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第九話 「八代=反抗期 9月9日―Day+8」

番外編を独立させる作業に四苦八苦していたら間違って消してしまいましたので再投下。

お待たせしました。

第九話を投下いたします。


※ 本作はフィクションです。実在の人物・団体・国家などとは一切関係ありません。


※ 作中人物の認識につき一部現実においては不適当と思われる表現が登場いたします。そうしたものが嫌な方は閲覧をご遠慮ください。

――西暦201X年9月9日 日本列島 九州島中部 八代平野



――「島原の海をのぞむ台地は南九州とは打って変わって水に満ちている。

巨大なる阿蘇をはじめとする山々に源を発する河川はあるいは地面に出で、あるいは地下に潜んで、時に思わぬ場所に清浄な水を発するのである。


こうした河川は大陸とは違って滝ともいうべき傾斜をつたって流れ落ち、淀みなく田畑を潤したあと海に注ぎ込み、ここでも豊穣を約束する。

まさに天に愛されているといってもいい大地である。

まったく、世界に冠たる大中華のものになっていなかったことが不思議なくらいだった。


それもこれも、悪の極みたるあの倭猿どもがこの土地を不遜にも独占していたためだ。と兵士は思った。

わずか80年前、祖国を滅亡の淵にまで追い込み、大地を荒らしつくし、人を殺しつくし、そしてあらゆるものを奪いつくした連中。

それでいて反省するという人として最低限の義務すらないがしろにした人面獣心の世界の恥。

その怨念をおさえて未来のために手を差し伸べた我々に、仇で答えた愚か者ども。

懲罰を与えられるのは正直いっていい気味だ。



しかし奴らの現状を維持する能力だけは認めてやってもいいかもしれない。

この大地を大中華の偉大なる領土とする栄光の一翼を担えたことは自分の誇りだ。

英雄として祖国に凱旋し、この大地で「奪還」した富で成功をおさめることができるのも奴らが愚かにも中華から収奪した富をため込んでいたためだし、中華の血を吸い肥え太った愚かな民へ直接「懲罰」を加えその対価として快楽を得られたこともまた奴らの愚かさのためだった。

この分なら、数か月を経ずしてトウキョウ、いや、中華東京トンジンとなる悪徳の都を解放し慰労をねぎらわれることになるだろう。

そうなれば、さらなる栄光と快楽が自分たちを待っている。


――祖国に帰ったら、ここに家族と住もう。


不浄な遺伝子を残した倭猿どもは駆除したし、従順な連中の奉仕もある。

ここでならば、大陸と違い自分はうまくやっていける。

いや、大陸でも家を持とう。

日本人どもがずるがしこく作った技術だの特許だのも大中華のものとなるのだ。美帝アメリカの度重なる妨害をおしのけ、中華民族の資本は世界に雄飛することになると新聞もいっていた。

だから」――






「やめろ!私は民族差別主義者の戯言たわごとを聞きにきたんじゃない!」


司令官が首を振りながら叫び、朗読は一時中断された。


「そうですか?これはまぎれもなくわが特戦群(特殊作戦群)が入手した一般的な敵兵の手記ですが。」


「にわかには信じられん。誤解しないでほしいが私は君たちに対し含むところもない。だが君たちがいささか偏った思想を持った敵の手記を抽出したのではないかと思っているのだ。」


なるほど。と真面目に頷いてみせた連絡武官に、ひとまず場の空気が緩んだ。

アメリカ陸軍第25師団第1ストライカー遠征旅団の幕営にやってきた秀才型の日本軍人は、読み上げていた紙を手元に置き、ひとくち茶を口にした。


グリーンティーだ。八女茶というそうで、日本軍が持ち込んだ地元の銘菓とあわせると実にうまい。

コーヒー中毒であった司令部の一同にも好評な逸品だ。


「遺憾ながら、これが『我々の敵』なのです。閣下。」


噛んで含めるように連絡武官はいった。


「極端に申し上げれば『かつて自分たちはひどいことをされた。だから今も満足できない現状であるのであり、相手に復讐してもいい』というのが彼らの論理であります。」


「理解できなくもない。」


いやらしそうに口もとをゆがめた幕僚の一人がそう混ぜ返した。

現在司令部を置いている町立体育館の一室には、遠征部隊の士官の多くが集結していた。総司令部こそ神奈川のキャンプ座間に置かれているが、迅速な指揮のためには前線近くに指揮の拠点が必要となる。

