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騎士

久しぶりです。手首が痛い。

 

「ギルド、マスター!!!」

 ギルド会館に飛び込んできた少女に職員の女性が驚いて周りの者たちは何事かと静まり返った。

「どうしました!?」

 そこは流石冷静な受付嬢であった。

 カウンターから入口で息を整える少女のところまで近寄ってくる。少女は片頬を引くつかせて、泣きそうにな顔をし受付嬢にしがみついた。

「マ、マッドウルフです!」

「!!」

 ギルド内はますます緊張に満ちていった。

 

「最悪だ・・・・・・夕暮れ時に、間に合わないかもしれない」

「そんな、まだ希望が・・・・・・」

「Cランクの俺達でも危険な相手だ。嬢ちゃんの相方さんは、小さい魔法使いなんだろう?ウルフは相性が最悪だ、魔法使いでしかも一人で挑むようなやつではない」

 泣きながら私も付いていくと言って聞かなかったリズに、たまたまギルドに居たCランク冒険者『蒼生』のリーダー、アルマロが苦い顔を浮かべて言った。

 リズは必死に追い付いてくるが、はっきりいって足手まといだった。だが彼女の今の気持ちがこれからきっと必要なものになる。

 リズが臨時のパーティーだというGランクの魔法使いと聞いて、誰もが死を予測していた。それ意外に誰もが(本当はリズでも)ほぼ希望が霞みほどもないことはわかっていたはずだ。

 だがリズは、あの少女が内に秘めている膨大な量のマナを、魔法使いの素質のあるからか、感じとっていた。それにマッドウルフがどんなに危険な魔物であるのかも知っていた。

 リズはぎゅっと杖を握りしめ、だんだんと日が暮れてゆく空を何かに縋るような顔で一瞬だけ見上げた。

 

 Cランクのギルド『蒼生』が辿り着いたそこは、彼らにとって驚く光景であった。

 もうすでに夜の時間帯だ。そこは腹の底を重く揺さぶるような唸り声と、それに対峙するもう一つのヒトの姿に、思わずぴょっと声が出た。

「少女、じゃなかったのか・・・?」

「あれ・・・?なんでおっきいの・・・・・・?」

 リズの出した小さい灯りの火球は、マヒしたのか動けなくなり、牙を剥いて泡を口の端から出して唸っている巨狼マッドウルフと、やや離れた場所に蹲っている、女性だった。

 立ち上るとその女性は、炎の安定しないで揺らぐ灯りに全身が照らされ、頭に生えたカーブを描く角と、背中から生えた蝙蝠のような翼がばさりとはためいていた。

「リズさん、お帰りなさい。驚いた?私、魔族なの」

「・・・・・・!あ、やっぱりアキラさんなのね?ヒューマンではないんですか?」

「28歳って言ったの受付で聞いたでしょう?」

 生存していたことに驚くアルマロだったが、はっとして慌てたように会話に割って入る。

「おいおい、マッドウルフをこんなにうまく捕縛できるなんて、見たことねえよ。どんな魔法なんだよ?」

 アキラは首を傾げる。両手の先は膝下をあっさり越えて、手の指先が長く尖っているのが薄暗いところでも見える。隠す気はないのだろう。魔族にしかありえない容姿に蒼生の彼ら(当然アルマロもパーティーの数人を伴ってきている)とリズはしばし躊躇した。

「魔族はどちらかと言えば、夜のが楽なの。ごらんのとおり、夜に魔族の血が濃く出るから」

 そういって、背中の動いていない羽根でかわからないが、浮いてみせた。

「はあ、なるほど・・・・・・。魔族ならCランク以上の強さもわかる。俺の知ってる騎士さんたちも魔族なんだが、やっぱりやばいくらい強いぜ」

 リズが見上げてくるのを見下ろして首を傾げる。これは癖だ。直らない。

「魔族、これが宮殿やパレードの時にしかお目にかかれない、魔族(単に面倒くさがりが多いだけ)」

「リズ?どうかしたの?」

「ああ、すごい・・・・・・」

 マッドウルフをアキラに了承を取ってからマジックアイテムに収納して、蒼生はアキラのことをさりげなく装いつつリズと共に聞きつつギルドへ戻った。

 蒼生の予想では、明け方以降までウルフを退けるだけでも時間はかかると思っていたのだ。魔族がいるとわかっているからか、帰り道の空気は真っ暗なのだが明るく思えた。

 

