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第二話 「中南海=祝宴 9月1日―Day+0.1」

短編を連載化したものです。あとがきに用語解説などを追加しました。


※ 本作はフィクションです。実在の人物・団体・国家などとは一切関係ありません。また、本作の目的は娯楽のみです。

――西暦201X年9月1日 北京 中南海



「なぜこんなことになってしまったのだ・・・」


劉孟漢上校(大佐)は、周囲で繰り広げられるどんちゃん騒ぎの中でぽつりとこぼした。

はっとなって周囲をさりげなく見渡すが、まったく気付いた様子は見受けられなかった。

背広に赤いネクタイ――中華的と通称されるここ数年流行のスタイルの党幹部たちは「ロシア式」に乾杯をしているし、若手の武官にもみくちゃにされている瀋陽軍区と南京軍区の連中は完全に勝利に酔いしれていた。


バカどもが・・・!


と劉上校は絶叫したい気分になるのをこらえた。

つい先ごろ「中国軍」と正式名称を変更したかつての人民解放軍のおもに情報畑を歩いてきた彼は、今起こっている出来事が近い将来何につながるのかをよく理解していた。

ゆえに、彼は絶望していたのだ。


この中南海の地下、国家最高司令部とだけ呼ばれる巨大な核シェルターにやってきたのも、彼なりの義務感の発露と若干の破滅願望に由来するに過ぎない。


劉上校は、巨大な液晶モニターを見上げた。

中国大陸からは点線で矢印が引かれ、北琉球諸島(奄美諸島)に達し、そこからは太い直線があの奇妙な形の――竜のような島国の南端へ延びていた。

そして、矢印は種子島沖で3つに枝分かれし、陸上へと到達していた。

吹き出しのようにそれぞれには現地からの中継映像が映し出され、鹿児島や鹿屋といった都市名と黒煙、火災が鮮明に流れてきている。


祖国は、100年来の宿敵、日本帝国主義に対し膺懲ようちょうの一撃を加えたのだ。

すでに国営放送はこの記念すべき一事を速報で伝え、人民は通りに繰り出し万歳を叫び続けているという。


「劉くん。」


現在までの状況を反芻していた劉は、彼のもとに近寄ってきた年嵩の将軍に、声をかけられてようやく気付いた。


「豊閣下。」


敬礼しようとする(中国軍では日本のように帽子を脱いでいる場合の敬礼は一礼するようなことはしない。)劉を、国家情報戦略室長 豊赤心中将はそのままでと手で制した。

その様子は、一昔もふた昔も前の香港映画に出てくる「大人」のようで劉上校は少しだけ眉間のしわを緩めることができた。



「いよいよか。」


豊中将の興奮の混じった声に、劉はこの人もかと少しだけ失望を滲ませつつ「はい。」と頷くにとどめた。


「まさか自分が生きているうちに対日戦争を、それも日本本土侵攻を見ることになるとは思ってもみませんでした。」


「だろうな。私もだ。おそらくここにいる党中央のお歴々も同じ思いなのだろうよ。」


だから、こうして浮かれ騒いでいるのだ。と豊は言外ににじませた。


「これで、敵も降伏してくれると助かるのだがな。」


豊は、彼が参謀本部次長をつとめていた頃のような鋭い視線を一瞬だけモニターの向こうに向け、やがて嘆息する。

そんな様子に劉は目を見開いた。


「気を付けてください。」


「構うものか。私は『対日攻撃ごときで中華人民が少なからぬ負担をもって作り上げた武力が消耗するのを恐れている』のだ。誰はばかることがある?」


それに、こんなところに盗聴器を仕掛けるような連中はいないさ。いても使えない。

わが国にはエドガー・フーバーは存在しないのだ。何せ民主主義国家だからな。と豊中将はくつくつ笑った。


彼は酔っているのかと少し鼻をきかせた劉だったが、いつものとおり彼の好物であるジャスミン茶の涼やかな香りが感じられただけだった。

豊は風呂好きで、炭酸をきかせた湯につかるのが数少ない贅沢だということを劉上校は思い出した。


「・・・くるか?」


「来ます。まちがいなく。」


5秒ほどの沈黙ののち、発せられた問に劉は即答した。


「日本人は、卑怯卑劣を何よりも嫌います。わが政府と人民は古来の正当性なるものと、正義の一字をもってことを決することができると思っています。

まして、かの国は核を持っていないし空母も持っていないと。そして――」


「ことが終われば日本人はかつてのように『従順という名の友好的な国になる』と?

なぜそうならないと思う?」


「皇室です。」


豊中将は意外なことを聞いたとばかりに少し肩を揺らし、劉の方をまじまじと見た。


「あまり知られていませんが・・・というより知ろうとするものがいないのですが、かの第2次大戦末期、日本人は本土決戦を覚悟していました。しかしそれは雲の上からの鶴の一声で停止されました。」


「知っている。」


続けろと顎で促された劉は、声のトーンを若干落とした。


「わが祖国においては、日本政府が怖気づいたあとに皇室に何らかの声明を出させれば日本人は屈服するとの意見が大勢です。

しかし、よく考えてみてください。数年前の東北の大地震のとき、かの皇室は何をしました?