久留米市の日米統合指揮司令部(J-AJCHQ)、熊本の国防軍第一統合任務部隊司令部(JDF-TF-1HQ)に加え、前線近くの八代には日米陸軍の連絡所を兼ねて米陸軍第25師団第1ストライカー遠征旅団と日本国防陸軍第2師団(旭川)の前線司令部が二つ並んで設けられていた。


空軍基地や海軍の軍港のような存在は両者にとっては必須である。

海軍は艦艇を運用する都合上定期的な整備が必要となるし、空軍は言わずもがな航空機は基地がなければ運用できない。

しかし、陸軍は違う。陸軍部隊は「駐屯地」に存在している。

場所に依存せず、いかなる場所に赴いてもそこに移動して作戦を継続する。この文字からもそうした陸軍部隊の特質がよく表れているといえるだろう。


そして、二つの国家の陸軍はこうして八代に一時の居を構えていたのであった。

もともと共同作戦に否はない。

この60年あまり、日米両軍は共同作戦を主眼にその軍を作り上げていた。

旧自衛隊時代から国防軍は在日米軍の補完戦力であったし、米軍は世界各地に展開するという役割からして現地の同盟国軍との共同作戦を考慮している。

実施され始めたことこそ最近であるが、大震災においても、そして今次戦役においても共同作戦はうまく機能しているといってもよかった。

そうなると、次に必要になるのが情報の共有である、

ことに敵の情報について同盟国軍に対し隠蔽を行うことは利敵行為に等しい。


そうした理由で、日本国防軍は続々と日本入りを果たしつつある米軍部隊に連絡将校を派遣し情報提供を行っていたのだった。

そしてそうした情報は、えてして常識レベルのものになることが多い。

軍事情報についてはお互い専門家である。

しかし、国境を接することで感じる相手への理解はどうしても日本側に勝るものがないのである。

今回行われていたのは、後方に潜入した国防軍特殊作戦群(特殊部隊)が確保した敵兵の手記などからみた敵の士気とその由来についての講義であった。

連絡武官にとってみれば、確かにいささか偏見に満ちているものの、米軍の上級士官が拒否反応を起こすことは少し想定外であった。

そこへこの一言である。



「それが偏見やプロパガンダによるものであることを除けば。」


わざと意地の悪い表情をしていた士官が肩をすくめた。

アメリカの軍人にはこうした男が多い。

友人とは遠慮なくたちの悪いジョークを言い合える関係であると考えているのだった。


そうしたある種の「気遣い」に連絡武官は「大げさな微笑」でこたえた。

地方本部といういわば広報出身である彼はそれなりに空気は読める方であった。



「問題は、敵が明らかなプロパガンダを信じたがっていることです。」


連絡武官は言った。


「知ってのとおり、中国軍の士官と兵士の間には都市の知識階層と農村民という決定的な開きがあります。経済的にも教育的にも。」


全員が頷いた。


「ありがとうございます。しかし、両者とも両者の理由でプロパガンダを信じたがっています。

都市民は『そう信じた方が都合がいいから』、農村民は『純粋にそう信じるように誘導されたから』です。

強権的な国家を存続させるためには、思想的な統制が必要です。

かつては毛主席やら赤い理想を信じていればよかったのですが、国家の発展を重視し資本主義を導入してそれらを本質的に裏切ってから、中国は本質的な矛盾を抱えるに至りました。

社会主義の理想を掲げる一党独裁の政府自体が思想の唾棄するところである資本主義の悪魔になってしまったのです。

となれば、思想的に必要とされるのは『政権の正当性』です。

『悪魔のような敵と戦い、勝利した』という事実、そして『現在も敵から自分たちを守っている』という事実を国民に納得させる必要があります。」


「そしてその被害者となったのが、日本人か。いささかコミックの見すぎじゃないかね?

