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霧雨のプロローグ

 雨音だけが聞こえる誰もいない新聞部の部室で、どっぷりと闇に染まった外の世界をぼんやりと眺めながら七宮(ななみや)栄子(えいこ)は頭を悩ませていた。

 栄子は静かに首だけ動かして机の上に置いてある真っ白な紙を見つめる。手を伸ばせばそのまま沈んでいきそうなほどの白さ。これを自らの手で黒くしていかなければならない。もちろんそれはただ塗りつぶすだけでなく、この大学に関するニュースでだ。それを製作するのが栄子に任された仕事である。新聞部に入ってもうすぐ一年が経つというのに、ろくな記事のかけない栄子に対する部長からの学内報製作依頼だった。

「ニュース……ニュースねぇ……」

 手に持ったシャープペンを弄び、椅子に(もた)れる。一週間前から任されたことだったが、今になってそもそもニュースとはなんぞやと思い立ち、最新の出来事や情報、つまり、newの複数形がニュースということを三時間ほど前にネットで調べて知った栄子だった。完全に当初の目的と逸脱したことに時間を費やしているのだが、そうでもしないと頭が動いてくれないのだ。

 任されたからには、書き上げたい。

 それに、最近部長が書いた、春に出航予定の超豪華客船の記事は素晴らしかった。知人との会話で話題に上がるほどであるし、実際にその記事を読んだ私は船には微塵も興味がないのに豪華客船を見てみたくなったものだ。

 私もあんな記事を書いて皆に色々知ってもらいたい。なにより、脚光を浴びたい。そう思い、真っ白な紙を見つめていればそのうち文字が浮かびあがってくるんじゃないか、と睨みつけてもみたが無駄だった。

 溜め息を吐いて視線を窓の外に向ける。東校舎二階に位置するこの部室からは、中庭がよく見渡せた。中庭のど真ん中に鎮座している大きな木を見ると、半年ほど前の甘酸っぱい思い出が蘇る。あの場所でかつて、想いを告げたのだ。

 想い?

 その時ふと、何か引っかかった。すぐさまスマートフォンを取り出してカレンダーを開く。

「あ、ああ……! 今日はバレンタインデーなんだ!」

 そうか、だから部長は一週間前タイミングで私に記事を書けと言ったのだ。バレンタインデーという大きなイベントなら、記事にしやすい。

 暗い部室に、一筋の光が差し込んだように思えた。これなら何とか書けそうだ、だがしかし、時間がない。バレンタインデーはもう今日なのだ。

 これからの予定が頭の中でシュミレーションされている最中に、視界の隅で何かが動いた。

 それが何なのか、普通なら気が付かなかっただろう。しかし、栄子はもう八時間以上この部室にいてぼんやり外を眺めたり、白い紙を睨みつけていたのだ。

「カーテン、閉まってる」

 向かいにある西校舎四階の隅にある部屋。そのカーテンが閉まった。気のせいかもしれない、と思ったがそれはすぐに払拭された。部屋の明かりが点いたのか僅かに光が漏れている。

 こんな時間に活動しているサークルなんてあるのか、と時計を見る。

 時刻は、四時三十分。ぼんやりしているとあっという間に夜が明けてしまう、と栄子は焦りを感じた。

 何はともあれ、書く題材が決まったのだ。具体的にどんなことを書くか、記事の枠取りはどうするか、やるべきことが見えてきた。速攻で書き上げれば食堂前の掲示板や、昇降口前の空いたスペースに貼れるだろうか。

 よし、と勢いづいたところで、お腹が鳴った。

「……」

 しばしの逡巡。しかし、腹が減っては戦はできぬ。

 アイデアが浮かんだときすぐにメモ出来るように持ち歩いているメモ帳とシャープペンをポケットにねじ込んで悶々とした部室を出た。時間にルーズな栄子の目指す先は食堂である。

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