第一話 「志布志湾=迫撃 9月1日―Day+0」
短編連作となる予定です。
主人公はいません。
※ 本作はフィクションです。実在の人物・団体・国家などとは一切関係ありません。また、本作は娯楽を唯一の目的としています。
――西暦201X年9月1日 日本列島 九州 志布志湾
着弾音は相変わらず続いていた。
時折巡航ミサイルの着弾を示すような爆発の連続が巻き起こり、その合間にロケット弾や130ミリ速射砲の弾着音が続く。
かつての沖縄――現在は「琉球人民政府と名乗る武装勢力」に制圧された敵地――で展開された鉄の暴風ほどではないものの、正確さは七十余年のうちにずいぶん進歩していた。
それは、エレクトロニクス技術において依然として旧西側諸国の後塵を拝するといわれる「彼ら」にとっても変わらない。
「奴らめ、ここで弾薬を打ち尽くすつもりか?」
「軍拡で余剰になった旧式兵器一掃のつもりなんでしょうよ!」
日本国防陸軍 第14旅団(四国旅団)第14戦車中隊に所属する中村和義一等陸尉は、咽頭マイク越しにもわかるような舌打ちをした。
彼が乗る10式戦車は、ここ数年のうちに大量生産された代物で、当然ながら通信機器も最新式である。
そのため、雑音などを取り除いてクリアに彼の「チッ!」というよりは「チュッ!」といったほうが正確な舌打ちを乗員に届けていた。
それが苛立ちによるものであることは明確なのだが、その理由の大半が、先ほど着弾した航空爆弾によって戦車自体が揺さぶられ、舌を嚙んでしまったからであることに乗員たちは気付いている様子だった。
うだるような暑さは、この太陽の日差しの届かない地下陣地にまで苛立ちとともに侵入してきており、今がもう9月の頭であることなど関係ないとばかりに男たちの鼻の頭に汗を浮き出させている。
「上陸第一陣まで、あと何分だ?」
中村は、話題を変えた。
自分が少し冷静になる必要があるからだった。
「もう連中は出発している頃でしょう。速力40(ノット)とすると、あと3分といったところでしょうか。」
操縦手が忌々しそうに言った。
彼は、故郷が「奴ら」に占拠されてから微妙な立場にある。
今や祖国が大東諸島が残るだけになってしまった沖縄の生まれなのだ。
「そうか。」
中村は少し息を吐く。
空調装置があるとはいえ、赤外線探知を避けるべくこの洞窟陣地(恐るべきことに築70年以上である)の中ではそれは切られている。
そして、は湿度100パーセントである。
自分が吐く息もまとわりつくようで気持ち悪い。
「5M連(第5地対艦ミサイル連隊)は支援攻撃ができるでしょうか?」
操縦手が心配そうにいった。
「どうだろうな。阿蘇のあたりは激しい空戦の真っ最中だ。飽和攻撃ができる程度に航空優勢が確保できたかどうか・・・」
そこまでいったときだった。
液晶タッチパネルに、暗号化された攻撃指示が入った。
想定状況は、乙。
「やはり駄目だったか!!」
中村は歯噛みする。
この数年で軍と名乗ることになれたばかりの空軍は、築城と伊方原発を守るのに精一杯であったらしい。
さすがに、開戦初撃に伊方原発への弾道弾攻撃をやらかすだけはある。連中、手段は選ばないらしい。
航空支援はなしで、機動部隊(戦車をはじめとする戦闘車両群)による敵海岸橋頭堡への一撃離脱が命じられたのだ。
「全車、エンジン始動。」
中村は、指揮下にある5両の10式戦車に命じた。
今頃、光ファイバーケーブルで繋がっている18の洞窟陣地の中では同様に戦車や装甲戦闘車両のエンジンが始動されていることだろう。
火山性ガスや地熱による欺瞞、そして、日本が誇る豊かな植生と時間がもたらす劣化により今のところ彼らは無事である。
作戦の要であるMLRS(西部方面特科隊からわざわざ抽出された)は迎撃される暇もなくモスボールされていたクラスター弾頭をまき散らすことができるだろうし、霧島山麓の特科部隊は在庫一掃セール程度には弾薬をまき散らせるはずだ。
少なくとも一斉射は。
だが、それだけだ。
つまるところ、中村たちは一撃を加えた後は尻尾を巻いて逃げ出すほかはない。
彼らは、今日中にはえびの市にまで後退することを命じられていた。
最終的には九州の半分を明け渡すことになる。
いや、日本本土の4分の1かもしれないな。と中村は思った。
あの地震から2週間あまり。
未だ、日本列島の太平洋側はあの三連動大地震の痛手から復旧する糸口を掴んでいないのだ。
実質、高知沖から伊豆沖にかけては「軍事的に」無防備な状態なのである。
ああくそ。これでは、この壕が掘られた大戦末期の旧日本軍と同じようなものじゃないか。
いや、援軍がくるアテがあるだけまだマシか?
