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数奇なデコラティブ

 机上には半分ほど無くなっている野菜ジュースと、水を含んだティッシュがヘタに巻かれている柿が一つ。しっかりと保存されていたようだ。

 七宮栄子はがっくりとうな垂れているみれいを見る。恐らく喫茶店のときに持っていた保冷バッグの中身が、タルトだったのだろう。茜の話ではレアチーズタルトらしいが、今それはどこにもない。

 大きな椅子に座っている一ノ瀬は、再びコンティニューしてゲームを続行している。この状況下でも続けるとは、よほど面白いゲームらしい。何をやっているのかと覗きにいくと、見覚えのある横スクロールアクションゲームだった。

「あ、これって魔物村だっけ?」

「違う」

 即答された。だがどうみても、昔流行ったゲームにそっくりだ。首を傾げていると、一ノ瀬が言葉を続けた。

「魔物村3、宇宙からの刺客」

「ああ、続編ってことね」

 栄子はなるほど、と頷く。それにしてもいつからここにいたのかと訊かれたときと同様、答えがいちいち細かい。そういう性格なのだろう。

「あ~もう……」みれいが机に頭を乗せて唸る。「冴木先輩を励ます会にも参加できず、挙句の果てに持ってきたタルトまで紛失するなんて……ついていませんわ」

「僕もう帰ってもいいかな」

「ダメです! それに、七宮さんと取材があるんですから……あ!」

 急にみれいが頭を上げて、栄子を見る。その目は爛々と輝いていた。

「七宮さん、冴木先輩を連れてきたのは、一番面白い取材の内容になると思ったからなんですのよ」

「と、いうと?」

 どうやらタルトのことはひとまずおいて取材を済ますようだ。栄子はメモ帳とボイスレコーダーを取り出す。

「我がミステリー研究会の探偵なんですわ」

「探偵?」

「ええ、まず手始めに私が持ってきたタルトの行方を冴木先輩がずばり当てます」

「そもそもタルトなんてなかった」冴木が突然割って入った。「以上、証明終わり」

「ちょっとちょっと冴木先輩! タルトは確かにあったんですのよ、ほら、七宮さん。ご覧になりましたわよね? 喫茶店のときに私が持っていた保冷バッグ。あの中にあったんです、レアチーズタルト。保冷バッグは一度家に帰ったときに置いてきてしまいましたけれど」

「ええ、まぁ確かに保冷バッグはありましたけれど……中身は見てないのでタルトがあったかどうかは」

 栄子が正直に言うと、冴木は二回小さく頷いた。

「シュレディンガーのタルトだよ。あったかもしれないし、なかったかもしれない。無いなら別にまた買えばいいだろう」

「もう、冴木先輩まで……。確かにタルトはあったんです!」

「なら迷宮入りだね」

 冴木はあっさりと言い捨てて欠伸をした。

「私は認めませんわ。……一ノ瀬さん」みれいが今度はいまだにゲームを続けている一ノ瀬に話を振る。「チューチューアイスを食べているということは冷凍庫は開けたということですわよね。その時、野菜ジュースも飲んだと仮定すると冷蔵庫も開けたことになりますわ」

 一ノ瀬はボタンを連打しながら頭を動かして肯定する。

「それは、一ノ瀬さんがその椅子に座った十二時四十四分前後の話ですわよね?」

 一ノ瀬は追加の質問に、今度は首を斜めに傾げた。肯定か否定か。判断がつかない。しばらくの沈黙の後、ゲームの区切りがついたのか、一ノ瀬は画面から目を離した。

「一度、十時十分にも部室に来た。そして買ってきた野菜ジュースを冷蔵庫にしまった。その時に、レアチーズタルトはなかった。そして、十時十三分には部室を出た」

「うーん、他に何か変わったことはありませんでしたの?」

「机の上に、弁当箱が置いてあった」

「弁当箱……。言われてみると、机の上に何かあったようななかったような気がしてきますわね。曇り空で、尚且つカーテンもしまっていて、部室全体が薄暗かったせいかあまり覚えていませんわ」

 みれいは机の上をじっとみている。もちろん、今は弁当箱なんてない。

 つまり、弁当箱と、みれいのレアチーズタルトがなくなったということだ。

「糸口が、見えたね」

 冴木が呟く。その声を聞いて、栄子は今一度思考を纏めてみることにした。

 栄子がみれい、茜と喫茶店を出て大学に戻ったのが午前八時頃だっただろう。その時は、一旦部室に行くと言っていたみれいの手に保冷バッグはあった。そしてその後、部室の冷蔵庫にみれいはレアチーズタルトを入れたらしい。しかし一ノ瀬がきた十時十分にはレアチーズタルトは冷蔵庫になかった。

