第七話 「間章=外交的異変 9月8日―Day+7」
つなぎのような話です。あまり進んでいません(泣)
※ 作中に暴力的かつ作中登場人物の認識につき現実では不適切な描写が出てきます。そういったものが苦手な方には中盤から後半を読まれるのはお勧めしません。
こうした描写をするのが苦手ですので、さらりと書いておりますがあまり気持ちのいいものではありませんね。
※ 本作はフィクションです。実在の人物・団体・国家などとは一切関係ありません。また、本作はいかなる差別的事案についてもこれを許容するものではありません。
――「はい。ではご質問を…そちらの方。
AR通信のイブラヒムさん。
これが両国間の同盟に相当するのか、ですね。
はい、現状では本条約は「相互安全保障条約」であり、あくまでも両国の極東アジア・太平洋方面での相互利益の追求と協調を両立させるための条約であります。
その点ではYesでありNoであります。
次は…旭新聞の阪東さん。
はい。目下継続中の「戦争」に参戦するのかですね。
先にも述べました通り、この条約は軍事同盟ではありません。あちらが適切に判断されることでしょう。
お手元にあります条文の通りあくまでも平和の維持こそが両国に求められる役割であると確認しています。
え?信用できるのか?
条約を結んだ時点でわが国は先方を信頼します。相互の信頼に基づく国際関係こそ、疑心暗鬼に基づくそれより永続の可能性が高いということは歴史が証明しています。
はいはい。その通りです。
では次…日日の山元さん。
Nシェアリングは核保有に相当するのか、NPTとの兼ね合いはとのご質問ですね。
わが国がこのたびNシェアリングによりまして共同管理することになりました戦略弾道ミサイル原潜『長門』と『陸奥』、旧称『アラバマ』と『アラスカ』はあくまでもアメリカ合衆国海軍の所属であります。
従いまして運用も、所有も、いずれの面においても米国政府のそれによるものとなることは疑いの余地はありません。
しかし、我が国に対する核攻撃に対しましては『米国政府との同意に基づき』、『我が国に対する戦略的攻撃能力の剥奪に必要な最低限度の武力行使を行う』ことになります。
それに用いられる弾頭数その他につきましては、日米安全保障条約ならびに本次条約に基づく国防機密に相当しますので回答を控えさせていただきます。
NPTに関してではありますが、製造されましたN弾頭に使用される原料物質は米国から平和利用目的で購入された物質であります。
しかしながらかかる時局に鑑みまして、原料物質を対外有償援助の一環として差額を購入、N弾頭を米国政府と我が国政府の共同所有物品としておりますので問題ないと考えております。
はい。我が国の独自弾頭保有が条約に違反する可能性ですね?
保有については、管理を米国海軍ならびに米国政府へ委託しておりますので問題ないと考えております。
この観点から申せば、仮に我が国国内におきまして米国政府からの委託に基づき弾頭製造が実施されましても、それは米国と我が国の共同管理下において実施されているものでありまして、我が国は濃縮許可を取得していること、そして米国につきましては言わずもがなであることを考えますれば問題ないものと考えております。
また、「仮に」いいですか、仮にいかな条約といえども我が国の安全に対する急迫不正の侵害に対しましては国家の生存権を優先することは国際法上の常識であります。
我が国独自の弾頭保有につきましては、日米安全保障条約におきます国防機密に相当しますので肯定も否定もいたしません。
はい。肯定も否定もいたしません。
では次、ロイターのユーグさん。
はい。ご質問はこの条約が今次戦役にもたらす影響についてどう考えているかですね。
我が国といたしましては、いかなる場合におきましても我が国の主権と国民の生命財産を粛々と守るという決意に変わりはありません。
ですので政府としましては…
個人的な意見ですか?
それについては回答を控えさせていただきます。
ですが、準備が整いつつあることは確かですね。
はい。
以上です。
以上で終わりです!
以上で日露平和条約ならびに日露相互安全保障条約の締結に伴います記者会見を終了いたします!!」
――西暦201X年9月8日 日本列島 九州 鹿児島市(中国軍占領下)
「どういうことだ! これは!? なぜこんなことになったのだ!!」
中国陸軍「対日」遠征軍司令 鄭又新大将が怒りの声を上げた。
占領下にある鹿児島市の中央部、鹿児島国際ホテル最上階のスイートルームからは、煙を上げている市内の様子が見て取れた。
普段ならば遠く桜島の絶景を楽しむことができるこの部屋は、現在の鹿児島においてはもっとも治安が安定した場所である。
それ以外の場所は、旺盛な――旺盛すぎる征服欲のはけ口として、帝国主義者への「懲罰」や義挙に立った軍への「慰労」に使われており、お世辞にも治安はよろしくない。
有り体にいえば、中華の恨みを晴らすための略奪暴行が行われていたのである。
兵士どもに与えるには高価すぎる美術品については司令部直轄部隊が「確保」したのであるが、それ以外については「各個人の自由」とされた。
そのため、上陸を果たした10万もの兵士たちは「自由」を満喫したのであった。
日本人という鬼畜どもはそれをされて当然の立場にある。
それに、新たに中華のものになった土地では、あらゆるものが中華のものであるのだから何をしてもいいのだ。
お偉方がいずれ根こそぎ持っていくのならその前におこぼれにあずからねばならない。
本土でも日本鬼子を懲らしめているのだから奴らよりも苦労して、命がけの戦場に立った自分たちはさらに報われるべきなのである。
・・・こうした思考のもと、彼らは学校で教えられていた「日本鬼子の蛮行」をやり返すことにした。
腐っても先進国を名乗る豊かな国だ。恵まれない、しかし次代の覇権国家たる大中華はそうした「不正に入手された中華の富」を回収しなければならないのだ。
誰かが咎める?