だが我が愛しの同盟国は核の恫喝をはね除けてまで日本を助けるべきか逡巡している。
「畜生め。なぜこんなことになったのだ」
車長は、それはこちらの台詞です。と返してきた。
――はじまりは、201X年8月15日、終戦の日に発生した大地震だった。
紀伊半島南端、潮岬沖にて限界に達した南海プレートとユーラシアプレートの境界面は、実に200キロあまりにわたって破断。
マグニチュード8.8に達する大地震を発生させた。
憲法改正に伴って国防軍と名を変えていた自衛隊は、直ちに災害派遣命令に基づき現地に展開。
ここ数年のゴタゴタから微妙な状況にあったアジア情勢においてパワーを見せたい在日米軍も積極的に災害派遣に加わった。
横須賀から慌ただしく出港した空母「ジョージ・ワシントン」に加え、就役したばかりの空母「ジェラルド・フォード」が日本近海に急派されたのだ。
インド・パキスタン情勢が緊張の度合いを強めつつある中で、それは米軍ができるギリギリの行動であった。
幸いなことに、数年来緊張状態が続く中国も地震に対しては哀悼の意を示し、できる限りの援助を表明していた・・・はずだった。
だが――地震から3日後、那覇基地から出発した日本国防軍部隊を見計らったかのように事件は起こる。
尖閣諸島、大正島沖において、中国海軍のフリゲート艦が攻撃を受けたと中国当局は発表。
「中国領土である尖閣諸島への治安行動を妨害した」として直ちに国連憲章の「敵国条項」に基づき対日武力攻撃を宣言したのである。
同日、再稼働後地震によって再び運転が停止していた四国電力伊方原子力発電所に対し、吉林省通化基地から3発の中距離弾道ミサイルが発射された。
弾体は運動エネルギー弾という名の劣化ウランの塊であったが、稼働していた3号炉と停止中の1号炉のタービン建屋は破壊され、放射能漏れが発生しはじめた。
これを受け、米軍の原子力空母群は自艦の汚染を避けるべく緊急待避を実施。
国連安保理における非難の応酬は拒否権の出しあいで結論が出ず、その間に中国は、ほとんど無防備な状態になっていた宮古・八重山諸島に対し、本来は台湾に向けられていた水陸両用部隊を上陸させていた。
中華琉球の臨時政府を名乗る組織が「不当に占拠された中華民族の正当な領土の奪還」を中南海に要請したのは、地震から4日目のことだった。
それから後は流れるように事態は悪化していった。
豊後水道にて巡航ミサイル搭載のキロ型潜水艦発見と撃沈、奄美諸島強襲と電撃占領、沖縄本島の孤立。
本島自治体の一部は無防備都市宣言を出しつつあり、四国沖では国防海軍の対潜哨戒機部隊と中国潜水艦隊が死闘を展開しつつあった。
それを支援すべき九州や日本海側の各基地は、他人の不幸は蜜の味とばかりに蠢動しはじめた第三国の対応に追われていた。
そして、「琉球独立」と軍備制限を条件に奄美諸島を返還するという要求に対し日本政府がNOと返答し、米国政府が「琉球への内政干渉」を恐れて逡巡して地震から2週間が過ぎた。
奄美諸島沖に大規模輸送船団が集結。
中南海は、熱狂する国民の前で「日本への懲罰攻撃と保障占領」を高らかに宣言した。
・・・かくて、七十余年を経て、日本人は「本土決戦」を経験するに至る。
米軍参戦までの短期間に世論の納得するような日本の屈服と南西諸島奪取を図る中国軍は、志布志湾・宮崎海岸・吹上浜の三カ所からの南九州上陸作戦を実施。
対する日本側も、西日本の動ける部隊を根こそぎ投入しての防衛戦を図る。
今、日本は再び戦争の夏を迎えつつあった――――
【用語解説】
「志布志湾」――九州は鹿児島県の東部、大隅半島の東部に位置する湾。
太平洋戦争末期には連合軍による日本本土侵攻作戦(オリンピック作戦)における上陸地点とされ、それを察知していた旧日本軍によって防御陣地が構築されていた。
作中において戦車部隊が潜んでいるのも、その頃に構築された地下洞窟陣地である。
火山性のガスや温泉、豊かな植生などにより赤外線反応が攪乱されるため隠ぺい状況はいい。
近隣の内之浦ロケット打ち上げ施設が重要な攻撃目標となったため、国防軍部隊はほぼ無傷で敵の上陸を迎えることができた。
「10式戦車」――旧自衛隊が2010年に制式化した日本側最新の戦車。
