9(十人十色)
訪問者の例(甘味狂)
世界最高峰、最大、最古を誇る「ソフィアの大木」には、数多の知恵、知識、英知が集結している。友人である男性司書ヒュー・コリンに言わせると情報の宝庫。彼は情報マニアだ。せき止められることを知らぬ賢者達の知識欲はこの場に向けられる。
そんなソフィアの大木には、様々な人が訪れる。
今回は一風変わった訪問者をご紹介しよう。
エマ・セシルはその日、カウンター当番だった。
本の貸し出しと返却を確認する役目だ。
エマは昔からよく図書館に来て本を借りていたので、カウンターとは馴染み深い。外側から「お願いします」と言っていた立場から内側で言われる立場に変わった事は、エマにとって少し嬉しい事だった。それは皆が憧れるソフィアの司書になったことを、誇りに思っていたからだ。
ふと、甘ったるい加工された苺の香りがする。
「 これおれがいひあふ 」
口の中に大きな飴玉があるらしい。喋る度に赤色がちらちらと見えた。此処は飲食はオススメできないのだが──むしろ禁止だ──飴ならばまぁいいだろうということになっている。入れないゾーンはあるけれど。
えらく舌足らずなのは、口の中にそれがあるからか。
はい、と返事をして貸し出しの手続きをしていると、なるほど香りがすごい。キツイ香水レベルだ。苺、苺苺苺…
若い男性からこんなキツイ甘い臭いがするのも初めてだ。
「あの!そこのアナタ?」
後ろから不機嫌で神経質そうな声が聞こえる。エマは心の中で深く溜息をついた。
面倒なことになりそうだ。
この声の主はコーネリア女史。司書暦6年。今年の4月で34歳になった。彼女は少々頭の堅いところのある人間で、規則を重んじる。そして賢者の民らしく英知を誇りに思うため、知識の詰まっている本を愛する。
つまり。
コーネリア女史はソフィアの大木での飲食を一切禁止にすればいいと思っているのだ。
「確かに此処は飴やガムくらいならばとそれくらいの飲食を許されていますわ。しかし私はソフィアの大木にある本が汚れてしまう可能性がゼロではないのならば許しません!日々許せないことだと主張しているのにも関わらず規則が作られないのは非常に残念だと思っております。だからこそこの様に注意をするのですわアナタ!その飴を吐き出しティッシュに丁寧にくるみすぐ捨ててください!」
「何処で息継ぎしてるんですかコーネリアさん」
「セシルさん!私は今こちらの方にお話しているのです。それにアナタ、セシルさん。そもそもアナタが注意して下されば良かったのですわ!」
「いや飴くらいは構わないでしょうやっぱり。気をつけて頂ければ。」
「その気の緩みが本を汚す!アナタ天才だとか言われてチヤホヤされているからって…!!」
「そういうつもりはありませんが…」
「いいえ、今はアナタにこんな話をしている時ではありません!アナタです、アナタ!ほらティッシュは此処にあります!」
「嫌でふよォ、ほく、ああいおろはれへあいろおひふからいんでふよォ」
「何言ってるかわかりません。ほら、その飴玉を出してください!」
「嫌でふってあ…ん、ぐッ!?」
コーネリアさんは決して悪い人ではない。多分。だが苛々してると見境がなくなる為、強硬手段に無理矢理吐かせにでた。
「なに…、」
「全く!自分でさっさと出してくだされば良かったのです。」
「なにするんだよ」
「本を大切にして頂く為の行動ですわ。お許しくださいまし。」
「な・に!するんだよォォォォ!!!」
彼は高らかに叫び声を上げた。
すごく印象が変わる。さっきまではぼんやりした青年みたいな感じだったのに、今や顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
「無理矢理って何だよ僕の言い分は聞かないっての!?クソッふざけるな!!甘いものないと落ち着かないんだよ僕は!常に口の中にお菓子がないと!とびっきり甘いの!!それを…!それをお前は!!何なんだよお前ェェェ!!むかつく!むかつくむかつくむかつくッ!!」
絶叫である。コーネリア女史も呆然。
暴れだしたその男は他の司書達に取り押さえられ本たちには被害はなかったのだが、この後コーネリアさんも無闇に注意しなくなった。
オチが不十分な気もするが、世の中には色々な人がいるということでこの話は終わらせて欲しい。