栄子は病院を飛び出した。まだ駐車場にいるかもしれない。

 予想は当たって、冴木はちょうど車のエンジンをかけたところだった。やはりアルコールの匂いが漂っていたのか、ウィンドウを半分ほど開けていて換気をしている。今なら声が届く気がした。

「冴木部長!」

「やあ」

 冴木は呑気に片手を挙げる。

「まだ、訊きたいことが、あったんです」

 急に走ったせいで荒い呼吸を整えながら、栄子は質問する。

「二人の仲は元から知っていたんですか?」

 冴木はいつの間にかポケットから棒付きキャンディーを取り出していた。そのうちの一つを、栄子も受け取る。

「キリンって、九割は雄同士で交尾するらしいよ」

「は?」

「スロープ上がったときに藤田君の車とすれ違っただろう。僕は運転席にいたから見えたけど、車の助手席に包装紙があった。バレンダインデーのチョコも用意していたんじゃないかな」

「たったそれだけで、二人の関係を?」

「別に深読みしているわけじゃない。お弁当を作ったりしてあげるような仲ってだけだろう」

「……いつから」

「うん?」

「いつから分かったんですか? このタルト事件……」

 冴木が左手でギアを操作した。

「僕は取材には答えないよ」

 冴木はそのまま車を発進させて、帰ってしまった。みれいはどうするんだろうと思ったが、早希の車に乗れば問題ないか、と思い至った。

 ひょんなことから関わったミステリー研究会。

 変わった面々ばかりだったが、確かに彼は……探偵、なのだろうか。

 貰った棒付きキャンディーを見ると、焼きそばチョコソースブレンド味と書かれていた。これを食べたら、もれなく璃音の隣で一緒に寝る羽目になりそうだ。

「ほんと、変わった人……」

 二月の冷たい青空の下で、栄子は呆れたように笑みを浮かべた。

 こんにちは。作者です。

 初めて後書きを書いてみます。

 久しぶりに書いてみたんですが、やっぱり有栖川みれいというキャラはお馬鹿だなと思いました。気になっている冴木のために頑張るのはいいですが、裏目にでまくってますね。

 ちなみにこの話のあと、冴木は自宅に帰りますが、隣の部屋の住人がまたしてもボヤ騒ぎを起こした後なので、それはもう焦げ臭いでしょうね。車内は酒乱たちのアルコール臭で満たされ、自室は焦げ臭さが鼻をつくという冴木にとっては災難な日です。

 さて、そんな二人のシリーズですが、もう一つぐらいは長編を書けたらいいなと思っています。伏線は既に張ってありますので。投稿は遅くなるかもしれませんが、何気なしに読んでくれる方に楽しんでもらえたらと思います。今までに寄せられた感想等は、読ませてもらっています。今後の作品の糧としていきますので、これからも何卒よろしくお願いします。

 では、またこのシリーズの続編で会えたらと思います。皆さんに、良い読書ライフを。

 

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