それとも『ツーチャンネル中毒』とでもいおうか?」


旅団戦闘団司令(典型的な東部白人のWASPだった)もいつもの調子を取り戻したらしく冗談交じりに手を挙げてみせ、彼なりの『予習』の成果を披露し連絡武官や日本びいき組の笑いをさそった。


「いえ、事実はコミックよりも奇であるものです閣下。

かの国の治安予算は我が国の国防費を超えており、かつ行政機構の腐敗の度合いはワシントンポストをお読みならよくお分かりのはず。」


政府御用新聞の名前でまた少し笑いをさそってから、連絡武官は急に真面目な表情を作った。


「それだけ社会矛盾や不満が鬱積しているのです。しかし、反発などすれば天安門事件の二の舞ですし夜中にドアを勢いよくノックされて『行方不明』になりかねません。

ですが、政権の正当性の根拠となっている『悪の日本人』に対する反発を示すことは簡単には止められません。

しかし、こうした鬱憤の発散は予想を超えて広がり始めた。となると政府としてはおさえにかからないといけません。

いつ矛先が自分の側に向くかわからないためです。

ですがそれが逆に反発を生む。『悪の日本人をなぜかばう?』と。

この段階で矛先はこちらに向きます。」


「どういうことだ?」


「簡単なことです。彼らは自分たちも話半分でいっていたはずのプロパガンダを逆に信じてしまったのです。

それを否定するような情報や言説は国家の正当性を否定することですから存在しないも同然です。

そして政府がおさえこめばおさえこむほど『悪をかばう』としてプロパガンダの国粋主義的な部分を刺激する。


『信じたいことを信じ、それが自分にとって都合がよければ熱狂する』のですね。それが自分は悪くなく、周囲の環境や無理解が悪いのであればなおさら。


このポジティブ・フィードバックがエスカレーション―事態の加速度的な悪化―を生むのです。

極端なことをいえば、彼らは『鬱憤を晴らす先が政府でも、日本でも、どちらでもいい』のですね。」


「それでは、何か?今回の中国人の激発は、つまり――『反抗期』か?」


バカな。そんなことがあるわけ、と士官の一人が顔色を変えた。


「反抗期とは言い得ての妙ですね。その通りです。

なんだかんだいって、彼らもそれなりに自分たちに関わりのある自国政府より、子供のころから『悪魔』と教えられている外国政府の方が憎みやすいのでしょう。

子供の反抗期の衝動が向かう先は親ではなく、それ以外の周囲の大人や同級生であることも考えれば――」


「だから、こんなことができるのか?」


旅団戦闘団司令は広い指揮机の端に置かれたタブレット端末にちらりと目をやった。

そこに映し出されていたのは、スナップフィルムか出来の悪いエログロ映画のような、現実の画像。略奪、暴行、放火、なんでもござれ。

これも特殊作戦群が集めてきたものだった。



「でしょうね。敵は『悪魔』だそうですから。

向こうは分かっていないのかもしれませんよ。『なぜ自分たちが侵略者呼ばわりされるのか』と。」


「他国の領土や富を自分のものだと言い張り、強引に横取りする、それが侵略でなくて何なのだ。」


「正義、でしょう。それが欲望を肯定する理由であるだけだとしても。」


むしろ、なぜそうした事態の本質を理解しようとしなかったのか、それが連絡武官にとっては疑問だった。

まぁ、自由や良識というものが普遍的な価値を持つとアメリカ人は信じたいのかもしれないが。



「なぜ、こんなことになったのだ――」


それはこちらの台詞です。

という言葉を連絡武官は飲み込んだ。





――この2日後、はるばる欧州から飛来したアメリカ陸軍第1機甲師団、アメリカ本土から投入された第10山岳師団、そしてハワイ駐留の第25師団は、日本国防陸軍の7個師団ならびに空海の戦力とともに総反撃を開始した。