「すげえ、まじで魔族だ」

「まあまあ綺麗な顔だけど、美しいって感じじゃないな。騎士様の男のが綺麗だな。女の魔族は獣型しか見たことねえからわかんねえ」

「本物だ・・・・・・ヒト型の女魔族って珍しいな」

 アキラは羽根を畳んで角が扉にぶつからないように屈んでギルド内に入ってきた。畳むのが面倒だし、隠すこともない。そう思って敢えてそのまま帰ってきたのだが、扉はさすがに羽根は入らなかったらしい。

 長い艶やかな黒髪、紅の目、2本生えた角、蝙蝠の羽根。尾はどうやらローブに隠しているらしい(さっきは見えていた)。

 ところで先ほどおっさんの一人が言ったことは本当だ。見られる魔族はほとんどが男性で、しかも獣型の魔族とヒト型の魔族がいて、ヒト型は多くが王宮勤めで、獣型は狭苦しくて暑くておまけに騒がしい町などに住めるかと(ヒト用の家しかないから仕方ない)山や隠れ谷、森の奥などにぷらぷら暮らしているという話だ。そしてヒト型魔族のアキラはいないことはないのだがそれでも珍しい女性。

 アキラもゲーム時代では城内かイベントでしか魔族にあったことはない。興味がなかったわけではないが、いなかったのだ。レベルを上げ、アイテムのために迷宮やダンジョンに打ち込み、イベントとクエストで良い武器を揃い集め、ネット上の仲間とボスに挑む。その繰り返しに胸を躍らせる場所がワールドヘブンだったのだ。

 アキラはぶしつけにじろじろと見てくる冒険者たちの視線を全く気にせず、リズを連れて蒼生と受付まで来た。受付嬢は魔族の登場に少々意識が彷徨っていたが、咳払いをして誤魔化し、冷静さを取り戻した。

「蒼生の皆さん、ソロのリズさん。ええと、ソロの、アキラさん・・・臨時パーティーでしたね。アキラさんはハーフでしたか。これは珍しい・・・じゃなくて、マッドウルフを生け捕りにして、蒼生に譲渡・・・?え、本当にいいのですか?」

「ああ、まだいりません。私まだGランクですから。用事もあるし、ここに定住する予定もありませんから、Fランクになったらすぐにこことはサヨナラの予定ですし」

 マッドウルフの素材をいらないというアキラに受付嬢はびっくりした。普通の感覚じゃないと。マッドウルフを易々と相手するなどDランクどころかCランクですら怪しい。良い意味で。

 強い冒険者は、ギルド会館の名前に重要な肩書きでもある。町の信頼、知名度、次々とやってくる新人冒険者の育成。ここのような町はずれ会館は、中心街のようなしっかりした治安部隊がいない。アキラやギルド『蒼生』はここの会館の名前になる。

 それにしてもこの都市は結構大きな都市である。定住するつもりならわかるが、どこへ行くのかみんながアキラに注目していた。アキラは大きな掌を机に広げられた地図に向けると、遠く東の廃れた大都市メイヤに行くのだというので、騒然となった。

「アキラさんよう、あそこはヒトなんか住めるようなとこじゃねえぞ!?不気味なゴーストもレベル違いのバケモンばっかりであぶねえ!しかも、ここからどれだけ距離があると思ってんだ」

「・・・・・・仲間が、もとのギルド仲間がいる可能性があるので。空を飛んでいくにも事情が・・・・・・」

「空って!魔物ばっかりの道中、お前さんがいくら飛べても、長すぎるぞ!?」

「ああ、私は長距離飛べても絶対に東まで行けず死ぬと思いますよ?違うんです。手段は他にあるんです。ただね・・・・・・」

「?」

 魔族の女性はその大きな手を顎に当てて虚空を見つめる。なにか考えているようだ。受付嬢はもじもじしているし、ギルドでアキラたちのことを聞いて自分たちも駆り出すかもしれないとここに集まっていた連中は、ずっとテーブルに座ったままアキラを向いていた。

