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Fランク魔王と魔眼メリエス  作者: はかまだ
一章 【独立】
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7話 土下座

 遺跡のダンジョン最奥。

 サリー・テンデルが玉座を置く大部屋は静寂に包まれている。

 不可思議な能力を使うクボタはもういない。


 ちなみに、僕はこんな狂人を殺す為にここを訪れたんじゃないんだよね。


 本来の目的を果たす為に、魔王サリーへと視線を移したのが静寂を破る契機になった。


「な……何が起きたのだ? おい、Fランクっ、そ、そのスライムがやったのか? なあ、おい!」


 サリーはそう言いながら、最初はゆっくり近寄ってきてたんだけど、興奮が高まるにつれて足早になり、今や彼女の鼻っ柱が僕の胸に届きそうなくらいまで接近してきていた。


 いやいやいや、近いって。

 この魔王には危機意識ってものがないのかな。

 僕が先にクボタを手にかけた事で、共闘した戦友のような錯覚にでも陥ってるのだろうか。


「僕の名前はネルテスタ。あなたに会いにここまで来たんですよ」

「そ、そうか、そう言えばまだ自己紹介もしてなかったな、わたしはサリー・テンデルなのだ。この遺跡を拠点とするBランクだぞ。それで、どうして……何がどうなっているのだ?」


 ひとまずサリーから敵意は感じられない。

 レイミーもそれが分かったのか、クボタ消滅の衝撃で呆けながらも僕の隣にやってきた。


「何がどうなっている、と言うのは僕の手の内を明かす事に繋がります。僕とあなたは同じ派閥でもないようですし、それにはお答えできません」

「ぐっ……な、なるほど……で、では、そっちの娘は何者なのだ?」


 すげなく回答を拒否されたサリーは、そこでようやく思考が冷却されたようだ。

 三歩ほど後ずさって、腕組みしながらレイミーを品定めさながらに見つめた。


 レイミーよりも頭の位置が少し高いけど、それでもサリーは小柄と分類される女性だろうね。

 威風堂々としてて、内面から自信が漲っている感じ。


 さっきまで人間に手こずっていたとは思えない程にね。


 雰囲気だけを見ればレイミーとは正反対で、真紅と言える巻き髪が背の中ほどまで伸びている。

 それだけでも見る者を圧倒できそう。

 目鼻立ちからも気の強そうな性格が滲み出ている。


 クレアのような圧倒的な美貌じゃないけど、サリーも男に困らないくらいには美しいと言っていいかもね。


 しかし、サリーにはクレアに無い魔王としてのステータスがある。

 そう、魔王として一人前である証。立派な2本の魔角だ。


 生える箇所はそれぞれで、サリーは左右のこめかみから、巻き髪に似合うような巻角が生えていた。

 羊が持つクルクルとした白い魔角が、真っ赤な髪とよく似合っている。


 なんて感想を脳内で呟くと、レイミーがおずおずと一歩前に出てお辞儀した。


「わ、わたしはこちらネルさんのお嫁さん候補筆頭のレイミー・アレクセンと申します。どうぞよろしくですテンデルさん」


 何を言ってるのかこの子は。

 言いながら横目でこっちをチラチラ窺うのをやめて欲しい。


 それにしても、レイミーってアレクセンっていう家名だったんだね。

 はて、どこかで聞いたことのあるような、ないような。


「ほう。ネルテスタよ、お前いつのまにアレクセン家の子女を手籠めにしたのだ? ふむふむ、なるほどな」


 サリーはレイミーの事を知っているのか、いや、正確に言うとアレクセンと言う家名を知っているのだろうね。

 って言うか、いつの間にっておかしいよね。

 サリーと僕が会ったのは今日が初めてだし。彼女の中でどれだけ気安い間柄になったのだろう。


「サリーさんとレイミーは知り合いなんですか?」

「いや、その小娘の事などわたしは知らないのだ。ただ、アレクセン家と言えば、オリビア家までとはいかないがエルドネの名門ではないか」

「えっ、そうなのレイミー?」


 特段隠していた感じではないはず。

 むしろ、その事を知らなかった僕が無知だっただけだよねこれ。


「は、はい……もしかしてネルさん知りませんでした?」

「あ、うん、ごめん」


 どうりで聞き覚えのある家名だとは思ったんだよね。

 今さらだけど。


「なんだ、ネルテスタ。そんな事も知らないでこの小娘を嫁にしようとしてたのか? はっ、笑止千万なのだ! かのアレクセン家当主、デレク・アレクセンの恐ろしさを知って、果たしてお前はその子女と婚姻を結べるのか見ものなのだ」


