1話 旅立ち
ついにこの日が来てしまった。
魔界でも屈指の大国【エルドネ】が運営する【魔王育成学校】を卒業する日が。
エルドネは魔界でも3本の指に数えられる先進国であり、優秀な魔王を輩出する事で評価が高い。
そんな名門に、平民魔族である僕が入学でき、成績ギリギリではあるけど卒業できたのも、今壇上で卒業証書を受け取っている彼女のお陰である。
名家【オリビア家】の長女で、卒業生の首席として代表で壇上に上がっている【クレア・オリビア】17歳。
僕の両親はクレアの父ダレルさんの魔王軍に所属し、参謀を務めていた。
しかし、とある戦いにおいて戦死。
ダレルさんは盟友の残した、一人息子を育てる事によって、参謀を弔うのだと言ってくれている。
孤児の僕を、クレア同様に育ててくれたダレルさんには返し切れない恩をいただいてしまった。
クレアと僕は何をするにも一緒で、ダレルさんはそんな僕を本物の息子のように接してくれたんだ。
いつも僕を気にかけてくれるクレアがいたからこそ、僕がオリビア家に必要とされていた側面もまた事実だろう。
だから僕がこうしてここにいるのもクレアのお陰なんだ。
照れ隠しに笑いながら、僕の隣にクレアが戻ってくる。
「ひゃ~、恥ずかしかった~。こういう罰ゲームは成績最下位のネルがするべきじゃない?」
略称でそう呼ぶのはオリビア家の人たちくらいだ。
僕の名前はネルテスタ。家名はない。クレア同様17歳だ。
「おつかれクレア。罰ゲームなんて言ったら、他の学生に妬まれちゃうよ? いいじゃないか栄誉ある首席なんだし」
こんな憎まれ口を言ってはいるけれど、クレアなりの僕への気遣いだったりもする。
幼馴染みにして、首席と最下位。
別に僕は気にしちゃいないんだけど、クレアはいっつも僕の成績を上げるために協力してくれた。
最下位の汚名なんて関係ない。首席代表なんて罰ゲームだ。
そんな不器用な気遣いをしてくれるのがクレアの優しさなんだ。
成績優秀で、名家の長女。
しかも、容姿端麗で気立てもいい。
そんなクレアにはこの3年と言う学校生活で、100件もの求婚があったそうだ。
そりゃそうだよね。
小さい時から一緒にいる僕ですら、クレアの美貌に見惚れる事があるくらいだし。
だから、いつも一緒にいる劣等生な僕に陰湿なやっかみがあったりしたものだ。
だけどこれはクレアに知られてはいけない。
きっと彼女は、自分のせいで、と落ち込んでしまうだろうから。
勝気な性格の彼女でも、傷付いたら落ち込むのは年相応の少女と同じである。
代々オリビア家を象徴する、輝くようなブロンドの髪。
クレアはそれを腰まで伸ばして、結わく事もせずになびかせている。
だけど、それが様になってしまうのが、純粋な気品を有しているのだと証明している気がする。
両目の色も黄金色をしていて、真っ赤な唇との対比が蠱惑的な美しさを醸し出している。
体型だって非の打ち所がない。
背は平均的だけど、だから他の子と比べた時にその脚の長さが際立つのかもね。
スラっと伸びる美脚から上、腰回りは程よく肉があり、お腹のあたりはくびれていて、胸に視線を上げるとまた肉付きがいい。
特にこの1年での発育は急激だった。
こんな素晴らしい女性に求婚しない同年代男子なんて僕くらいなものだろうね。
劣等生であり、尚且つ容姿だって平均的だと思う。どこにでもいる平凡な魔族なんだ。
第一にそんな僕がクレアを伴侶にだなんて、分不相応にもほどがあるし、そもそも姉弟のような関係なんだから、恋愛感情すら抱く事が無い。
しかしクレア曰く、僕の黒髪も決して整ってるとは言えない温和な顔立ちも、彼女にとっては魅力的なのだと言ってくれる。
これは少し贔屓目が過ぎる身内の評価だからだろうね。
クラスメイトには、覇気が無い、男らしくない、優しすぎて頼りない。なんて言う烙印を押されているのだから。
当然そんな僕に言い寄って来る女性なんているはずがない。
「もうっ、ネルはどうしてそんなに向上心がないのよ! お父様も言ってたけど、あなたの潜在能力は既にAランク並って鑑定が出ているじゃない?」
