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偽りのメメントモリ

 弱まった雨の中を駐車場まで走り、瀬戸茜の運転する車で栄子たちは大学に戻った。

 みれいは一旦部室に行くと言い残して去っていき、茜は研究の続きがあると言って、すぐに姿を消した。

 取材は午後三時からということになったので、それまで一旦解散である。本当はそれまでの時間にも何か起こるかもしれないという期待から密着取材したかったが、あくまでミステリー研究会の取材という形なので、栄子は我慢して一旦新聞部の部室に戻ることにした。

 忘れないようにボイスレコーダーを取り出して、椅子に座る。

 なんだか頭がぼんやりする。

 雨のせいで風邪でもひいただろうか。

 いや、そういえば私は結局徹夜していたのだ。

 そう、ミステリー研究会の部長も……。

 小向璃音も……。

 あの、キリンのネックレスをつけた女の子も。

 名前は……。

 そう、早希、といっていたっけ。

 ラピスラズリは、誕生石か何かかな。

 あれ、でも……。

 璃音と私は同じ月の産まれだったはずだから、誕生石はサファイアじゃなかったかな。


 ……。


 …………。


「おーい」

 声が聞こえる。

「えーこちゃーん」

 栄子はいつの間にか閉じていた瞼を開けた。

「はれ……? あ、部長」

 栄子の席の前に、新聞部部長が座っている。テーブルにはサンドウィッチと、コーヒー牛乳が置かれていた。

「おはよ、よう寝とったね」

「お、おはようございまふ」

「まだ寝ぼけてないかい? それより、その白紙なにさ。もしかして記事かけなかった?」

 はっとして栄子が手元の紙を見ると、自分の涎が垂れてシミが出来ていた。

「なんていうか、ちょっと一人で全部書けっていうのは無茶ぶりだったかなー」部長はコーヒー牛乳をずずっと啜る。「ごめんね、無理させて。いいよ、あと私がやっとくよー」

「い、いえ。書きます。書かせてください」

 栄子は涎をぬぐいながら立ち上がって時計を見る。時刻は十一時。いつの間にか眠っていたようだ。

「書けるっていうなら任せるけど、だいじょーぶなん?」

 部長が心配そうに訊いてきたが、栄子には確固たる自信があった。

「ええ、もう、良い感じですよ。ほら、メモもとってあります」

 栄子が自分のメモの最初のページを部長に見せた。

「笑顔よし、十円足りない……なんぞこれ」

「ミステリー研究会に関するメモです! 午後から取材をしていただけるようにアポもとったんですよ」

「ほほー、感心感心。ミス研は西校舎四階だったっけ。東校舎と繋がってる四階の渡り廊下は昨日から補修工事してて通行止めらしいから、下のピロティ使いなよ」

 そういって部長は残りのサンドウィッチを平らげた。

 なんでそんな情報まで知っているんだろうか、と栄子は部長ネットワークの広さを改めて思い知る。

「それにしても部長、お昼早くないですか?」

「うん、これは朝昼兼用だからね。このぐらいの時間がベターよ」

「そうなんですね。じゃあ私も今のうちに買ってこようかな。午後から約束があるので……あっ!」

 栄子が突如大声を上げたせいで、部長がコーヒー牛乳を吹きだした。

「げほっ、ちょっと何よ。えーこちゃん」

「部長、ミステリー研究会の噂ってなんです?」

「は?」

「何やら噂があるとかなんとか……」

 栄子は事の顛末(てんまつ)を部長に説明することにした。部長は先ほどの補修工事の件などどこから仕入れてくるのか分からないが、噂やビックニュース、どうでもいい情報などを誰よりも知っている。もしかしたらミステリー研究会の噂とやらも知っているかもしれないと期待の眼差しで見つめた。

「知らなくはないけど、あまり吹聴するものでもないんだよねー」

 部長はあっけらかんとして答えた。やはり、何かしらの情報は持っているのだ。

「やっぱり、知っているんですね! 教えてください……!」

「うん、まぁ、えーこちゃんは口が堅いの知ってるからいいけど、これは他言無用だよ?」

 部長がいつになく真剣な表情で答える。部長の口元にまだ残っているコーヒー牛乳の汁がなんともシュールだったが、神妙な顔つきで頷くことが出来た。

「ミステリー研究会はもう二回も、事件に遭遇しているらしいよ。それも(おおやけ)にならないような、事件にね」

「事件って……どんな?」

「殺人事件」

 ぴりっと部室の空気が震えた気がした。

 僅かな沈黙ののち、部長がにやりと笑った。

「なんちゃってね。じょーだんだよ、えーこちゃん。事件はあったそうだけど、殺人じゃない」

「な、なんだ……」

 栄子は脱力して同時に自分がひどく空腹なのに気付いた。そういえばメロンソーダを飲んだだけで結局何も食べていないのだった。

「はぁ、なんだか気が抜けてお腹が空いてきました。部長、私もちょっと何か買ってきます。もう食堂開いてますよね?」

「開いてるよー。いってらー」

 部長の呑気な声を聞きながら、栄子はメモ帳とボイスレコーダーをポケットにねじ込むと、部室を出た。

 じっとりと湿気を含んだ廊下は、日曜日ということもあってか物寂しく感じる。

「殺人事件か……」

 冗談とはいえ、さっきの部長の台詞は真に迫るものがあった。でも、事件があったというのは本当のようだったし、これは良い記事が書けそうだ。

 もうすでに雨は止んでおり、食堂に行く間に通るピロティで濡れることはなかった。昼までまだ早いからか、食券機の前も空いている。

 しかし、どうも様子がおかしい。

 食堂の奥。窓際のほうに、五、六人の人だかりができている。そしてよく見ると半数が教授だった。

 栄子の、新聞部員として野次馬精神がうずきだす。もちろん当事者からしてみたら野次馬ほど鬱陶しいものはないだろうが、これは新聞部としての(さが)なのだ。

 極力邪魔にならないように、人だかりに近づいてみる。皆して下のほうを向いている。

「せーのっ」

 教授が掛け声を発する。

 二人がかりで何かを持ち上げた。

 それを見てぎょっとする。

「璃音……?」

 ぐったりと垂れ下がった四肢。

 血色の悪い顔面。

 そしてあっという間に、璃音は教授たちによって運び込まれてしまった。窓の外を見ると、赤いランプが回転しているのが見えた。微かにサイレンの音も聞こえる。救急車だ。

 そんな……まさか……。

 部長の声が脳裏を過った。

 殺人事件。

 璃音が?

 違う、あれは冗談だと……。

 重くなった体を引きずって、璃音の後を追う。

「あの……」

 先ほどの人だかりの一人であった助教授に声を掛けた。

「何だね?」

「さっきの子、えっと、どうされたんですか? 救急車に運ばれていきましたよね?」

 助教授は肩を竦めた。

「さぁ、俺はなんか人が倒れてると騒ぎをききつけて来ただけだからよくわからない。でも、呼吸はしていたから、命に別状はなさそうだけどね」

「そう、ですか」

 栄子は体の中にあった重い何かがすっと軽くなっていくのを感じた。命に別状はない。なんと良い響きだろう。

 しかしこれも、部長が変な冗談をいったせいだ。戻ったら一言文句を言ってやろう。と思ったが、すっかり食欲はなくなってしまった。それどころか力まで抜けていく。

「ちょっと君、大丈夫?」

 助教授が心配そうに覗き込んできたが、栄子はろくに返事もせずよろよろと近くの椅子に座る。食事と睡眠の大事さを感じながら大きく溜め息を吐いた。

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