膝を折り、被災者と語らい、そして電力不足の中で自ら率先して灯りを消した。

そんな君主に対し日本人はどう思っているのか?

まして、今回の大地震に対してはトップ自らが再びテレビカメラの前に立っています。」


「知っている。被害を悲しみ、悼むと。」


「そんな皇室を無視し、土足で踏み込んできた連中に対して日本人はどう思うか?

かつてのソヴィエトが日本人によってどう扱われたかを見れば、そして今回は彼らの側から戦火を止める理由があるのかを考えれば答えは明らかです。

――怒り狂っていますよ。まちがいなく。」


「だが、核への恐怖は彼ら自身が一番よく知っているはずだろう?」


豊は面白がるように口の端を釣り上げて、そういった。

劉上校の答えがよく分かっているからだった。


「『知っているからこそ』とお答えします。窮鼠猫を噛む。核による恫喝への怒りがすべてに勝るでしょう。・・・我々は、『日本人の敵』になったのです。」


重い、しかしあきらめにも似た沈黙が満ちた。




――中国にとって、201X年の開戦は想定の外にあった。

いや、もっというのならば、日本列島で発生した大地震が台湾海峡をにらんだ東シナ海での大演習に重なったことが、というべきだろうか。

前年の南シナ海南沙諸島における武力衝突と、その結果としてのヴェトナム統治下島嶼「奪還」を受けての南部、広州軍区と南海艦隊の発言力増大は、時の政権とそれを支える人々にとり脅威となりつつあった。

いや、それだけではなく広州という外様以外の有力軍区や海軍艦隊などにとってもである。

何しろ、台湾海峡をにらむ南京軍区といった花形や、対日・対米攻撃の中核として第二砲兵(弾道ミサイル)隊を持つ東北部の瀋陽軍区は新兵器を揃えつつあり、そんなところに外様が口を挟んでは困るからだ。

そんな中にあって発生した日本の大地震を受け、演習中の東海艦隊はついに誘惑に負け、尖閣諸島の実力占領を企図したのである。

彼らは、数年前にそれをやろうとして、時の政権と米軍の軍事圧力により潰されたという苦い思い出があった。


作戦は想定されていた通りに進み、日本人に対し取引を強いるための対価として(そしてあわゆくば領有したい)先島諸島の軍事的空白地帯を占拠するまではほぼ完ぺきだった。

日本海軍の艦艇3隻を飽和攻撃で撃沈できたことも好材料だった。


だが、ここで終わりはしなかった。

党中央の若手や政権の中堅層において強硬論が台頭、さらには手柄を立てられなかった一部軍人たちがメディアに情報を提供する形でくすぶっていた「対日膺懲論」がすさまじい勢いで盛り上がってしまったのだ。

つまり、これを機会に「琉球諸島を中華の海の防壁に」というわけである。

幸い、琉球諸島の軍事力は日本本土へ向かっているし、日本軍の力である機動力は本土の被災地に向けられていた。

今がチャンスなのだ。

米軍介入を恐れ承認を渋った政府に対し、演習のもう一方の主力として海上にあった北海艦隊と、その指揮下にあった瀋陽軍区所在の「対艦弾道ミサイル」は東海艦隊に続けとばかりに介入。

