第八幕
ロンブルの街から続々と出立していく武装した男たちの姿が、整備され分岐路の様に分かたれ伸びる街道の先へと点々と影を残し消えていく。
顔見知りに挨拶を交わし、旅路にでも赴く気軽さで街道を往く男たちは、今回の盗賊討伐に雇われた傭兵たち……これにフェルトラント正規軍の百名を加えた盗賊の掃討作戦に参加する人員は全体の総数で二百名を超える。
この数は先のフェルトラント地方軍とトロ―ニア地方軍が交戦した折の人員が両軍を合わせても三百名程度であった事を鑑みても地方での盗賊討伐としては大規模、とまでは云えないがそれなりの規模であり、傭兵たちのみならず、商人や領民たちにしても領主側の強い意気込みを感じさせるのに十分なモノであった。
「今夜は野宿か?」
「いや、日暮れまでには幾つかの村を通るからな、その何処かで納屋でも借りれば良いだろ」
この様な会話が所々で交わされ、街を出る時にはそれなりの集団であった傭兵たちの姿は街道の分岐点毎に徐々に散開していき数を減らしていく。
明確な規律の下で動く正規軍とは違い、傭兵たちの歩調はばらばらであり、また目指す場所も違う事から集団としての体は初めから為されていない……多くが小集団に分かれてそれぞれが担当する地域を目指し移動をしている、と表現した方がより正しいであろうか。
これには幾つかの理由があり、その一つが傭兵たちの多くが予め小規模な集団を組んで行動している、という点が挙げられるであろう。
余程腕に自信の有る者たち以外、基本的に単独で動く傭兵は少なく、組、チーム、団、など呼び方は様々あれど複数人で行動するのが常識となっている。
古くからの仲間たちで集団を形成している者たちもいれば、依頼の都度、その街で仲間を募る者たちも居る……そうした個々人の性質は様々あれど、それが経験として彼らが培ってきた生きる為の知恵であった事だけは間違いない。
そうした類に漏れずアルミシアたちもまた三人一組のチームとして街道を往く。
「こらぁ、もう少し急ぐぞ、きびきび歩けー」
ロンブルへと続く主道からは外れ、閑散とした風情を見せる周囲の光景と比例して雑草が石畳の亀裂から顔を覗かせている寂れた街道の道を進む三人の姿がある。
背後で……しかも自身の後頭部より更に高い位置から聞こえてくるアルミシアの声に、ヴォルフは、へいへい、と呟きながらも、ちらり、と横目で其方を見る。
ヴォルフの斜め後ろを歩くのは巨大な体躯を持つ男が一人だけ……当人たるアルミシアと云えば、大男の……グレゴリオの肩にちょこん、と腰を下ろしヴォルフの姿を満面の笑みで見下ろしていた。
グレゴリオの巨体ゆえに肩に座るアルミシアの姿は最早、少女、と云うよりは幼女のソレに近く、知らず遠近感を疑ってしまう程に二人の体格さが……明らかに比率がおかしい。
知らぬ者たちが目にすれば目を剥いて驚くか、好奇心に負けて奇異な眼差しを向けてくる光景ではあったが、幸い、と云うべきかこの辺りは近隣の農村の住民が疎らに利用するだけの農道に近いモノであった為か、今は周囲に人の目はない。
或いは目的地を同じくする傭兵たちであれば、別の観点からグレゴリオに対して畏怖を覚えていた事だろう……。
グレゴリオはアルミシアを肩に乗せているだけではなく、十日前後となる長旅の荷物に加えその武装と、何より背に吊るアルミシアが振るう黒塗りの斬首刀の重量は今更語るべくもなく……その背に掛かる負荷は、重量は、最早、馬に引かせる域にまで達している。
にも関わらず平然と顔色一つ変える事すらなく歩みを進めるグレゴリオの身体能力は……常人の範疇を遥かに超えたモノであり……そんなバケモノを嘗て殺し掛けたアルミシアの凄絶な姿を思い出したヴォルフは、この二人と行動を共にしている自分は果たして幸運なのか、それとも不運なのか、などと今更そんな愚にもつかぬ事を思い過った己に思わず苦笑してしまう。
「合流地点は左程遠くはないですし、十分間に合いますって……」
と、恨みがましく抗議はして見るものの、知ってる癖に、と続く後者のセリフは当然ながら口にはしない。
盗賊の討伐、と云えば聞こえは良いが経済圏、とは外れたフェルトラントの様な地方領では『ネームド』と呼ばれる賞金が掛かる様な名付の大物などが居る筈もなく、集団としても精々十人規模の集団を相手に、百人規模の集団が叩くなどは非効率と云う以前に土台無理な話であるのだ。
少数ゆえに拠点を点々とする複数の小集団を当てもなくぞろぞろ、と追い掛けるなど不毛な事この上ない。
ゆえに、この様な場合の多くが組合が集めた情報を下に複数の根城を同時に強襲するのであるが……盗賊たちの多くがロンブルの様な街に潜み、傭兵に紛れ、住民に紛れ……そして組合に所属する商人たちの一部が人身売買や盗品の売買に関与している現状では、全てが下らぬ茶番劇であり……。
商人たちは盗賊と領主に情報を売り、盗賊は領主の対面を保つ為の人身御供を差し出す……領主は戦功という対価を得て、傭兵たちは依頼と云う形で報酬を得る。
こうした歪んだ構造が、規模の大小はあれど大陸全土で蔓延している事こそが盗賊問題の根本的な解決を阻害している大きな要因の一つである事は間違いない……しかし同時に一部の弾かれた不運な犠牲者たち以外が利益を得られる仕組みがゆえに、皆が知らぬ顔を決め込む、必ずしも害悪とは言い切れぬ根の深い問題でもあった。
「大将、此処での仕事もこれで一段落ついちまいますし、次は王都でも行きませんか」
こうした討伐軍が編成された後の盗賊たちの動きは考える必要すらない程に分かり切ったモノで……暫くの間は鳴りを潜めるであろう盗賊の被害が減れば、当然傭兵の需要も減る……つまりは頃合い、と云う事だ。
そうだね、とアルミシアはまだ日が高い空を見上げ……。
「世は変わらず……事も無し、か」
別段期待していた訳じゃないんだけどね、とその声は風に消え――――。
ふと名も無き花が好きであった少女の姿を、はにかみながらも真っ直ぐに揺るぐ事もなかったその眼差しを、アルミシアは思い出し――――自虐的な笑みを浮かべるその姿は……だがとても寂し気で……。
「まあいいさ……俺は……私はただ見届けるだけ――――」
中天から街道の先へと視線を移すアルミシアの視界の隅に、雑草が生い茂る街道沿いに咲く一輪の花が映り込む。
珍しくもないありふれた……人目を惹く美しさも、商品としての価値すらない雑草に咲く花。
アルミシアはそっと瞳を閉じる。
この花は温暖な気候の地だけではなく、極寒の北の地でも、灼熱の南の大地でも、枯れた土地ですら芽を息吹かせて咲き誇る凄い花なんです――――。
――――様には特別に秘密を教えて差し上げます、と少女は笑う。
少女は花の名を告げるとそっと差し出す――――アルミシアの花を……その花言葉と共に。