 静かに時が過ぎていき、リズは子どもだし、いい加減ギルド会館も閉めなければならない時間になった。ずっと遠い、何日かかるかわからない距離の先にあるメイヤまで行くと言うことだけでも、ここでは衝撃なのに。

 アキラは相変わらずなふわふわした様子のまま、宿へとよろよろ消えて行った。リズたちは見送ってからはっとして自分たちも急いで帰宅した。遅い時間まで明るいギルド会館は、夜が深くなってきた頃、漸く灯りを消した。

 

「おはようございます」

 朝を過ぎて日が高くなった次の日の昼。ギルド会館はそこそこ賑わい、いつものようにクエストの受注と臨時パーティーの申し込みの勧誘に賑やかだ。

 小さくもない少女の声だったが、このむさくるしい(みんな男なのが特に)建物内では音に負けてしまう。少女はそのまま受付を通り越して、クエスト掲示板の一番下、GランクからEランクの欄を見つめた。そんな少女に明るい声をかけて同時に抱擁。当然少女は驚いて仰け反ったが、力負けはしていなかった。

「リズさん?」

「おはようございます!アキラさん!」

 なにが面白いのかリズは笑顔だった。

 アキラは黙って彼女が落ち着くのを待つと、ため息を吐いた。

「今日も一緒に行きますか?クエスト」

「!!?・・・・・・すごい、どうしてわかったんです?今日もよければ一緒に行きたいって思っていて!あ、もしかしてこれも魔法ですか?」

 そんな魔法があればとっくに会得に踏み切っていると思いつつ、「なんとなくわかります。顔で」と言い返した。

 受付嬢と周りにいたおっさんたちが生暖かい視線でアキラたちを眺めていることに気づき、アキラは胃が急に痛くなった気がした。早くしなければと心の奥で急きながらクエストを選ぶ。

 

「・・・・・・ギルド『六色』を、作った子どもとな?ふうん・・・・・・」

「100年前に引退したあの方々の子孫とかでしょうか?しかし、ヒューマンだし信用性があまりありませんね」

 明るい日差しの届いたガラス張りの小部屋。そこに王宮勤めの騎士長らがほのぼのと団欒をしていた。傍らには大きな獣がいた。白いアンティークみたいなテーブルの上に美味しいココアとミルクコーヒー。クッキーは有名店の甘いもの。チョコ味だ。

 美しい黒髪の長身二人は城下の噂に敏感であった。なぜなら、美味しい特に甘い食べ物が好きだから。この都市内に食べ物のために人脈を作り、騎士内でも選りすぐりを集めた甘党同盟を築く、我らが王宮騎士所属の魔族である。

 もりもりとクッキーに舌鼓をうちながら、時にこの都市に重要な情報を貰うこともあり、城下の主婦たちや子供でもなかなかすごい人脈なのである。

 無造作なヘアスタイルに、こめかみ部分だけ首まで伸ばし三つ編みにした方が長い足を組む。

「六色は私たちがガキの頃にあったパーティーだろ。エルフがいたような気がするが、あいつら死ぬときにしかしわしわにならんからな。何歳だったんだろう?」

 腰の下までの長髪で何か所か細く三つ編みにし、それを一つにまとめたおしゃれな雰囲気の方がテーブルの上に肩肘を置き、その甲に顎を乗せる。

「ヒューマンの子どもがそんな内容深く知ってるとでも?あやつらは早く死ぬし、すぐ忘れるし、怒鳴るし、鳴くし、記憶をすぐ塗り替えちゃいますから。だいたいちょっと文字が読める程度のヒューマンの子どもがギルド会館で本でも読んでしょう。六色は有名ですから目に入ったに違いない」

 ココアを飲みながらこめかみだけ三つ編みの方がうーーんと唸り、何もない天井を見上げる。

「気になりますか?」

「なる。よし、今から行ってくる」

「私はどうします?」

「いい。暇だし。夕方には帰る」

「いってらっしゃい。クッキーよろしく」

「げ」

 こめかみ(略)は騎士の重厚な鎧のままひょうひょうとして部屋を出て行った。

 

 


最近寒くなってきましたね。

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