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思慮深いトラブルメーカー

 雨はそう激しく降っているわけでない。このぐらいならコンビニまで我慢できるだろう、と安易に決断したのが間違いだった。大学から出て数分もしないうちに雨は激しさを増し、土砂降りになった。

 結果として栄子は、コンビニまでというミッションは破棄し、途中にあった喫茶店に避難することにした。ついでなので、もうここで軽食をとればコンビニまで行く必要もないということだ。それにしても朝早くから開店してくれていて大助かりである。

 初めて入った喫茶店だったが、木造の建物と観葉植物が良い雰囲気を出している。先ほどまで勘弁してくれと思っていた雨も、この空間にいると耳に心地よく感じた。

 お好きな席へどうぞ、と案内されたので栄子は奥にある隅の席に向かう。

「――ちゃっちゃと渡しちゃいなさいよね、もう!」

 お目当ての席にはすでに大声で会話をしている先客がいたので、その手前に腰かける。修学旅行なんかで布団を敷いて寝るときも、栄子は大抵四隅を選びたがる部類の人間である。隅っこというのは落ち着くものだ。逆に璃音なんかは、ど真ん中でも平気で寝れるタイプだ。

 メニューを開くと、豊富なドリンクメニューに圧倒された。さて、どうしたものかと栄子が頭を悩ましていると、隅の席にいる二人の女性の会話が雨音をかき分けて耳に飛び込んでくる。どうも白熱しているらしい。

「え、ちょ、それでどうしたの!?」

「いえ、二回目でしたから迅速に対応できましたわ」

「できましたわ。じゃないでしょ、それ、あいつ知ってるわけ?」

「それが……昨夜はお帰りにならなかったようで」

「はぁ……あんたそれね、多分タルト渡せたとしてもプラマイゼロよ。いやむしろマイナスかな」

「やっぱりそうですわよね……どうしましょう、(あかね)ちゃん」

「済んだことは仕方がないから、素直に謝るしかないでしょう」

 何となく聞いていた栄子は、どうも聞いたことがある声と、茜ちゃんというのでぴんときた。

 栄子は体勢を変えて奥の席をのぞいてみる。視線を奪ったのは、綺麗なレッドピンクの長い髪。さらり、と揺れる向こう側に白衣を着た女性がいる。瀬戸茜だ。

「いい? アリスちゃん。そのタルトが最初で最後よ。もうあたしの監視のもとでしかキッチンに立っちゃだめよ」

「ええ、分かりましたわ」

 心なしか哀愁を漂わす背中を見て分かった。アリスちゃんというのは、先ほど話題に上がっていた有栖川みれいのことだ。そう、トラブルメーカーと言われていた……。

 びびっと、栄子に電流が走った気がした。

 一新聞記者としての本能。あるいは、元来からある女の勘。

 有栖川みれい現れるところ乱あり。

 その言葉が真実ならば、面白いスクープ記事が書けるのではないか?

 栄子はメモ帳を取り出す。一番上のメモ欄にはバレンタインデーと書かれていたが、もうそれはいいのだ。今の標的は、有栖川みれい。

 メモを一枚ちぎって、新しいメモ欄にその標的の名前を書く。

「お客様、ご注文はお決まりでしょうか」

 突如、声を掛けられて飛び上がり、思わず栄子は自分の膝をテーブルの下にぶつけてしまった。

「ぎゃっ」

「も、申し訳ございません」

「い、いえこちらこそ」

 栄子が冷や汗を垂らしながら謝罪すると、あれ? と声が聞こえた。先ほどまで盗み聞いていた瀬戸茜の声だ。

「どうも、瀬戸先輩。お久しぶりです」

 挨拶すると、背を向けていた有栖川みれいもこちらに向きなおる。長い睫毛に、白い肌。まるで、物語に出てくるように美人で、思わず見とれてしまった。

「ごきげんよう」

 漫画やドラマでしか聞いたことのなかった挨拶をされて、どう返事をするべきか迷った。

「ご、ごきげん麗しゅう。本日はお日柄もよく……えっと……」

「雨だけどね」

 茜の歯に衣着せぬ発言にみれいがくすっと笑った。さすがは社長令嬢、笑う仕草も様になっている。栄子はメモ帳に、笑顔良し、と書いた。果たしてこのメモに意味があるのかは定かではない。

