8(蛙の子は蛙)
「黒の旅団って相当頭良くなきゃ入れないんだから、エマの天才は血筋なのかな?」ヒューはエマのむくれた表情を見て慌てたフリをして言い直した。「もちろん、エマ自身の努力の賜物でもあると思うけどね」
彼女がアイザックを邪険に扱うのを知って、血筋だとか言い出す彼は度胸がある。
エマの母でありアイザックの妻である女性は、その様子を柔らかく笑いながら眺めていた。
若い頃、愛娘と同じ美しい茶色だった髪は色素が薄くなってきている。
危険に真正面から向かっていく愛しい人。
ただ、世界を知りたいが為に。
あの人の血を、あの娘は確実に受け継いでいる。
ソフィアに仕える人になったのだから。
ただ、世界を知りたいが為に。
こちらの気持ちも、少しは解ってくれるといい。なんて、少し拗ねたように考える。
「待たせられる方はいつでも心配してるのよ…… エマ・セシル。」
──“すべての星”の名を持つ子。
小さな呟きは、いつもより賑やかな食卓の宙に消えた。
翌朝、エマはいつもより早くソフィアの大木に向かった。
もちろん日課の朝学習、朝読書は抜いていない。
早起きしたのにはもちろん、理由がある。
自身の父が言った事が気になるからだ。
自分は立派に司書なのだ。エマは思う。
もう、正式な司書になってから2ヶ月になる。
仕事にも慣れてきた。
それなのに、若いからと理由にされるのは腹が立つ。エマにもプライドはある。
後、ヒューに頼み込んでこっそりと教えてもらう。
ヒューはエマが愚かでないことを知っていた。
それに、彼は賢い。
教えていい事と悪い事の判断は出来る。ヒューは教えてもいいだろうと考えた。
黒の旅団から報告されたことは、南の国、武力の国との戦争がある可能性を察知したことだった。
武人の国と、我ら賢者の国は仲が悪い。
私達から見ると南に住む血の気が盛んな彼らは「野蛮」であり、彼らから見ると私達は机にかじりつく「惰弱」な人間達だった。
理性的に解決することが英知の誇り。
強さで認め合うことが武力の誇り。
対照的であるからして、争わないのも難しく、昔から バランス が悪かった。
それが近年、ついに確実に崩れるかもしれない。その可能性を黒の者達は感じた。
「何であれ、時代の節目にはあるものよね。」
エマは頭を振って言う。「私、今のソフィア様なら戦争があってもおかしくないと思うの。」
ヒューは窘めるように見遣った。「ソフィア様をバカにするようなこと言ってはいけないよ。」
「バカにしてるんじゃないの。」
落ち着き払って、彼女は言葉を続ける。
「ただ、あの人は確かにとても賢いけれど、野心家である性格は直らないから。」
「そうなんだよね。」
眉根をぎゅっと寄せて、どこまでも青い目を伏せる。
エマは深く溜息をついた。
他称される程に、頭が良いのも考えものだと思う。
私はこの国の行く末を、きっと、父よりも、ヒューよりも、ソフィア様よりも、正しく深く予感しているだろう。
そんな気がする。
人は争う。そうして時代は繰り返し、新しくなる。
過去の傷を背負ったまま。
本人は気付いていないけれど、その憂いを帯びた瞳は、黒を纏い旅する父に限りなく似ていた。