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失われしネクローシス

 七宮栄子は、約束の四十分も前にミステリー研究会の部室前に来ていた。散歩も疲れてしまったし、部室に戻ってみても部長は煙のように消えてなくなっていたしで、暇だったのだ。それに、何故か救急車で搬送されていった璃音のことが心配で、一人でいるのが心細かった。

 璃音のスマホに何度かメッセージを送ったのだが、既読がつくことはなかった。一度だけ電話をかけてみたが、電波の届かないところにいるか電源が切られていると、アカウンスが流れるだけだった。

 部室の扉をノックしてみる。まだ早いが、誰かいるだろうか。

「はい」

 女の子の声が聞こえた。

 栄子は内心でほっとする。万が一、あの無愛想な冴木や、他の見知らぬ男子と二人で待つ、なんて事態は避けたかったのだ。それでも、一人でいるよりは幾分かましだと思ったから来たわけだが。

「失礼します」

 扉を開けてみると、新聞部とそう変わらない部屋の内観に親しみを覚える。入ってすぐ目についたのは、大きな椅子に腰かけた眼鏡の女の子だった。

「こんにちは」

 栄子が挨拶をすると、女の子は眼鏡の奥の瞳を一瞬だけこちらに向けて「こんにちは」と答えた。

 よく見ると、手元には最新ゲーム機器が握られており、指先が忙しなく動いていた。そして口にはチューチューアイスを咥えている。どうも集中しているようだ。

「有栖川さんとここで会う約束をしているんですが、待たせてもらってもいいですか?」

「どうぞ」

 今度は一瞥もくれず、女の子が答えた。一応礼儀として来た理由を述べたが、ゲームに熱中しているようだからこれ以上話しかけるのはやめておくことにした。

 とりあえず近くの椅子に座ろうと思ったところで、壁側に並んでいる本棚に目をつける。怪奇現象に関する本や、UMA、ミステリーサークル、都市伝説などのオカルト系や、シャーロックホームズ、江戸川乱歩といった有名どころの小説が置いてある。結構本格的じゃないか、と栄子は感心する。最下段まで見てみると、これまでとは打って変わって料理本や、お弁当の作り方の本などが隅の方に並んでいる。個人的な趣味のものも入れているんだろうか。

 一通り眺めてからコナンドイルの本を手に取り、何気なしに読んでいると扉が開いた。

 現れたのは、冴木と、みれいである。

「あ、お邪魔してます」

 栄子が本を閉じてお辞儀すると、冴木は無言で会釈して、みれいはにこにこと笑いながら「どうもですわ」と手を挙げた。ご機嫌のようだ。

「さてさて、冴木先輩。どうして私が部室に呼んだかわかります?」

 みれいはさぞ楽しそうに話しかけているが、冴木は眠そうに椅子に座って首を横に振った。

「それにしても暗いな」

 そこまで暗いとは思わなかったがら冴木がそう言うとみれいが颯爽と窓際まで行き、カーテンを開けた。曇天から覗く僅かな太陽の光が部室を照らす。光の加減で画面が見づらくなったのか、ゲームをしている女の子は椅子の向きを変えた。

「あ、お邪魔してしまいました? 一ノ瀬さん」

「全くもって問題ない」

「なら良かったですわ」

 何とも素っ気なく話す子だ。しかし、みれいは慣れた様子だった。

「一ノ瀬さんは何時頃からいらっしゃいますの?」

 みれいがゲームに集中している一ノ瀬に声を掛けた。

「十二時四十四分にこの椅子に座った」

「あら、じゃあもう二時間近くゲームしているんじゃありませんの? そろそろ休憩ですわ」

 みれいの言葉に一ノ瀬は空になったチューチューアイスをぷらぷらさせてはぐらかした。

「さて、冴木先輩」

 みれいが椅子の方に近づいてくる。

「もう帰っていいのかい?」

「ダメですわ!」

 みれいがどっしりと、椅子に腰かけた。栄子の隣にみれい。向かいに冴木が座った状態になった。一ノ瀬だけが窓際にある大きな椅子に座っている。ゲームを止める気配はなかった。

「今日は新聞部の七宮さんと取材をしてもらうんですわ」

「どうして僕が?」

「部長だからですわ」

「一言も部長になるなんて言っていないよ」

「まぁそう仰らずに……。良いものがありますので、冷蔵庫をお開けになってくださいます?」

 冴木の座っている場所の後ろに、小さな冷蔵庫がある。ちょうど本棚とは反対の位置だ。冴木は逆らってもいいことがないと分かっているのか、素直に冷蔵庫を開けて中のものを取り出した。

「私の懺悔と共に受け取って欲しいですわ」

 懺悔とはみれいが冴木先輩を励ます会に出なかったことに関してだろう、と栄子は憶測を立てる。励ますということは、落ち込んでいるということなのだろうか。

 冴木は取り出したものを机の上に置く。みれいは俯いてもじもじしながら言葉を続けた。

「ほら、まえ話していたレアチーズの……ケーキじゃなくてタルトにしたんですわ」

「これが?」

 冴木は呆れたような顔で机の上に置いたものを見ている。栄子も、何のことかよく分からず開いた口が塞がらなかった。

 ようやくもじもじと一連の動作を終えたみれいが机上を見て、呟く。

「あの、冴木先輩。これはただの野菜ジュースですわ。これではなくて……」

「いや、もう冷蔵庫にはこれしか入っていないけれど」

「え、そんなはずありませんわ」

 みれいは俊敏に立ち上がり、冷蔵庫に向かう。そして中を覗いてから五秒ほど静止した。

 沈黙。

 かと思いきや、みれいはおもむろに手を突っ込んだかと思うと、柿が一つでてくる。しかし、みれいの求めているのはそれではないようで、今度は上段の冷凍庫を開ける。栄子が後ろから覗いてみた限り、そこにはお徳用のチューチューアイスしかなかった。

「そ、そんな……」

 ぴこぴこと、一ノ瀬のゲーム音が鳴っている。どごーん、と何か爆発する音がした。

「レアチーズタルトがありませんわ!」

 ででどん、と低い効果音が聞こえて、一ノ瀬がぼそりとつぶやいた。

「ゲームオーバー」

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