プロローグ
武器。
ファンタジーで言う武器と言えばまず何を思い浮かべるだろう?
大方は剣だろう。次に思い浮かべるのは杖かな?はたまたは、世界観を壊すような銃かな?
考えていけば枚挙がない。
だが、武器というのは、多くの冒険者にとってかけがえのないものの一つには、違いない。
これから舞台となる世界には、変わった人達が住んでいる。
それは、「コネクタ」と呼ばれるもの。
「コネクタ」とは、武器の心を聞くことが出来る特殊な能力を持つものたちのことだ。
今日もまた辺境の地で一人、そんな能力を持つ少年が武器屋で武器と話をしていた。
「タケ?今日はちゃんと武器を労って、修行するのじゃぞ?」
「あーはいはい…。分かってるよ姉ちゃん…」
仏間の中で少年が、若い女性と話していた。
少年の名前は流瀬 武守。
黒鉄のような短い髪に、深い緑色の瞳、少し筋肉質な体をしているのは修業をしているからだろうか?着ているのは白の練習着、そして腕には黒いリストバンドが付いていた。
見た目は、14歳くらいの普通の少年、という感じだろう。
対して、少年の前にいる若い女性の名前はテトとこの家では呼ばれている。
意思の強そうな黒い瞳、シルバーのロングヘア、肌の色は白く、全体的にほっそりとしたスタイルをしている。着ているものは紫色の和服だけ。普通に見ると落ち着いているお姉さん、と言ったイメージだろうか。ちなみに胸はなかなかでかい。
そんな二人が家の道場で木刀を持って話をしていた。
「本当に分かっておるのか?…まあよい。構えてみせい」
「分かってるって………………ん」
テトは、木刀を構えてみせた。
その構えをみると、タケも構える。
テトの前で構えると緊張感が漂ってくるせいか、だらっとした構えにならない。
(なかなか様になっておるの…。よきかなよきかな♪)
テトはほんのり微笑を浮かべて、武守を見詰める。
武守はそんなテトをただじっと眺めていた。
「さ、タケ。どこからでもかかってきなさいな」
「……………」
だが、少年は動かなかった。
しかし、テトを眺めている。
テトは、付き合いの長さと経験から武守が何をしているのかが分かる。恐らく武守はどこから攻めるか悩んでいるのだ。
テトにどこか隙がないか…一生懸命に探している。
そんな気配がテトには、伝わっていた。
(ふふふ………。どうじゃ?タケが思う隙がわたにあるかの?)
しかし、テトにとってそんなことは無駄、の一言だ。
彼女からすればどこか隙がないか探ることなんて無理に決まっているのだ。なぜなら、隙などないからだ。
「ほれ、早うせい。…………来ないならわたから来るぞ?」
「くっ…………、だ、あああああああ!!!」
武守は、真正面から突撃した。
それを冷静に眺めるテト。
(ふむ…………気迫は、なかなかよいが…………。甘いの)
武守は、木刀を振り上げてなかなか堂の入った面を繰り出そうとした。
「次はもうちっとましになってみせいっ、メン!」
「ぎゃふっ!?」
しかし、リーチの差と経験の差はテトの方があるので、振り上げたままの武守少年が間合いに入った瞬間を狙い、手加減した縦斬りを武守少年の頭に当てて本日の修行が終わったのだった。
「ひどいや……姉ちゃん…………」
「まあ、そういじけるでない…。タケは武器職人の一人であると同時に使い手なのじゃ。武器を使いこなすのはコネクタの能力を高める良い修行なのじゃよ。わたもタケが作る武器に興味があるのじゃ。しかし、同じ武器として生半可な武器を作って欲しくない…………。それは、分かるの?」
「うん…分かるよ。でも、辛い…」
その返事を聞いて、少年の頭を撫でて慰めたくなるテト。
しかし、ここで甘い顔をしては武器職人として駄目になる。だからここは敢えて厳しくしなければならないのだ。
「ふむぅ…。あまり無理強いしたくはないのじゃが…………。こればっかりは、タケの母上も許してくれないのじゃ…………。だから、わたがタケを鍛えて、武器を作るに相応しくせねばならん」
「………お母さん、ケチだもん」