 いや、婚姻しないし、自称嫁候補だからね。

 何も問題はないよ。


 それにしても驚いた。

 まさか、レイミーが名家の出身だったなんて。

 でも、だったらなんで学校支給の魔導書(ブック)を使ってたんだろう。


 ところで、僕たちは何を呑気に世間話に興じていると言うのか。

 あまりにも自然な流れで会話が交わされてたので、僕もすっかりなじんでしまったよ。


「さあ、お喋りはもういいですよね? サリーさん、僕はあなたに用があってここまで来たんですよ」


 この一言で、ようやくサリーの顔に真剣みが帯びた。


「はっ! ま、まさかお前、この遺跡の玉座を狙ってるのか!」

「はい、そうですよ。僕はあなたを殺しに来たんです」


 まさか、今さらそこに気付くなんて思わないよ。

 しかも「嘘だろ」って感じの顔で驚いて、言葉を失くしている。


「なぜそんなに驚いてるんですか? 魔王が魔王と戦うなんて普通の事じゃないですか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ここは見逃して欲しいのだ! 頼むっ!」


 自我を取り戻したサリーは、仁王立ちだった佇まいをどこか所在無さげにし始めた。

 ソワソワしているような感じ。


「それは出来ません。これも僕ら魔王の宿命ですよ」


 そう言うと、部屋の両端に待機させていたカタパルトスライムが動き始める。 

 玉座の部屋には再度静寂が訪れ、使い魔のスライム達が移動する「ジュル」と言う音だけが響いた。


 その音を敏感に拾ったサリーが、左右で蠢く鈍色のスライムを交互に見やった。

 直後、彼女の顔が恐怖で引き攣ったように硬直する。


 今サリーの脳内では、クボタが迎えた最後の光景が浮かんでいる事だろう。


 恐怖に怯える。

 それを示す様に、遺跡の魔王は足を小刻みに振るわせ始めた。


 そんなサリーを憐みの目で見ていたんだけど、次の瞬間、彼女は予想もしなかった行動を起こす。


「この遺跡だけは見逃して欲しいのだ! た、頼む、この通り!」


 そう言うと、両膝を綺麗に折り曲げ地に着ける。

 両手も揃えて膝の前に置き、さっとした動作で頭を垂れた。 赤い巻き髪がフワッと翻り、うなじが露わになる。


 いわゆるこれが土下座ってやつだね。

 初めて見たけど、なんかこっちが恥ずかしくなるので勘弁願いたいな。


 だけどなんだろう。

 サリーだって魔王なんだから、その自覚がないなんて事はないはず。

 Bランクの実力だし、クボタとの戦いではその腕前も確認している。


『メリエスはどう思う? この魔王なにか事情を抱えてる感じがするんだけど』

『そうねぇ。実はその理由、わたし知ってるのよ、ふふっ』

『えっ、なになに? 教えてよ』

『まあいいじゃない。その赤髪魔王の話、聞いてみると面白いわよ?』


 どうやらメリエスは既に転位眼で情報を抜き取っていたのだろう。

 そう言えば、クボタの正体についてもまだ聞いてないや。


 サリーの話を片付けて、この遺跡を貰い受けたらじっくりと確認しよう。


 まあ、多分この赤髪魔王は純粋な性格の持ち主なんだとは思う。

 自分が窮地に立たされているにも関わらず、この部屋へ入った僕を見るや逃げるように助言してくれるくらいだし。


 自分に余裕がない癖に、他者への気遣いなんて中々出来る事じゃないよね。


 そう思ったら何故か勝手に、僕は恩を受けた気分になったんだ。


「サリーさん。その、土下座なんてしても意味はないので即刻やめてください。それと口調も今までと同じでいいので、そこまでする理由を聞かせてくれないですか?」


 その言葉を待っていたのか、サリーはパッと明るい顔で僕を見つめた。

 よく見るとその目が潤んでいるような気もする。


「すまない。ありがとうネルテスタ」

「いえいえ。それで、何か事情があるんですか?」


 サリーは「ふむ」とひとつ相槌を打って、その場に座り込む。


「よし、それじゃあどこから話そうか……」

「なるべく簡潔に、要約してくださいね」

「な、なんだと! わたしとリックの馴れ初めからじゃ駄目か?」


 なぜ?

