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第一幕

 圧制により大陸全土を統治していた帝国の支配が終焉を迎え、帝歴の廃止と共に連合国議会が定めた新たなる新暦から数えて四年――――物語の幕は開く。









 涼やかな涼風が平原を駆け抜け、中天へと巻き上がる風の螺旋が少女の髪を靡かせる。


 見渡す限り続く草原に佇む少女の耳に馬の嘶きが響き渡り、十騎は居るであろうか……馬蹄の音を轟かせ此方へと迫る騎馬の集団を眼前へと捉えながらも威風堂々と立つ少女の瞳には恐怖の色は無い。


 歳の頃であれば十五、六……肩まで伸びた金髪、瞳の色は澄んだ泉を想わせる蒼……このシュメリア大陸では極々一般的な髪と瞳……同様に少女の容姿にも特筆して語るべきものは無かった。

 人の美観は十人十色だとしても美醜を問うならば少女は醜女ではないだろう……しかし遠くは無い未来、美姫、美女へと成長する期待を抱かせる、或いは片鱗を見せる顔立ちかと言われれば疑問符は付く……良くも悪くも人目を惹く程の容姿とは言い難かった。


 ――――だが、この少女を語る上でそんな上辺の容貌など取るに足りぬ些事であると、少女……アルミシア・エインズワースを構成する本質では無いのだと、少女の背後で固唾を飲んで見守る彼ら……いや、彼女たちは知っている。


 アルミシアの背後にはまだ若い女性たちが十人はいるだろうか、一見してそうと分かる荒事とは無縁なか弱さを感じさせる細腕で自身の身長すら越える長槍を抱き抱える彼女たちの瞳には、土煙を巻き上げ迫る騎馬の集団を前にして悠然と佇むアルミシアとは対照的に明確な怯えと恐怖の色がある……だがそれはある種、当然の反応であろう。


 戦場を知らぬ彼女たちでも屈強な男たちが操る騎兵という存在の恐ろしさは、視界に映る異様さと圧迫感が、理屈などでは無く本能に……脳幹に恐怖として刻まれている……ましてそれが自分たちの村を襲い全てを奪っていった男たち……盗賊たちだと知る彼女たちの恐怖は想像に余りある。


 「何を犠牲にしようとも仇を討とうと誓ったのだろう?」


 少女の声が風と共に女たちの耳朶を打つ。


 「奴らに殺された家族の、恋人の、子供たちの憎しみを恨みを晴らすと……ならば憎い敵を前に怯えた姿など、お前たちから全てを奪っていった悪鬼どもに弱さなど一片たりと見せてやるな」


 背を向けたまま鼓舞するでもなく淡々と……しかし平素と変わらぬ声音と口調のアルミシアの叱咤が如き言葉に女たちの動揺が嘘の様に静まっていく……それはこの半月の間、敵を追い求め共に寝食を共に旅をして来た少女との……力無き彼女たちが本願を遂げる為に雇った傭兵、アルミシアとの余人には窺い知れぬ関係性を示す一端であった、と言っても良いであろうか。


 「大丈夫、おれ……私が教えた通りやれば上手く行く、だから心配しなくていい、鬼ごっこもこれで終わりだ……此処で終わらせる、安心していい……一人として逃がしはしない……屍の肉片たりと残しはしない、皆殺しだ」


 迫る騎馬を前にまるで日常の会話を交わすが如く……だが物騒な物言いをするアルミシアに、女たちの顔付きがありありと変貌を遂げていく……恐怖と怯えの色がなりを潜め、浮かび上がるのは激しい怒りと憎悪。


 女たちの表情は決意に満ち覚悟に満ち……しかしその姿は戦場の華と例えるには余りにも凄絶な……例えてソレは地獄に巣食う鬼女が如く――――。


 眼前へと迫り来る騎馬の数は八騎――――横並びに迫る騎馬の集団を前にアルミシアは嗤う。


 可憐に、と呼ぶには余りにも不敵に、嘲笑を込めて。


 見晴らしが良く、尚且つ大きな障害物などが存在しないこの様な草原はまさに騎馬の特性を最大限に生かせる戦場……独壇場――――ゆえに盗賊たちが真っ向から向かって来るのは何も相手が女だけの集団だと侮っているからだけではない。


 騎馬の特性である突破能力と打撃力を振るい正面を切り崩した後に機動力を用いて側面、後背に回り込み相手集団に致命的な打撃を与える……戦術と呼ぶにも当たらない一般的に用いられる騎兵の運用法――――単純な手法ではあるが戦場に置いて効果は高く歩兵だけの集団など騎馬の前では蹂躙されるだけの対象と化す……まして戦いのいろはも知らぬ女の集団など論じるまでもない。


 ――――しかし同じ騎馬であろうとも盗賊のソレと軍属の騎兵とでは決定的に異なるモノがある。


 騎馬は強い……だがそれは特定の条件下、という制約の上でしかない事を……何故それ程の……無類の強さを誇る筈の騎兵が常に歩兵を帯同させるのかを――――奴らは知らない。


 「引けっ!!」


 奇声に近い雄叫びと共に眼前へと駆け寄る騎馬を前にアルミシアが高らかに叫ぶ。


 瞬間――――アルミシアの号令に呼応する様に、頭を垂れる稲穂が空へと顔を向けるかの様に、何かが草むらから僅かに浮き上がり、同時に仁王立つアルミシアの眼前で馬たちの悲鳴にも似た嘶きが響き渡る。