「タケの母上はケチではないぞ!?あんなに優しくて明るい人物なんてそうおらんのじゃからな!?」
何故か慌ててケチではないと説得にかかるテト。
その言葉は熱く、まるで、世間のことを知っているような素振り…いや、実際彼女は世間を知っているからふりでもないのだが。
少々、少年に少年のお母さんがどんなに優しいかを教えて、逸れ出した話に戻す。
「…ふぅ。良いか、タケ?確かにタケの母上は、先天的五感の良さと魔力制御術で、良い武器を作る能力を持っておる。しかしじゃな。タケには、そんな母上にもない能力がある」
「『コネクタ』、でしょ?」
知ってるよとでも言うように少年は、ぼそりと声を漏らす。
「そう。タケの唯一の能力にして、最大の力じゃ。この力は、武器職人の誰もが羨む凄い力なのじゃ。この力を極めることこそ、タケが武器を鍛える唯一の近道じゃ」
「…………それは、何度も聞いたよ。でも、辛いんだ…」
「タケ…………」
テトからするとタケのその様子は胸がとてもきゅーっと締まってくる。テトとしてもタケが武器を作るのにどれだけの努力をしているか知っている。
…正直言って、凄くよく頑張っているとは思う。
でも、足りない。武器を作るにはまだ足りない。そんな勘がテトに囁いている。
だから、タケが武器を作れるように真摯に指導しているのだ。
「タケ、お昼は母上がうどんを作るそうじゃ。それまで一緒にがんばろ?」
「…うん」
潤む緑の瞳に、揺れる黒い瞳。
視線を合わせれば、きっとそれだけで互いの心情が分かってしまう。それだけ長いときをお互いに過ごしている。
それから少しして、二人はお昼まで修行に励んだ。
「タケ、行くぞ?」
「分かってるよお姉ちゃん、ちょっと待ってくれ」
午後からは、森の散歩をする予定だったので、今から森へと出掛ける準備をしていた。
これは、厳しい修行の合間にあるちょっとした息抜きだ。
ずっと修行の毎日をさせるわけにはいかないというテトの配慮からだった。少しは気を緩ませて遊ばせてあげたい…。けれど、テトには子供とどう遊んでいいのか分からなかった。そのため、日課である散歩にタケを連れていくのだ。
「おねぇーちゃん♪」
そんな彼女に突撃してくる小さい影がいた。
「ん?サヤ」
「あ、お兄ちゃんもいるー♪あはは」
その正体は、タケの妹だった。名は流瀬 鞘雪。
色白の美少女エルフで、透き通るような銀色のツインテール、キラキラと無邪気な好奇心を出す大きな黒い瞳、天真爛漫な性格も相まって周りが何だか輝いているような感じがしてくる。着ているものは若草色のワンピース。
はっきり言って、可愛い、としか言えない。
そんなタケの妹をテトは、よく可愛がっていた。子供は苦手と言いながらも、その面倒見のいい性格がいい傾向に働いていたのだ。
テトは、鞘雪の頭を撫でた。
「きゃははは♪」
案の上、鞘雪は大喜びしていた。
その様子を見ていたタケは、少し羨ましそうにしていた。
タケはいつもの赤いシャツとミリタリー色の短パンに着替えていたので、もういつでも出掛けられた。
ちなみにテトは、修行中にも着ていた和服である。
「それでは、行くかの」
「うん♪」
「…ああ」
テトは、二人の子供を連れて森へと向かうのだった。
「いい天気じゃのぅ…」
「そうだねー」
ぶらぶらと森の中を散歩する三人。
のんびりとした散歩は、残念ながらこの二人がいる以上出来なかった。子供特有の好奇心全開パワーでどんどん前に進んでいくのだ。
テトはこの二人から離れてはならないので、自然と三人の散歩ペースが上がることになる。
この二人は、景色より冒険とか探検が好みのようだ。
(少し疲れるのぅ…………)
子供の笑顔が見れるのはいい。しかし、気が休まらない。
子供達の息抜きには確かになっているはだろうが…………。
「二人とも…ちと速い…。少しゆっくりせんかの?」
しかし、悲しいかな。好奇心の塊である二人にそんな言葉が通じるわけがなかった。
ドタドタ!猛ダッシュで爆走する二人は、そんな言葉は聞こえないとばかりに加速していく!