諸外国のそれとは違い本州での運用を可能とするため40トン台に軽量化されつつも主砲(国産44口径120ミリ砲)と防御力をさらに強化し、百発百中ともいわれる高度な射撃能力と情報リンク(C4I)能力を持つ。その性能は、高速でドリフト走行をしながらでも2000メートル先の標的をマルチロックし射撃(スラローム射撃)できるほど。しかも、主砲の構造見直しと新型徹甲弾の採用により実質的な打撃力は諸外国の長砲身120ミリ砲を上回っており、大平原における撃ち合いが生じにくい日本本土においては戦車として無敵ともいえる能力を誇る。
作中では東アジア情勢の緊迫化を受けて量産が急がれ、国防軍西部方面隊に優先配備されている。
作中では無線傍受を避けるために光ファイバーケーブルを用いて情報リンクを行い、タッチパネルに情報を表示していた。
「第14旅団(四国旅団)」――四国の防備を担当する部隊。司令部は香川県善通寺市。しかし第14戦車中隊は岡山県内に駐屯していたため、九州に派遣された。
これは、四国と本州を結ぶ3つの橋が特別非常事態宣言に伴う緊急避難ルートとされていたためでもある。
「第5対艦ミサイル連隊」――熊本県健軍駐屯地に所在。内陸部から発射した大型の地対艦ミサイルにより敵水上艦艇に奇襲をかけることをその任務としていた。
この目的を達するため、使用する地対艦ミサイルは高度な地形照合能力を持つほとんど巡航ミサイルに近いものである。
作中においては旧式化していた88式地対艦誘導弾にかわり、12式地対艦誘導弾が採用され、阿蘇山中から攻撃を行うことになっていた。
「MLRS」――多連装ロケットシステム。
冷戦時に、東西ドイツ国境を突破し侵攻してくる数万両のソ連戦車軍団に対抗するために開発された。
多連装というだけあって1両あたり12発のロケット弾を搭載し、弾頭にはクラスター弾(親子弾)を採用、広範囲の敵を一気に攻撃できる大火力を誇る。
しかし、旧自衛隊時代末期にクラスター爆弾禁止条約に批准したために弾頭は封印処置がとられ、初期に導入された車両も改装されずにそのまま倉庫で埃をかぶっていた。
作中においてはこうした保管車両をかき集め、敵の上陸橋頭堡へ向けて一気に大火力を投射する役目を負っている。
「三連動大地震」――東海・東南海・南海地震が連動発生したマグニチュード8・8に達する大地震。これを受けて日本本土の東海地方から四国南部にかけては甚大な被害を蒙った。
作中においては国防軍の6個師団と2個艦隊を中核とする部隊が救援活動にあたっていた。
しかし、中国軍の侵攻に伴い8月20日には特別非常事態宣言が発せられ、救援活動から住民の避難活動へとシフトしている。
「伊方原子力発電所」――豊後水道をのぞむ愛媛県伊方町に存在する原子力発電所。
前述の大地震において緊急停止に成功し、非常用炉心冷却装置が作動することでメルトダウンは避けられているものの、宇宙空間から降り注いだ重量2トンの劣化ウラン弾頭にタービン建屋を破壊され、一次冷却水が多量に漏出するという放射能漏れを発生させていた。
これは、核兵器を用いずに放射能汚染を発生させ、米軍の原子力空母を退避させるという目的のために実施された作戦で、核による恫喝に米政府が逡巡する理由ともなっていた。
「沖縄周辺」――先島諸島や宮古・八重山諸島は2個師団相当の部隊と艦隊により占領され、沖縄本島の北部に位置する奄美諸島も空挺軍の強襲により占領されていた。
実質、日本側防衛兵力の主力が駐留する沖縄本島は封鎖状態となっている。
また、「中華琉球」を名乗る勢力が独立宣言を発し、本島の一部にもこれに迎合する向きがあることや無防備都市宣言の兼ね合いから事態を複雑化させていた。
「国防軍」――正式名、日本国国防軍(Japan Defence Force)。旧自衛隊から改組されたが、兵力その他はそれほど変化していない。中国側の開戦理由のひとつとして、政権内で検討されつつあった同軍の核兵器保有構想が挙げられている。
「敵国条項」――国連憲章に定められた旧敵国への武力制裁容認条項。
対象は日本やドイツなど。
度重なる決議により空文化されていたが、廃止されず、作中において中国はこれを錦の御旗として武力行使を正当化している。
「中村和義」――日本国防陸軍の一等陸尉(大尉)、第14旅団第14戦車中隊の小隊長代理。
大学卒業後に幹部候補生として入隊し、そのまま戦車乗りとなった。
軍であるのに階級の呼称が旧自衛隊そのままであるのは、国防軍設置法における移行期間であるため。
彼の上官に佐藤という名の三等陸佐(少佐)がいるか、「ちくしょう、いつかころしてやる」と言っているかどうかは不明。