 前脚を大きく浮き上がらせ上体を傾けた馬たちから盗賊たちが次々と落馬していく……速度に乗った馬が急制動を掛けていきなり立ち止まったのだ……碌に馬術の訓練を受けた訳でもない盗賊たちでは馬たちを制御する事もまして馬上で体勢を立て直す事など出来よう筈もない。


 馬たちを怯えさせ立ち止まらせた物、それは棘を巻き付けた一本の荒縄……幾重にも補強された頑丈な縄ではあったが草原をアルミシアたちと盗賊たちを隔てる様にぴん、と張られたそれはさしたる細工も工夫も施されていない単純なモノ……だがいきなり眼前に現れた障害物に馬たちは怯え足を止めて容易く、呆気なく恐慌状態に陥っていた。


 これが訓練された軍馬であったならば歯牙にも掛けず飛び越えていただろう……或いは馬上での戦闘を本領とする訓練を積んだ騎士たちならば暴れる馬を制御し、馬上から振り落とされるなどと云う不名誉を被る事など無かったであろう。


 だが馬たちは軍馬ならず、操る騎手は騎士ならず。


 馬上から地面へとしたたかに身体を打ち付けた盗賊たちの苦悶の声が周囲に響くのと同じくしてアルミシアの背後に居た女たちが一斉に駆け出す。


 「慎重さは臆病の現れ……だがそれは弱さじゃない、これまでそれこそがお前たちを生き長らえさせてきた所以なのだから……だからこそ慢心が、驕りこそがお前たちを殺す……此処でお前たちが死ぬ所以だ」


 斥候の大切さ、伏兵や罠の有無、それらを疎かにした代償――――盗賊たちは命という対価でそれを支払う事となる。


 地面へと落下し強打した衝撃で今だ立ち上がれぬ盗賊たちを長槍を手にした女たちが円状に囲む。


 「殺せ!! 仇を討て!! 恨みを晴らせ!!」


 アルミシアの号令一下、盗賊たちに息付く暇など与えてなるものか、とばかりに女たちは地面を転がる盗賊たちに向けて槍を突き出す。


 女たちの細腕から繰り出される槍は、槍術の基礎すら知らぬ素人の槍は、精度も威力も欠ける弱者の刃――――無我夢中で繰り出される槍の穂先は幾度と無く空を切り……しかし今だ混乱と身体を襲う痛みで満足な抵抗も出来ない盗賊たちの太腿を、装具を付けぬ二の腕を、頬を数度に一度斬り付けていく。


 掛け声でも気合でもなく、只々呪詛の声を上げ狂った様に槍を振るい続ける女たち。


 女たちの身長を超える長槍はそのまま囲む女と盗賊たちとを隔てる距離となる……反撃無き嬲るが如き一方的な間合いは、隔たれた距離は、女たちの盗賊への恐怖心を薄れさせより復讐心を駆り立てる効果を与えていた。


 やがて訪れた瞬間。


 それは決して……いや間違いなく偶然の為せる技、偶然の産物であろう女の槍が盗賊の一人の喉を貫く。


 血反吐を吐いて白目を剝きながら悶死する仲間の姿を目にした盗賊の一人の中で何かが限界を迎えたのだろう……鬼女が如き女たちに囲まれ、混乱と恐怖の渦中にあってさしたる抵抗も出来ずにいる仲間たちを尻目に女たちへと駆け出していた。


 血走った男の眼差しが歪んだ狂相が、それが囲みを崩す為の意図した行動では無い事を暗示はしていたが、もとより女たちのそれが完璧な包囲網であった筈もなく、寧ろ間合いを詰めさえすれば容易く切り崩せる砂上の楼閣である、と他の者たちにも気づかせる最適解となる、所詮は女の浅知恵、と露呈させる行為になる筈であった。


 だがそうはならない――――男が食い破ろうとする包囲の先、少女が、アルミシアが男の進路を塞いでいたのだから。


 半狂乱の男は気づけない……恐らく伏兵として縄を引いていたであろう二つの長身の影がアルミシアの背後に控えている事に……丸腰であった筈のアルミシアが肩に担いでいるソレに。


 「どけえええええっ 小娘!!」


 既に抜刀している盗賊の男の長剣が駆け寄る勢いそのままにアルミシアへと振り下ろされる――――瞬間、男の視界は黒一色に染まり、アルミシアから放たれた黒き剣閃は男の両の手を叩き潰す。


 圧し折られた長剣が宙を舞い、最早原型を留めぬ肉塊へと変わり果てた両腕をぶらぶらと揺らしながら……男が潰れた蛙が如き悲鳴を上げてその場に蹲る。


 アルミシアが振るったソレを刀剣と呼ぶには余りにも歪で禍々しく……例えてソレは、その形状は首切りの斬首刀――――。


 片刃、湾曲した幅広な刀身、手にするアルミシアの身長と変わらぬその寸法が有する重量を物語る……恐らく大の男が両手で扱うのすら困難であろうソレを少女は……アルミシアは平然と片手で持ち上げ肩へと担ぐ。


 「悪いが此処で死んでくれ、彼女たちの為に」


 盗賊たちへと向けるアルミシアの瞳には憐憫も奪われるであろう命への呵責もなく、嗤うその姿は場違いな愛くるしさすら感じさせ――――。


 これが後に狂い咲きの華……狂華の異名と共に語られる傭兵アルミシア・エインズワース――――。


 その人の姿であった。


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