これには堪らず、結局走るテト。
「待てと、ゆぅーとろう!」
その速度は、子供二人を一瞬で追い抜くほどだった。
そして、そのまま二人の前に現れて、二人を捕まえる。
「きゃっ!?」「なっ!?」
「こらっ!二人ともはしゃぎすぎじゃ。ちぃーとは、わたのことも考えて欲しいのぅ」
「「ご、ごめんなさい…」」
「ふぅ…。よし、そこの木陰で休むとしよう」
木陰に入り、少し休憩に入る。
「はぁはぁ…つ、疲れたー…………」
「そりゃあんだけ走れば疲れるじゃろうよ。…ほら、見ての通りの汗だくなのじゃ。わたがタオルを持っておらんかったらどうするつもりだったのじゃ」
と、ぶつぶつ言いながら、ポーチから白いタオルを出す。
「えーと、こうやって拭ってみるとか?」
タケは、右腕のリストバンドで額の汗を拭く。
「一応、使い方としては間違うてはおらんが…。タオルの方がよく拭けると思うぞ?」
テトは、呆れながらタケの顔を拭いてやった。
「ねぇねぇ、サヤは?」
妙に期待しているようなキラキラ眼でテトを見ている!
「そうじゃのう…」
ちょっと苦笑しながら、もう一つのタオルを出して、鞘雪の顔の汗を拭いていく。
「♪~」
「とりあえずこんなもんでどうじゃ?」
「ありがとう♪お姉ちゃん♪」
どうやら彼女の期待通りのようだ。
「もう少し休憩するかのぅ」
周りの景色を眺めて楽しむテト。バテバテの二人を置いて、テトは一人だけの世界に入る。
(何度見ても飽きんのぅ…。それだけ感慨深いということかの?)
改めて自然とは素晴らしいものだと実感したテトだった。
…少し景色を眺めている内に二人の体力が戻ったので、また散歩を始めた。
「アハハハハ!」
「まだまだぁ!」
「…二人とも自重というものを知らんのかの?」
二人とも凄く楽しそうにしているので、呟くだけに留めている。
(子供をしつけるのは大変じゃのぅ…………)
追いかけっこして遊んでいる二人を追いかけながら、ふとそう思った。
(二人とも、父親を知らんというのに…………。全然、悲観的になっておらんの…。ま、それで良いと言えばよいのじゃがの…)
あの無邪気な二人を見ていると、そんな考えなんて一つもないだろう。テトとしては、少々、二人の姿が眩しかった。
(主…………この二人は今もすくすくと育っておるぞ。そろそろ仕事を切り上げて……二人に顔を出してやってもいいんじゃないのか……の)
テトは、主に貰った白いリストバンドを見て、最後に出会った時を思い出していた。
二本の刀を腰に差した…主の姿。あの後ろ姿はかっこよかったのぅ。今でも鮮明に思い出せるぞ。
その隣に寄り添うように肩を並べていた主の妻。
さらには炎を宿す猫又、ナイフをクルクル回す主の悪友、申し訳なさそうな顔をしている茶髪のポニーテールをした女性、その女性の背中に乗っかるチェリーピンクのロングヘアをしたマイペースな女性、快活に笑う頭のおかしい仲間。
そして、未だに謎の多い常にバンダナをした主の師匠。
「ーーまたな」
そう言って、主はわたと主の妻に背を向けて旅に出ていったんじゃのぅ。今思えば、あの時、主の妻は妊娠しておったのかの?あれは、主としては、気遣ったつもりなんじゃろうが…ちょっと無責任じゃのぅ…………。
奥さんの気持ちが未だに分からんのじゃな。全く我が主様は鈍い………のぅ…。しかし、そこが主らしいというかなんというか…………。
あの境遇なら、ああなるのも仕方ないのかもしれんが…………もう少し何とかならんかったのかじゃろうか…。無理か…。
(ふむ…………愚痴になってしもうた。
しかし、どちらの気持ちも分かるがゆえ…………見てる分には歯がゆくて仕方がなかったのぅ…)
「ーーむ?そう言えばタケ達はどこへ消えたんじゃ?」
気がつけば、前にいたはずのタケ達が居なくなっていた。