目標を日本本土の原発として攻撃を実施した。

以前の震災において発生した原発事故を受けて米軍原子力空母が退避したことを戦訓に、核を使わずに米軍を無力化するという目的である。

それに、核ボタンは中南海が握ってたからどっちみち彼らだけでは使えなかったのだ。


ここにいたりついに政府も本格介入を決定。用意されていた作戦に基づき、戦力の空白がある北琉球諸島(奄美諸島)を、台湾海峡近くに展開していた演習部隊をもって強襲。

同時に、沖縄本島の自治体と連絡をとりいくつかと好感触を得て無防備都市宣言を発せさせることができたのであった。

米中全面核戦争による被害を恐れる米国を一定期間けん制すれば、あとは第一列島線は中華のものになる。


あとは日本政府が折れるのを待っていた――だが、日本政府はあろうことか(彼らにとり)「寛大な」和平の提案を拒否。

困惑した中国軍であったが、それは人民の激昂により否応なしに戦意へと変わった。



かくて――中国陸海空軍は日本本土へ侵攻した。

米軍介入までの短期間のうちに日本本土に橋頭保を確立し、そこを基地にして敵首都へ直接攻撃する。

日本人への心理的衝撃を見込んだ作戦である。

泥縄的に立てられた…そしてそれ以降の作戦が決まっていない中での攻撃は、成功しつつある。

――それがいかなる結末を迎えるのか、この時点で知るものは、誰もいない。



【用語解説】


「中南海」――中国の首都、北京市、紫禁城の西側の通称。

中国共産党の本部や中国政府の重要施設、官邸などが密集している。

日本でいう「永田町」や「霞が関」のようなもの。


「中華的」――作中においては、真紅のネクタイと星のついたネクタイピンをつけたスタイルのこと。いずれも中国の国旗にちなむ。転じて、愛国的なことを意味している。


「中国軍」――人民解放軍から名称が変更された。もともと、2008年から英語での呼称は変更されていたのだが、それが正式名にも及んだ形である。

ただし、実態はほどんど変わっていないのは日本国防軍と同様である。


「膺懲」――ようちょう、こらしめること。

作中において中国政府は、日本帝国主義への膺懲をスローガンとしている。

奇しくもそれは、日中戦争時における日本側報道「暴支膺懲」と酷似していた。


「南京軍区」――中国軍の地方区分のひとつ。歴史的に非常に独立性が高く、軍といいつつも独自に公社を運営していたりと海外からは「軍閥」と呼ばれる向きも多い。中部の要衝である南京を管轄し、さらに台湾海峡を挟んだ福建省もその管轄とするなど非常に重要な軍区である。

なお、名目上は陸軍と空軍を管轄するものの、海軍も補給の関係上は軍区の影響が非常に強い。

とりわけ上海の発展や政府における上海閥の浸透は同軍区の発言力を非常に増大させた。

作中においては影響下の東海艦隊と、台湾海峡上で演習中の南京軍区部隊が暴発した。


「瀋陽軍区」――かつての満州、中国東北部を管轄する。

中朝国境地帯や中露国境地帯を管轄することから南京軍区とならんで最重要と目される。

また、吉林省の通化基地には対日・対米攻撃を任務とする第二砲兵(弾道ミサイル)部隊が展開。

それらの統制は政府に握られているものの、作中においては米軍の原子力空母を標的とした「対艦弾道ミサイル」部隊は戦術兵器に分類されるために同軍区と海上艦隊との同意によって発射が可能となっていた。

核攻撃ではないものの、これを用いた原子力発電所攻撃は効果的な恫喝となり、「核を用いない米軍への効果的な一撃」となった。

また、奄美諸島を強襲した空挺軍もここの所属である。

南京軍区と同様、山東省青島に司令部を持つ北海艦隊に強い影響力を持つ。


「広州軍区」――軍区のひとつ。海南島を含む中国南部を管轄。作中においては前年に勃発したヴェトナムとの地域紛争に勝利し、南沙諸島のヴェトナム領を「奪還」するなど注目を集めつつあり、海南島の兵力増強など話題に事欠かない。

そのため発言力を増大させつつあり、上記の瀋陽・南京両軍区の焦りを生んだ。



「劉孟漢」――中国軍国家情報院所属の上校(大佐)。もとは情報畑として旧西側の大使館駐在武官を歴任。そのため海外情勢には詳しい。21世紀初頭からは日本大使館駐在武官をつとめていた。

学生時代からの恩師である豊赤心中将を尊敬している。


「豊赤心」――国家情報戦略室長。かつては人民解放軍参謀本部次長というエリートであったが、政権交代に伴い穏健派という理由でパージされた。

それでも閑職とはいえ情報畑の要職にあるあたりは彼もただの穏健派ではない。


「日本本土侵攻作戦」――もともと、作中における開戦は泥縄的に進められたものを従来存在していた作戦に基づき統合したものであった。

つまりは現地部隊の独断専行への追認である。

しかし、作戦終了後に屈服するはずの日本政府は琉球割譲を拒否。

世論は激昂し、おさまりがつかなくなってしまった。

そのため中国軍は検討されるだけであった試案のいくつかからあわてて次の作戦を立てることになってしまった。

本来は、東京への核攻撃などがオプションとされていたものの、これは第3次大戦の勃発を想定したもので米軍による報復攻撃を覚悟しなければならない。

中国側にしても核を使わずに日本本土を完全占領し維持するのはさすがに無謀と判断しており、米軍の参戦というタイムリミットが設けられている中で最大の効果を発揮する作戦が模索された。

そのひとつが、九州島南部を占領し、そこを基地として日本本土の各地に空海軍による攻撃をかけるというプランであった。

前述の全面戦争を想定したプランのうち、日本本土攻略作戦の第一段階として構想されていたこのプランは、奇しくもかつて連合軍が構想していた日本本土侵攻作戦「オリンピック作戦」に酷似していた。


ただし違っていたのは、日本側の空海軍戦力の殲滅を前提としたオリンピック作戦に対し、中国軍の作戦は九州南部に基地を設営することで逆に日本側の空海軍戦力を誘引する目的を持っていたことである。

対して、日本側は現有戦力での水際防御は不可能と判断(これは冷戦時からの共通認識)し、日本本土を舞台にした遊撃戦と退路遮断を企図していた。


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