かつてやられたことをやり返しただけだ。
野蛮?
日帝に言え。
たとえそうだとしても反省して心から謝罪しない奴らが悪い。
そう自己肯定を行った兵士たちの所業は、占領後に市街地から盛大に立ち上った黒煙や、道端で「制裁」された憎き日本鬼子どもの残骸、そして中華の偉大な血で日帝の悪しき遺伝子を清められた女性たちといった一目で分かる状況に集約されていたといえるだろう。
止める者はごく少数だった。
いや、率先してそれに加わったものの方が多いといった方がいいだろう。
何しろ、それが「正義」なのだ。
たとえ正義でなかったとしても、負ける方が悪い。
が、そんな状況に酔っていられた遠征軍は、先ほど冷や水を浴びせられていた。
思い通りになっていた現状が、思い通りにならなくなった。
この落差は兵士や士官、そして将軍たちを激昂させるのに十分だったのである。
寝起きらしい不健康的な表情をどす黒く染める鄭大将はそんな一人だった。
ここ数日の激務の後で「堪能」する栄誉を与えてやった女どもは下がらせてある。
見れば、急きょ集めた参謀どもは誰も似たような一部が整っていない格好であり、表情の裏には酒池肉林を邪魔された不満がありありと見て取れた。
それが逆に鄭の感情を逆なでした。
「日本鬼子は核で脅せばすぐに折れるといったのは貴様だったな!」
鄭は参謀の一人を睨みつけた。
「は、はい。」
皆も同じことをいっていたではないかといった風に参謀は周囲を見回すが、誰もが目をそらす。
鄭の怒りを買いたくないためだ。
「それがどうだ!われらの膺懲の一撃を受けても奴らは反省などせず、あろうことか大中華に牙をむいてきたぞ!」
「これは情報部の怠慢です!」
「そんなことは分かっている!」
自分の責任でないと叫ぶ参謀を鄭は一喝した。
「ここまではうまくいったのだ。何だ?何が間違っていた?」
鄭は、アルコールを急速に脳から追い出しつつ考えた。
「日本人め。あの情けなさや無定見さは擬態だったのか? 悪辣な。日本鬼子め。東洋鬼め。全アジアの恥め。」
今回の「義挙」に決定的な役割を果たし、軍区やひいては北京での栄達を遂げるという鄭の「ささやかな」望みの先行きは不透明になりつつあった。
が、彼は本当の意味では焦っていなかった。なぜなら――
――9月8日朝、モスクワと東京から世界が驚愕する発表がなされた。
「日露平和条約」・「日露相互安全保障条約」の締結と米国と日本間の「核共有協定(N-シェアリング)」の成立である。
長年の懸案であった日露間の領土紛争が双方一歩引く形で解決され、その代償としていくらかの資源開発協力を飲んだ日本は北方の国境地帯に張り付けていた戦力のフリーハンドを得た。
さらに世界を驚愕させたのは、日本の事実上の核武装に相当する「核共有協定」の内容だった。
弾頭数は公表されていないものの、日本側が予算を提供し、さらには原料物質や装置の「一部」を製造する形でベーリング海や北極海に米軍籍でありながら日米共同管理の戦略ミサイル原潜を配備する。
海中を行動する原潜を発射台とした弾道ミサイルは極めて排除が難しい核戦力のひとつである。
すでに配備されているオハイオ級戦略ミサイル原潜の名義ラベルを張り替える形でなされたこの発表は、事実上日本に相互確証破壊能力を与えたに等しいものであった。
中国側にとっては悪夢に等しい。
戦力においては圧倒的に勝るかと思われた対日武力攻撃は米軍参戦に伴い互角以上に持ち込まれつつあり、さらに北方から戦力が転用されつつある。
いくら本土の一部を占領しているとはいっても、海上においてはほぼ無傷の日本海軍と米艦隊が存在し、空においても圧倒的優勢とはいっていない。
しかも、切り札となるべき核兵器を使用すれば自動的に自国の本土に核弾頭が降り注ぐことになるのである。
情勢は今後どんどん悪化していくかもしれなかった。
すでに中国・インド国境地帯においては戦力の増強がなされつつあり、抜け目ないロシアも極東管区に戦力を集めつつある。
そして、中国に恨み骨髄に達しているベトナムやフィリピンも。
「このあたりが潮時かもしれない。」
一部の高官たちはそう囁きはじめた。
だが――
【用語解説】
「戦略弾道ミサイル原潜」――原子力潜水艦の中に複数の弾道ミサイル発射管(縦型)を設けた型。戦略型原潜と略称する。
海中を移動するミサイル発射台的な役割である。
