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純粋なアンドロジナス 

 七宮栄子は、みれいと一緒に冴木の後ろを歩いている。

 みれいがタルトの行方を何度も問いかけたが、冴木は一言、「まずは謝りにいこうか」と言うだけだった。

 ゲームを続行することにした一ノ瀬を置いて、三人は部室を出る。冴木の車がある地下駐車場まで向かうことになった。

「車の調子はその後どうですの? 冴木先輩」

「しっかり整備してもらったから問題なく走ってるよ。今までどういう管理をしていたのか不思議なぐらいね」

「もしまた何か困ったことがあれば、私に仰ってくださいね。レッカーでもなんでも呼びますわ」

「そうならないといいんだけれど」

 冴木とみれいが話しているあいだに、地下駐車場に到着した。冴木が車のキーを取り出して鍵を開ける。

 後部座席のドアを開けて、栄子は車内を覗き込む。運転席側の座席だけ一番後ろまで倒れていた。

「あ、ここで寝てたんですね」

 栄子が言うと、冴木は「まぁね」と答えながら車に乗り込み、エンジンをかけた。助手席にみれい、後部座席に栄子が座る。微かにアルコールの匂いがした。

「お酒でも飲んでいたんですか?」

「僕じゃなくて、小向君と藤田君がね。何件も居酒屋を巡った挙句に、カラオケにいったんだけど……いや連行されたのが正しいかな。まだ匂い残ってるのかあ、嫌だな」

 どうやら足に使われていたらしい。当の本人が励まされる会だったはずでは、と栄子は疑問に思ったがわざわざ指摘するのも野暮かと思い口にはしない。代わりに疑問をぶつけてみた。

「それで、謝りに行くってどこにいくんですか?」

「え?」冴木がシートベルトをつけながら後ろを振り返る。「どこって、病院以外にないだろう」

「璃音のところに行くということですか?」

 冴木はそれ以上は何も答えずに前を向いた。いちいち答えなくても分かるだろう、といいたげな様子である。

 車は軽やかに駐車スペースを出て、スロープを上っていく。外に出たとき、対向車が見えた。

「あ! 冴木先輩、ちょっと止めてくださいます?」

 みれいが大声を出して車を止めさせる。静止した自車を視認したのか、対向車は緩やかにスピードを落としてウィンドウを下げた。

「こんにちは。お二人揃ってデートですか?」

 車を運転していたのは藤田早希だった。容疑者の一人である。

「デートじゃないよ。それに、三人だ。法事はもう済んだのかな?」

「はい。それに家すぐ近くですから」

 答えながら視線をさ迷わす早希の視線が栄子を捉える。栄子が軽く会釈すると、みれいが助手席から身を乗り出して早希に話かけた。冴木が居心地悪そうに押し込まれている。

「藤田さん、どちらへ行かれるんですの?」

「ちょっと部室にね。璃音がレポート書いてると思うから」

「部室には今、一ノ瀬さんしかいらっしゃいませんわ」

「あ、そうなの? じゃあまだ図書室にいるのかもしれない。調べものがあるっていっていたから」

「いいえ、図書館にもいらっしゃらないんです。言いにくいんですけれど、お昼前に食堂で倒れて救急搬送されたそうなんですわ」

「え?」

 早希がぽかんと口を開けた。法事で帰っていた早希には知りえない情報なので当然と言えば当然だ。そして、やはり璃音との連絡はとれていないということだろう。

「これから私たちはお見舞いというか、様子を見に行くところなんですの」

「え? ちょっと待って、あの、璃音が? 救急搬送されたって、どうして?」

「いえ、それが分からないんですの」

 しばらくの沈黙のあと、早希が小さく呟いた。ほとんど声になっていなかったが、口元の動きで把握することが出来た。

「わたしの、せいだ……」

 プッ、とクラクションが鳴った。いつの間にか早希の運転する車の後ろに別の車が来ている。地下駐車場に停めにきた他の学生だろう。仕方なく、早希はどこか魂の抜けたような表情をしながら車を進ませた。

 地下へ進んでいく早希の車を背に、冴木の運転する車は病院へ向かい前進する。車内はなぜか、無言だった。

 数十分して近くの病院に到着した。大学で何か起きれば一番近い病院に搬送される。この近辺に大きな病院はここだけなので、恐らくここだろう。三人はひとまず、ロビーにある受付を目指した。

「では、私が訊いてきますわ」

 みれいが受付に小向璃音という人が来ていないかと尋ねにいった。栄子はそれを見送って、ロビーの座席を陣取った冴木の隣に腰かけた。

「もしかしてですけど、冴木部長たちがカラオケから終わって帰ってきたのって午前四時頃じゃないですか?」

 冴木が首を上下に動かす。充電の残り僅かなロボットみたいな反応だ。

「冴木部長たちはコンビニかどこかで買っておいたデザートを持って食堂にいった。ここまでは合っていると思います。でもこの後の、早希さんが忘れ物を取りに東校舎にある研究室に行った。これが、嘘だと思います」

 冴木がようやく反応した。

「どうして、そう思うんだい?」

「西校舎の食堂から東校舎にある研究室に行くには、一階のピロティを通らないといけないんです。新聞部の部室が東校舎にあって、私は食堂にいく間に雨に濡れました。でも、早希さんが食堂に戻ってきたとき、彼女は濡れていなかった。だからあの時、冴木部長は雨が止んだかどうかを質問していたんです」

 四階の渡り廊下は補修工事中で通れない。それに一階の食堂から向かうならピロティを通ったほうが近いのだ。

「早希さんはきっと、研究室じゃなくて部室に行っていたんだと思います。これには誰にも言っていなかったんですが、私が新聞部の部室にいたときに、ミステリー研究会の部室のカーテンが閉められて電気が点くのを見ました」