「いや、鑑定は飽くまでも可能性の話だよ。僕がFランクだって言うのは明らかな事実だしね」
何て言うのは、少し良心が痛む。
本心を言うと、クレアの言う通りなのだから。
本気を出して学業に励んでいれば、もしかしたらAランク、最悪でもBランクの判定はもらえていたと思う。
「ネルはいつもそうやって誤魔化すのね。わたしにはお見通しなんだから!」
それも知っている。
クレアも、クレアの父ダレルさんも、実は僕が本気を出していないのに気付いていると言う事を。
だけど、これでいいんだ。
もし僕がBランク以上の判定を受けてしまえば、ダレルさんは僕をエリート魔王選抜校へと進学させたがるだろう。
あまつあえ、クレアとの婚姻話まで持ち上げる勢いだ。
オリビア家は親子揃って、僕を買い被りすぎてるんだよ。
これまで、ダレルさんには大きな恩義がある。
これ以上オリビア家の後ろ盾に甘んじている訳にはいかない。
クレアと一緒にいるのは楽しいけど、彼女も彼女で名家としての本分があるだろうし、いつまでも家名すらない僕がいたんじゃ邪魔になるからね。
「クレア。その話はもうしたじゃないか。卒業後僕は独立するし、クレアは選抜校に進学って」
「そうだけど、でも……ネルはわたしと一緒に進学するのが嫌だった?」
この問いに対する返答も既に交わしている。
「前にも言ったけど、僕はいつまでもオリビア家のお世話になる訳にはいかないんだ。君と離れるのはそりゃ寂しいけど、僕が家を出ていったって金輪際会えなくなるって訳じゃないだろ?」
そう。この件に触れると、クレアは決まって涙目になり唇をギュッとかみしめる。
薄く真っ赤なそれが、充血してさらに赤みを帯びて来る。
「じゃあ約束して! 1か月に1回は魔界に戻って家に顔を見せにきて! いいわね?」
数回やりとりしたこの話題であったけど、クレアはいつも語尾を濁してから諦めるだけだった。
だけど、その言い淀んでいた胸の内はついにその口から吐き出された。
勇気を振り絞って、やっと言葉にした感じが伝わってくる。
いつも言いかけていた素振りだったのはそう言う事だったんだね。
「わかったよ、約束する。それに実はダレルさんともそんな約束をしてるしね」
「えっ、そうなの? もうお父様ったら……」
既に約束が交わされていた事に、クレアは少し頬を赤らめていた。
再三に渡り、打ち明けようとしていた願いが既に叶えられていたのだから当然かもしれない。
そうこうしている内に、卒業式は滞りなく終幕となり、僕とクレアは並んで校門を後にした。
「本当にこのまま行くの?」
「ああ、屋敷に帰ったら決意が揺らいでしまうかもしれないから」
荷物は既に、魔界と人間界をつなぐ転移施設に預けてある。
そして、卒業式の後にそのまま人間界へ行くことも決めてあった事だ。
寂しそうに僕の制服の袖をクレアが掴んでいる。
そんな彼女の後ろから、父ダレルさんと母ソレイユさんがやってきた。
クレアがここまで美形なのも頷ける。
オリビア夫妻は揃って絶世の美を携えているのだから。
だからこそクレアにも、ここまでの美が受け継がれたのだろう。
魔王としての資質も一緒にね。
「行くのかネル」
「はい。これまで皆様には多大なる寵愛をいただきました。今後はその恩を少しでもお返しできるように励んでまいります」
ダレルさんは僕の目を真っ直ぐに見つめ、その決心が揺らいでいないかを確認しているよう。
ソレイユさんは、ついに涙を堪えられなくなったクレアを抱きかかえて、やはり頬を濡らしている。
ありがとう。
本当にありがとう。
この恩は絶対に返す。
きっとそれは父さんと母さんの願いでもあるはずだから。
僕が人間界を手に入れて、オリビア家への恩返しとさせてもらおうじゃないか。
そして、ゆくゆくはダレルさん、クレアと共に魔界を統一する。
「では行ってまいります」
オリビア家の3人にそう告げると、足早に校門から離れていく事にした。
少し肌寒い風に吹かれる中、僕は魔王としての第一歩を踏み出したのだ。
初めての投稿です。
多くの方に読んでもらえるように頑張ります。