 つまり、約二時間の間にタルトはその姿を消したことになる。そして一ノ瀬が部室を出たあと、机の上にあった弁当箱も姿を消す。

「誰かが食べたんじゃないんですか?」

 栄子がもっともな意見を口にした。レアチーズタルトは食べ物なのである。なくなったのなら、誰かが食べてしまったと考えるのが妥当だろう。

 みれいは少し考える素振りを見せてから、一ノ瀬に訊いた。

「一ノ瀬さん、レアチーズタルト。本当は食べたんじゃありません?」

「食べてない」

 即答だった。

「となると……小向璃音さんか、藤田早希さんですわね」

 みれいが足を組み替えて腕組みする。

「ああ、そっか。璃音も容疑者の一人なのか」

 栄子が納得すると、みれいが驚いたようにこちらを向いた。

「あ、お知り合いでしたの? では、藤田早希さんも?」

「いえ、璃音しか知りません。でも二人は冴木先輩を励ます会に参加していたのではないんですか?」

 栄子が冴木に視線を送る。次いで、みれい、一ノ瀬。三人の視線を浴びた冴木は仕方ないといった様子で口を開いた。

「午前七時には解散。小向君は昼過ぎに部室でレポートを書くからその為に図書室に調べものにいくと言っていて、藤田君は四十九日の法事があるから夕方ぐらいに部室にいく、と言っていたかな」

「あの、ちょっと疑問なんですけど」 

 栄子がおずおずと手を挙げる。

「はい、七宮さん」

 先生が生徒を当てるように、みれいに指名された。

「冴木部長は容疑者じゃないんですか?」

「それは、物理的に無理だ」冴木が心外だと言わんばかりに答えた。

「どうしてですか?」

「この部室の鍵は、同じ階にある女子トイレに隠してあるらしい。したがって、僕は鍵をとりにいけない」

「開いていた、という可能性は?」

「それはない」今度は一ノ瀬が間髪入れずに答えた。なんとも早いレスポンスである。「私は確実に施錠をした」

「そっかぁ……」栄子は落胆する。この部室に自由に出入りできるのは女性だけということだ。「私の推理は外れかな。なんだか冴木部長が有栖川さんからのタルトを受け取りたくないように思えて……先手を打ったのかと」

「そもそも僕はタルトの存在を知らなかったからね」

 冴木が言った言葉で、栄子は一つ新しい仮説が浮かんだ。瀬戸茜の存在である。彼女は、タルトの存在を知っているではないか。

 栄子が再び考えこもうとしていると、みれいが痺れを切らしたように、一ノ瀬に向きなおった。

「一ノ瀬さん、もう何だか我慢の限界ですわ。小向さんに電話して下さいます? タルトの行方についてお尋ねしたいと……」

「スマホの充電がない」

「あ、なら私が……」栄子が再び手を上げる。「あ、でも返事がこないんだった。璃音のやつ、昼前になんか救急車に運ばれていってそれっきりで」

「え?」

 みれいが目を丸くする。

「いつ、どこで、ですの?」

「ええっと、十一時過ぎで……食堂でした」

「あら……何か悪いものでも食べたんではありません? でも、お昼にはまだ早い時間ですわね」

「そうなんです。そのうち返事がくるとは思いますけれど……」

 ここで会話は途切れた。どうも、前途暗澹としている。タルトはどこにいってしまったのだろう。

 静寂を破ったのは、みれいだった。

「仕方ありませんわね。なくなったなら、また作ればいいんですわ。茜ちゃんに立ち会ってもらわないといけませんけれど」

「うん?」冴木が反応した。「作る?」

「ええ、レアチーズタルト。レシピを恵美(めぐみ)さんに教えてもらったので」

 返事をもらった冴木はしばらく押し黙ってから、ポケットに手を突っ込んだかと思うと棒付きのキャンディーを取り出した。

「恵美さんって?」栄子が尋ねる。

「実家の家政婦さんですわ。実は今日も、ランチをご一緒したんですの。妹も一緒に」

 栄子にとっては家政婦がいるという事実よりも、お昼ご飯をランチ、と呼んだことのほうに感心していた。育ちの良いお嬢様はお昼ご飯をランチというらしい。家政婦なんていうのは、どうもリアリティが沸かない。それぐらい質素で田舎育ちの栄子である。

「それで、冴木先輩はどうしたんですの?」

「いや、別に……。とにかく、有栖川君はもう作らないほうがいいと思うよ。タルト」

 それだけ言い残すと、冴木は席を立って扉に向かった。みれいが慌てて椅子から飛び上がり叫んだ。

「もしかしてですけど、冴木先輩。このレアチーズタルト事件、もう解決しているんじゃありませんの?」

「そんなまさか」栄子が眉を顰めながら冴木を見る。「何か分かったっていうんですか?」

 冴木が立ち止まって振り返った。

「何かじゃない。全部だ」

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