 栄子は、いまだ立ち尽くしている店員にメロンソーダを注文すると、席を移動して瀬戸先輩の隣に座った。

「ええと、改めまして。新聞部の七宮英子です。この度は有栖川みれいさんに折り入って頼みがあってきました」

「あら、なんですの?」

 そこで一旦言い淀む。

 はて、ここで有栖川さんを密着取材させてください、と言っていいものか。いくら優しそうな人柄とはいえ、初対面の人物に急に頼まれて、はい良いですよといくものだろうか。

 万が一ここで断られては、折角良い記事が書けそうだというのに水の泡になってしまう。

「ははーん」隣の瀬戸先輩がにやりと笑った。「なんか、悪いこと考えてない? 栄子ちゃん」

 ぎくり、として栄子は人工的な笑みを浮かべる。

「そ、そんなことは決して……あの、有栖川さん」

「はい」

「……ミステリー研究会を取材したいのですが、よろしいでしょうか」

「ミステリー研究会をですの? うーん、構いませんけれど……」

 みれいは人差し指を下唇に当てて考え込んでいる。

「けれど、なんですか?」

 辛抱できずに追及するとみれいは手元のコーヒーを一口飲んでから答えた。

「どうして、ミステリー研究会なんですの?」

 そうきたか、と栄子は内心で戸惑う。「有栖川さんを取材したいからです」と言ってしまえば、この機転が台無しになってしまう。かといって、ミステリー研究会のことは全くもって知らない。

 どうしたものかと栄子が戸惑っていると、隣にいる茜が指を鳴らした。

「あー、分かった分かった。あの噂をききつけたんでしょ? さすが、栄子ちゃんとこの部長さんは耳が早い」

「え? あ、はい。そうなんですよ」

 栄子は高速で頷いて肯定を示す。あの噂が何かは皆目見当もつかない。

「そういうことですの。あまり語ることはありませんが……よろしいです?」

「は、はい。もちろん!」

 なんだかよく分からないうちに話が成立し、無事に取材が出来るようになり栄子はほくそ笑む。茜のナイスアシストのおかげだ。

 その後、栄子が届いたメロンソーダを飲みながらまったりしていると、二人は先ほど熱く討論していた話に戻った。

「まぁ、バレンタインデーだからってレアチーズタルトを作るのはいいけど、ボヤ起こしちゃダメでしょ」

 茜が呆れたように言う。

「でも事前に消火器も用意して起きましたわ。おかげで消防隊がいらっしゃったときにはほぼ鎮火できていましたし……」

「料理するために消火器用意するなんて、燃えるの前提で行動してない? ああ、もう心配で胃が痛くなってきたわ。結局そのせいでアリスちゃんが企画した冴木先輩を励ます会に出られなかったんでしょう?」

 なるほどそういうことか、とメロンソーダを飲みながら栄子は納得する。ということは、璃音がカラオケを出たときに見た消防車の行方はあながち間違っていないのかもしれない。

「とりあえず、このタルトは部室の冷蔵庫にしまっておいて冴木先輩を待つことにしますわ」みれいの手荷物の中に小さな保冷バッグがあった。「七宮さん、取材は部室でもよろしくて?」

「はい、大丈夫です。部室はどこです?」

「西校舎四階の、一番端、北側の部屋ですわ」

 どのみち、ボイスレコーダーも新聞部の部室にあるので、一度戻ってからというのは栄子にとって都合がよい。

 その後、メロンソーダを飲み終えてから三人で会計に向かった。栄子はてっきりお金持ちだと噂のみれいが黒いカードで会計を済ますかと期待したが、そうはならずに自分の分は自分で払うという会計になった。元々は自分で払う気ではいたので問題ないのだが、みれいが十円足りないと騒ぎだして、茜が十円を貸していたりと、よく分からない状況だった。

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