その役割は、陸上の大陸間弾道ミサイルが敵の核攻撃によって破壊された際にも確実に生き残り、敵国に対して報復核攻撃を実施することにある。
そのために弾道ミサイル原潜は常に海上に一定数があり、いつ攻撃を受けても対処が可能な「核パトロール」を実施している。
(ミサイルの射程は5000キロ以上に達するため必ずしも目標に接近する必要はなく、安全な自国勢力圏の海底に潜んでいる。)
潜水艦に対する攻撃力は比較的低いため、周囲に護衛の潜水艦がつくことが多い。
なお、こうした原潜や敵の艦艇を排除する目的で魚雷などを主力兵装としているものは「攻撃型原潜」と称する。
「『長門』『陸奥』」――オハイオ級弾道ミサイル原潜。旧称を「アラバマ」と「アラスカ」。オハイオ級原潜は戦略原潜として70年代末から就役を開始し、冷戦末期の米軍核報復能力の主力を担った。
作中の「アラバマ」と「アラスカ」はオハイオ級原潜の6番艦と7番艦。母港は米西海岸のワシントン州バンゴール。
1985年および1986年就役と作中においては最古参に位置する弾道ミサイル原潜の一角である。
搭載している核ミサイルは1隻あたりトライデントⅡ型SLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)24発である。
本来は1発あたり10発の核弾頭を搭載できるが、核軍縮の一環として現在は1発あたり1基とされている。
作中においては、日米共同管理となり「長門」「陸奥」と改名。
代艦建造費用として日本側から一定予算が拠出される。
2隻いるのは1隻が常に海上で任務にあたるためである。
将来的には日本製の原潜を日米共同所有することも視野に入れて話が進んでいる。
「日露平和条約」――201X年に締結された日露間の平和条約。
締結に伴い、まずは北方領土のうち歯舞・色丹・国後の三島が返還。
択捉島については日本側の潜在的主権を確認したうえで暫定的自治という措置がとられた。
この条約の締結に伴い、日本側は北海道に展開している北部方面隊から4個師団を中核とする大兵力を引き抜くことができた。
「日露相互安全保障条約」――相互不可侵と安全保障面での共同歩調がうたわれている。
その一環としてロシア側軍艦の北海道などの港湾での補給活動などが
許可された。
日本側もロシア側基地の使用が可能となるなどメリットはある。
なお、返還された択捉島の基地群についての使用権についてはロシア側も保持。
この協定によって日本側は北日本海とベーリング海を用いた作戦が可能となり、ロシア側は日本というユーラシア大陸の「蓋」を逆に「出城」とすることができるようになった。
「鹿児島」――中国軍占領下。
住民は避難していたものの強制避難は実施できなかったため、少なくない住民が現地に残っていた。
占領初日に大火災が発生。散発的に火災が続いている。
占領地における治安状況はどこも同様であり、中国側の対日感情がいかなるものかを如実に物語っている。
「装置の一部」――核弾頭の原料物質は基本的に米国から輸入されたウランを核変換したプルトニウムが使用される。その加工と濃縮を日本側が受け持っているという暗示でもある。
「相互確証破壊」――一方が先制核攻撃を実施したとしても、必ずその報復として核攻撃を行われるという状況のこと。
冷戦時にはいったん核戦争となれば「最低限でも」相互に国家の屋台骨が揺らぐほどの破壊がもたらされるという状態が成立していた。
略称は「MAD」とされる。まさに「狂った理論」である。
「核共有協定(N-シェアリング)」――共同で核兵器を管理する協定のこと。冷戦時には西ドイツと米国の間で協定が結ばれ、戦術核兵器を西独軍は「間接的に」保有していた。
この場合、所有権はあくまでも米軍にある。
今作の場合、弾頭所有権までも共有しているため日本側の事実上の核武装に相当していた。
「このあたりが潮時」――現状で南西諸島の大部分と南九州を占領しているためいくらかの譲歩を強いることができるという見込みから。
対日攻撃に投入されている兵力は陸軍に関しては一部であるが(約20万名)、空海軍はその7割近くとなっている。
そのため、もしこれが日米両軍による攻撃で壊滅する事態となれば長大な国境線の防衛が困難となってしまうという切実な事情があった。
この事態を抑止するために核カードをちらつかせていたのであるが、日米の核共有協定によって抑止のタガは外れてしまった。