第七幕
「別に困難な条件が有る訳でも、革新的な手法を用いる訳でもない……簡単でしかも効率的な方法があるんだけど、どうする?」
「そんな神の御業の如き妙計が本当にあるのなら、是非御教授願いたいね」
聞きたいか、と問う挑発的な蒼い瞳を前にして、アルヴィンも釣れれる様に少女に眼差しを向ける。
もう立派なお得意様だしね、いいよ、と前置き少女は語り出した。
「まず新しく法令を施行する」
その時点で反論を口に出し掛けるアルヴィンであったが、この小生意気な娘が何を語るのか興味があったアルヴィンは辛うじてそれを自制する。
「別に審議やら何やらで無駄に時間の掛かる新法を制定しろって訳じゃなく……そうだね……現行法を補完する為の特措法で良い……内容は至って単純、盗賊行為と認定される略奪行為に対しては被害の大小に関わらず極刑に処す、とそれだけで良い」
アルヴィンは無言で少女の言葉を聞いている……だがそれは感心して、という訳では無く寧ろ真逆……拍子抜け……落胆して、と表現するのが適切であろうか。
確かに盗賊行為に限定して法令を定めている国は少ない……しかしそれは処罰、という点に置いて云えば現行法で対処可能であるからに、事足りるからに過ぎない。
元々、盗賊の取り締まりに際しては生死を問わぬのが通例であり、投降し仮に虜囚としても後の裁きで大半が死罪となる。
鉱山地帯を持つ領地などでは使い捨ての労働力として終身労働を科す場合はあるが、概ね新たに特措法など作らずとも事足りるのだ……盗賊たちとてそれを承知で狼藉を働いているのだから今更死罪だぞ、と脅して見たところでそれが抑止力になるとは到底考え難い。
「成程……では法令を施行して民衆に周知させるのだな……で、その後は?」
所詮は小娘の戯言であったか、と思いながらもアルヴィンはもう少しこの茶番を楽しむ事にする……悪意、とまでは往かないが少女に対する意趣返しとして論破して恥をかかせてやろう、と。
「そうだね……後はこれまで通りで構わないんだけど、注文を付けるとすれば……なるべく殺さずに連れて帰る事くらいかな」
少女はまたくすっ、と嗤う。
「最初は日に一人、二人、公衆の面前で首を刎ねてやればいい」
「何を……言っている?」
「何って……盗賊どもの事さ、落とした首は街の入口に、広場に、出来るだけ目立つ様に晒してやるのが効果的だね……後は徐々に数を増やしていく、五人、十人ってね……ああ……恨みを持つ被害者の血縁者や住民たちに殺させてやるのも悪くない……仇も討たせてやれるし、まさに一石二鳥だね」
街の外壁を、広場を、奴らの首で埋め尽くせ、と少女は嗤う。
「屑どもに相応しい報いをくれてやれ、奴らの脳幹に、魂に、恐怖と共に刻んでやれ、この領地の財に、民に、手を出す事が如何に割に合わない事であるのかを、どれ程の代償を支払う事になるのかをな」
愉快そうに……楽しそうに語る少女の姿にアルヴィンの身体には悪寒が奔り……同時にまただ、と思う……そうであったのか、と確信を得る。
自分とは相容れぬ存在だからこそ惹かれるのだ、と。
それが例え血に飢えたバケモノであったとしてもアルヴィンはこの少女を本当に、心底美しい、と感じていた。
「それと頃合いを見て噂を流してやるのも良いね、仲間の情報を売った者には特例として特赦を与えるってね……幾ばくかの金を与えて少し喧伝してやれば、後は連中が勝手に潰し合って――――」
「いい加減にしろ――――!!」
憤怒の咆哮が部屋に響き、木霊する。
「それは最早人の道ではない、鬼の歩む道だ、恐怖による統制は更なる力での支配を生み出す温床となろう……貴様はこの地で帝国が行ってきた愚策の焼き回しでもするつもりか!!」
我慢の限界を迎えたアリバールの怒気に当てられて身を反らしたアルヴィンの肩越しで、アリバールと真っ向からぶつかる少女の口元が色濃く歪む。
それは冷笑……侮蔑を示す嘲笑。
「なら問おう……貴様はその眼で一体何を見て来た」
少女はゆっくりと立ち上がり、アルヴィンにしな垂れかかる様に両腕を首に回すとその胸に頬を寄せる。
「恐怖とは揺るぎない力だ、振るわれる側の敵愾心を、反骨心をも圧し折って抗う魂すら打ち砕く……その絶対的な力で護られる側は、畏怖と共に安堵を得られよう」
少女の両の手は天秤が如く――――。
「恐怖と利益……それこそが人を従わせ突き動かせる源泉、源……なあ坊ちゃん……いや、アルヴィン・ローウェル……お前は世界を変えるのであろう……変えたいのであろう……なぁに難しい事じゃないさ、揺れ動く天秤の匙加減さえ誤らねば上手く行く……上手に扱えさえすればお前は望むモノに、王にすらなれる……」
耳元で囁かれる少女の吐息は甘く官能的で……さながらそれは悪魔の誘いが如く抗い難く――――。
少女の細い腰に腕を回そうと動くアルヴィンの手は……無骨な金属音によって遮られ……。
無言のままに鞘走らせたアリバールの長剣が陽光を反射して鈍い輝きを放ち、刀身に映し出されたその眼差しは明確な殺意を帯びていた。
「止めよアリバール!!」
咄嗟に少女を庇おうと前に出るアルヴィンから少女の温もりが不意に消失し、自然に、流れる様に扉へと移動した少女はふう、と軽く髪を撫でる。
「少し冗談が過ぎたかな、怖いおっさんの相手は御免なんで失礼させて貰うよ」
「待て!!傭兵……アルミシア!!」
初めて名を呼ばれた少女は扉に掛けていた手を止め……。
「俺は……俺は本当に王に成れると思うか?」
「言ったろ、それはお前次第だって……けれど……そうだな一つ助言はしてやるよ、お前がその手を血に染めて覇道を歩むというのなら、最後は碌な死に方は出来ないよ……それだけは俺が……私が断言してあげる」
不吉な物言い……だが、これまでの少女の……アルミシアが見せて来た不敵さとは異なる何かが其処にはある様に思え……呼び止めるアルヴィンの声に応える事なくアルミシアは部屋を出ていた。
「御子息……アレを傭兵としてお使いに成られる分には何も申し上げませぬ……しかし、傍に置かれようと御考えならば御止め下さい……アレは鬼の子……決して飼いならせぬ血に飢えたバケモノで御座います」
嵐が去った室内でただ一言、アリバールの言葉だけが刹那に流れ……背を向けたまま扉を見つめるアルヴィンがその問いに答える事は無かった。