 なんで僕がサリーさんとリックと言う見知らぬ存在との馴れ初めを聞かなくてはいけないのかな。


「リックと言うのはどなたですか?」

「う、うん、その……なんだ、わたしの大事なお方、なのだ」

「大事なお方との馴れ初めって事は、恋仲にあるって事ですか?」

「ああ、まあな。そういう事なのだ」


 なるほど。

 どうやら僕は時間を無駄にしてしまったようだ。


 と、心中でため息をついてる隙に、口を挟ませてしまう。

 まるでわたしも同じ立場です、と言わんばかりにレイミーが僕を押しのけ、割って入ってきた。


「わぁ~! 聞きたいです! サリーさんとリックさんの馴れ初め、聞かせてください!」


 そして始まる、色めき魔王2人の途方もなくどうでもいい脱線話が。


『うふふ。この子達面白いじゃないネル。あなたがここまでペースを乱されるのはちょっと愉快ねぇ』

『ちょ、ちょっとエリメス。本当にサリーの話を聞く必要ってあるの?』

『そうねぇ、あると言えばあるし、無いと言えばないのだけどね』


 だ、騙された。

 今のところサリーの話で楽しんでいるのは、僕以外の女性たちだけじゃないか。


「と言う訳で、わたしとリックは熱い口づけをだな、その、チュっと……あはーっ、言わせるなレイミーよ恥ずかしいではないか!」

「うわぁ~、サリーさん大胆ですよぉ! 凄いですねぇ。まさか、この遺跡の玉座と引き換えに結婚の約束までこぎ着けるなんて! それじゃあネルさんもこの遺跡を諦めるしかないです。それに、わたしもそれくらい積極的にならないと駄目ですよね?」

「もちろんなのだ! レイミーもガンガン攻めるのだ! 口づけはいいものなのだ!」


 ちょっと待って。

 もう既に、興味を失いつつ流し流し彼女たちの話を聞いていたんだけど。

 何か変な言葉をレイミーがサラッと言っていたね。


 しかもいつの間にか2人の距離感が縮まってるような。

 レイミーは頬を赤くして僕を見つめないでくれるかな。


『ね? 面白いでしょ?』

『いや、まったく』

『そう? この赤髪魔王のお嬢さん、どこかの魔王に(たぶら)かされてるのよ? しかもその為にあなたに土下座までして。中々見どころのある魔王だとわたしは思うのよねぇ』


 確かにそうかもしれないけど。

 だからと言って、僕がこの遺跡を諦める理由にはならないよね。


 ただ、メリエスが『誑かされてる』と断言したのだから、それは確かなんだ。

 サリーの記憶情報を読み取って、リックとか言う奴とのやり取りまで把握しての判断だからね。


 Bランクの手駒として期待できるサリーを、今ここで殺して遺跡を奪取。

 それか、サリーを手駒としてレイミー同様に傘下へ入れる。


 果たしてどっちが僕の利になるか。

 傘下として迎え入れるならリックと言う男への幻想は破壊しないといけないし。


 だけど僕は思う。

 決して大きいとは言えないけど、僕はサリーに恩を受けた。


 自分の危機を顧みず、僕を気遣い「逃げろ」と言った彼女の心意気を僕は気に入っている。


『わたしとしては手駒にするのを勧めるわね。あの子の魔術(ガルドラル)けっこう使えるわよ?』

『そうなんだ。多分操作系だと思うけど、どんなものなの?』

『使い魔の形状を自由自在に変形させる。簡単に言うとこんな感じね。たしかあなた、そんな能力欲しがってなかったかしら?』


 早く言ってよメリエス。

 これはかなり有効な魔術(ガルドラル)だね。


 そうとなれば話は決まった。

 サリーと交渉してリックをぶっ潰す。


 そして彼女には目を覚ましてもらって、この遺跡と有能な手駒を手に入れよう。

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