対するは、中国陸軍12個師団および航空部隊。

世に云う、「八代大戦車戦」の開戦である。



【用語解説】


「八代平野」――熊本県南西部に広がる平野。海岸線をつたって北上するルートと南東の人吉盆地方面からの九州自動車道ルートの合流地点という要衝に位置し、北上すれば熊本市と阿蘇山という日本側の兵力集積拠点に達する。

そこから北上すれば北九州の平野部に達するため中国軍はここを主攻ルートとして選択。

対する日米もここに防衛線を構築していた。


「中華東京」――すでに中国本土では戦勝後の日本併合後のことが話題とされていた。このあたりは日露戦争前夜の「七博士意見書」の頃とにているかもしれない。またマスメディアというものがいかなる性質を有するかという証左でもあろう。


「特殊作戦群」――旧自衛隊時代末期に設立されたその名の通り「特殊作戦」をする部隊。その任務は敵後方への浸透と情報収集である。

作中においては山岳が多い九州においては特に威力を発揮していたが、中国軍に通じた残留住民と現地に残留した自主防衛組織の争いに巻き込まれたりという椿事も多く発生していた。

作中時点では多数が鹿児島県内に潜伏。四国方面においても土佐清水方面への偵察活動に従事している。


「第25師団第1ストライカー戦闘団」――ハワイに駐留するアメリカ第25師団の中にあるストライカー戦闘団のひとつ。

かつての旅団戦闘団をスリム化したもので、高性能なストライカー装甲車を用い、独立して戦闘を行うことも可能となっている。

この部隊の真価は、世界のいかなる場所にあっても戦略航空輸送を用いて迅速に展開を行い、3日以内に戦闘を開始できるという機動力であろう。

作中においては第25師団ごと九州へ派遣され、日本側防衛線に追加配備されていた。


「日米統合指揮司令部」――前線における日米両軍の統合指揮のために設けられた司令部。総反撃を前に九州の久留米市に前進。米海軍佐世保基地も指揮下においており、アメリカ太平洋軍司令部とも直結連絡回線が確保されていた。第1・第2統合任務部隊の双方と在日米軍の戦力を指揮下においている。


「第一統合任務部隊」――今次戦役において陸海空の戦力を一元的に指揮するために設置された。

主として九州の実戦部隊を指揮下におく。もともとは西部方面隊司令部に所在していたものの、大規模反撃を前にして前線近くに前進した。

なお、第二統合任務部隊は三連動大地震対応のために設置されており引き続き東部方面隊司令部のある市ヶ谷に所在。


「第2師団」――北海道から抽出された精鋭部隊。

旭川に所在していたものの、日本海を突っ切り博多湾から現地に投入された。主力となる戦車は90式戦車といささか旧式ではあるが、旧自衛隊時代にいちはやくシステム化された師団であるなど常に最新のメンテナンスを受け続け、練度も非常に高い。


「政府御用新聞」――首都に所在しているため、基本的に政府の政策には全面肯定することが多い。


「アメリカ陸軍第1機甲師団」――ドイツに所在。その名の通りアメリカ陸軍の中でも戦車を主力とする数少ない師団のひとつである。


「第10山岳師団」――アラスカに所在。アメリカ陸軍の中でも山岳戦を専門にした唯一の師団である。


「7個師団」――日本国防陸軍のうち第2師団・第5旅団・第11旅団(北部方面隊)・第9師団(東北方面隊)第13旅団(中部方面隊)・第4師団・第8師団(西部方面隊)が投入された。

また、第14旅団と第3師団が中国地方に前進し後詰をつとめる。

震災対応にために投入されているほかの部隊と沖縄本島に押し込められている第15旅団もあわせれば、日本国防軍の総力を結集したものであった。

この部隊が消滅すれば、日本側は兵庫・大阪県境にまで後退する計画となっていた。


「中国陸軍12個師団」――さらなる増派がなされる予定だったものの間に合わなかった。それでも支援部隊を含めれば50万近い大兵力である。


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