「いかん。昔なんぞ思い出しとる場合じゃなかった!タケー!サヤー!」
この辺りの森には、魔物が迷い込むことがあると聞く。
自分がいる間は大丈夫だが…タケ達は今武器も何も持っていない。
急いで走るテト。
(わたが来るまで何も起こらんでくれよ…)
祈るようにテトは、走った。
その頃、タケ達は。
「「探検隊は行くぞ!どんな困難も乗り越え~て、ドンドンすす~む~」」
歌いながら行進していた。
「ふー、まだまだ宝箱が見えないな~。サヤ」
「そうだね~♪これだけ進んだんだから何かご褒美があっても良いのにねー」
突っ込みがいないこの状況ではただボケが連発するだけである。
「しかーし、俺らは進む~、ドンドン進む~、いちっ、にっ、さーん!」
「サヤ達に怖いものはな~い!いちっ、にっ、さーん♪」
そして、笑い合う二人。
子供ゆえの無邪気さとアホさが広がる空気だった。
そして、二人は止まることを知らない。
奥があるから行ってみよう程度にしか考えていなかった。
だから、人が行けないはずのところすらも進軍してしまう。
それが何を起こすのかも分からないまま、二人は進んでいく。
「何だか気味が悪くなってきたな…」
「…うぅ…帰ろう?お兄ちゃん…」
タケ達はいつの間にか薄気味の悪い森の中にいた。
「ここが魔の森…」
「怖いよ…お兄ちゃん…」
「大丈夫だ。ここは、一旦戻ろう。そうすれば大丈夫」
「うん」
暗く、どこか悪い気配のする森。
それは、恐ろしく怖いところだった。
タケ達は来た道をから戻ることにした。
だが、タケ達は戻ることが出来なかった。
「あれ、ここさっきも通ったような…」
魔の森。それは、入ったものを捕らえて逃がさないように幻を見せる怪異の森。ここに入ったものを簡単に逃がしなどするわけがなかった。
「怖いよーお兄ちゃーん!」
涙目の妹を抱き締めて、背中を撫でる。
不安なのは兄であるタケもそうだ。元に戻ることが出来ないのだから当然だ。不安にならないはずがなかった。
(…これが、お父さんが見ている世界なのか…………?)
なまじ聞いたことがあるがゆえに恐怖が、現実味を帯びてくる。
「テトが話していたことがある………。森の奥には魔の森と呼ばれる禁断の森があるって……。もしかすると、いや、もしかしなくてもここは、魔の森だ……」
「魔の森?それって、おとぎ話で出てくるあの?」
「………それは分からない。でも、この森の奥には行かない方がいい。本当なら今すぐにでも出ないと行けないけど………。俺達は出口を知らないし、闇雲に歩き続けたら、危険なところに出るかもしれない。ここは、テトお姉ちゃんが来るまでお兄ちゃんと待とう」
不安そうに潤む目を真正面から眺めながら、安心させるように妹を抱き締める。
「あ…………」
「怖いのは、俺も同じだ………。だけど、一緒なら大丈夫だから」
その言葉に根拠なんてなかった。ただ、妹を落ち着かせるための心からの声であった。
この気持ちが共有できたらきっと、妹は一人じゃないことに気付いてくれる。ここに、俺もいることに少しは安心してくれるはず。そんな打算的な考えがなどはなかった。
本当に自分が不安で、そして妹も不安で怖がっているのが分かったから、それをありのまま伝えただけなのだ。
この考えは、流瀬家の家訓のようなものだった。
包み隠さず伝えてくれたら、助けてやれるから、と。
(俺は妹を守らなければ………)
俺はサヤのお兄ちゃんだから、守ってあげなきゃいけないんだ。
その覚悟は重い。ただ一人の唯一の妹だから。それに、俺の武術は人を活かす武術なのだから。その力は少しはあるだろうと。
実に子供らしい穴だらけな技術認識。しかし、それがきっかけだったのかもしれない。それは、この少年が旅をする少し前のこと。
このことがこの少年を苦しめた…………最初の悲劇の始まりだった。