「なるほどね。でも、藤田君は何をしに部室に行ったんだろうね」

 冴木は答えを知っていてわざと言っている。栄子にはそう感じた。

「分かりません。私が考えついたのはそこまでです……」

 そこに、みれいが戻ってきた。表情からして、搬送先はこの病院で間違いなさそうだ。病室がどこか教えてもらったのだろう。

「部屋が分かりましたわ。それとなぜ搬送されたのかも……」

「何だったんですか?」

「食中毒、だと仰っていましたわ」

 栄子は、ノロウイルスに関するポスターが食堂の前に貼ってあったのを思い出す。ということは、璃音は食堂で食事をとった時に、食中毒になったということだろうか。でも、あの時はまだ昼前だった。もしかして部長と同じで朝昼兼用の食事をとっていた、という可能性はないだろうか。

 ぐるぐると頭を回していると、痺れを切らしたのかみれいが冴木に詰め寄った。

「いい加減に教えてくださいませんの? もうタルトは諦めますから、お願いしますわ」

「分かった」

 冴木はあっさりと答えて呼吸を整えると、ゆっくりと話しだした。

「まず、藤田君が研究室でなく部室に行った理由。あれは、小向君に渡すお弁当を置くためだろう。いわゆるサプライズみたいなものだろうね。あの日にレポートを書くと知っていた藤田君は事前にお弁当を作って地下駐車場に停めた車にしまっていた。あるいは、家が近いから取りに行ったのかもしれないけれど、準備をしていたわけだ。地下駐車場に取りにいく分には、雨で濡れないからね」

「もしかして柿もですの?」

 みれいの質問に冴木が頷く。

「お酒を飲むのはわかっていたから、二日酔い対策みたいな感じじゃないのかな。柿だけは冷蔵庫にきちんとしまっておいたみたいだね。暗い部室で電気もつけずに誰かさんがタルトを押し込んだせいで、隠れてしまったようだけど」

 みれいが恥ずかしそうに頭の後ろを掻く仕草をした。

「かくして、お弁当と柿、そしてタルトが部室に残った。お弁当箱にメモかなにかで冷蔵庫にデザートがあるよと書いておけば必然的に冷蔵庫も開けるだろう。そこで本来は柿をとるはずだったけれど、有栖川君のタルトが手前にあったからそれを取ったんだろう。藤田君からのものだと勘違いしてね」

「それじゃあ、お弁当とタルトを持って食堂に行った璃音さんは、それを食べて食中毒になったということですの?」

「そういうことだろうね」

 みれいの言葉に冴木が首肯する。だが栄子にはまだわだかまりがあった。

「でも……」

 栄子が気になった部分を質問しようとしたところで、ロビーに先ほど見た顔が二つ現れた。藤田早希と、一ノ瀬である。

「あの……有栖川さん。食虫毒って、璃音のこと? もう会ったの?」

 早希は顔色が悪い。病室がどこか知りたいようだ。

「これから行くところですわ」

「そう……。はやく、謝らないと」

 早希は足早に階段へ歩いていこうとする。その背中に、冴木が声を掛けた。

「謝る必要はないと思うよ」

 ぴたっと早希の足が止まる。

「どういうこと?」

「そのままの意味」

「……冴木にはいってなかったけど、私璃音にお弁当を作ったの。まだ料理は不慣れだったけれど、私なりに一生懸命作って……」

 そう言い淀む早希の指には絆創膏が巻かれている。そういえば、ミステリー研究会の部室にある本棚には料理本がいくつかあった、と栄子は思い出す。

「うん、でも彼女は君のお弁当をまだ食べていないと思うよ」

 冴木の発言に早希は閉口した。代わりにみれいが口を開く。

「でもさっき、食べて食中毒になったって……」

「弁当の前に、君のタルトを食べたんだよ」

「え……?」

 早希の動きが止まる。

 栄子は璃音が三度の飯よりデザートが好きだと知っている。だから先にタルトを食べたのだ。でもまだ、煮え切らない疑問が一つある。

「冴木部長、でもおかしいんです。璃音はどうやってタルトを持ち出したんですか? お弁当を取る前に、一ノ瀬さんがチューチューアイスと野菜ジュースを冷蔵庫と冷凍庫にしまっているんです。その時にタルトはなかったって一ノ瀬さんは言っていましたよ」

「一ノ瀬君は、タルトがないとはいっていないよ。レアチーズタルトはなかったと言ったんだ」

「同じじゃないんですか?」

「なら、一ノ瀬君に訊いてみるといい。タルトがあったかどうか」

 全員の視線が一ノ瀬に集まる。重そうな眼鏡を持ち上げながら、一ノ瀬は真顔で答える。

「タルトはあった」

「どんなタルト?」冴木が補足で質問する。

「チョコレートタルト」

 なんでも細かく答える一ノ瀬。レアチーズタルトはなかったがチョコレートタルトはあった、とそういう意味だと理解して、今回ばかりは流石に栄子もうんざりした。

「でもどうして、チョコレート……あっ」

 栄子の頭の上にビックリマークが飛び出た気がした。みれいと茜の会話が思い出される。

 ――バレンタインデーだからってレアチーズタルトを作るのはいいけど、ボヤ起こしちゃダメでしょ。

 ――でも事前に消火器も用意して起きましたわ。おかげで消防隊がいらっしゃったときにはほぼ鎮火できていましたし……。

「いいかい、七宮君」冴木が肩を竦めた。「有栖川君は壊滅的に料理が下手なんだ」

「ひどいですわ、冴木先輩……。少し焦げただけですのに」

 冴木が食べたがらない理由が分かり、栄子は溜め息を吐いた。

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