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たった二人の夢物語  作者: 陽山純樹
第二部

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21/23

21.迷いと決意

 七海の経過報告は、断続的に冬弥の耳に届いた。

 一月程経過した時、面会の許可が下りクラスの中で選抜し、見舞いに行くことになった。その中には冬弥と理衣の姿もある。


「で、冬弥。退院はいつになるって?」

「早くても、四月末とかになるらしい」


 隣を歩く理衣に、冬弥が答える。見舞いのメンバーは総勢で十名程。全員制服で行くことになり、休日にもかかわらず学校へ向かうような趣だった。


「そっか。退院した時は、三年は始まってるんだよね」

「クラスが同じになれるかどうかは、運に頼るしかないな」

「予知夢はないの?」

「ああ」


 冬弥と理衣は病院に向かうメンバーの後方を歩き、正面で談笑する七海の友人達の姿を眺める。クラスでよく話をしていた女子に加え、冬弥の縁があってそこそこ会話をしていた原口や、他の男子の姿もあった。その中で代表し、冬弥が見舞いの品であるガーベラのブリザードフラワーを携える。


 冬弥は歩きながら、先ほど問われた予知夢のことを考える。事故があってから一月あまり。桜が咲こうとしている季節になっても、あれ以降予知夢を見ることは無かった。どのような未来を選ぶのか予知夢が待ち、事の推移を見守っているに違いない。


 これほど予知夢に空白があるのは、冬弥にとって前例が無い。だが、そうした経験を今更持ち出しても無意味なのかもしれない。あの事故直前から、体感したことの無い予知夢ばかりが発生していた。だから、もう過去の経験は役に立たない。


 これは、何が原因なのだろうか。理衣と付き合い始めたことがきっかけなのだろうか。それとも七海との関わり方が変わったことが、原因なのだろうか。

 思慮に耽る間に、正面に病院が見えてきた。友人達が会話をしながら入り、後に続いて冬弥と理衣も入る。広い待合で、冬弥はまずクラスメイトに制止の声を掛けた。


「少し、待ってくれ」


 全員が会話を中断し、立ち止まる。それを確認すると冬弥は周囲を見回した。少しして、エレベーターから降りてくる七海の母親を捉える。彼女はこちらに気が付くと、小さく手を振りながら近寄って来た。


「冬弥君、よく来たね……そちらの子達が、お友達?」


 問いにクラスメイト達が頷いて応じる。七海の母親は小さく笑うと、頭を下げた。


「ありがとう、七海も喜ぶと思うわ。エレベーターで行きましょう。ただ……」


 言うと、冬弥に視線をやった。その場にいた全員が彼女の視線に気が付くと、理衣が声を上げる。


「あの、どうかしましたか?」

「え、ええ……冬弥君に、少し話が」

「何でしょうか」


 冬弥が応じる。だが、何を言いたいのか確信し――予想通りの言葉が返って来た。


「冬弥君なんだけど、七海が……来ないで、って。それと、何も、しないでって」


 クラスメイトが、注目する。理衣もまた、横から表情を窺う。ただ彼女だけは、クラスメイトとは異なる見解だろう。これが予知夢の選択であるため、どのような反応をするのか、見ているのだ。


「……わかりました。俺は、このまま帰ります」


 冬弥はひどく冷静な声音で、七海の母親に告げた。


「経過報告だけは、伝えて頂けると嬉しいです」

「わかった。ごめんなさい、ここまで来てくれたのに」


 七海の母親は、戸惑うような眼差しを向けた。冬弥はそれを気にせず続ける。


「いえ……それでは、これで」


 言うと、隣にいる理衣にブリザードフラワーを渡し、踵を返しながら彼女に告げた。


「終わったら、連絡をくれるか」

「うん」


 承諾の言葉を聞くと同時に、病院の外へ歩く。クラスメイトが何か言っている気がしたが、無視した。

 外に出ると陽気な空と、まだ冷たい風が出迎えた。入口で冬弥はため息をつく。予想はしていた。こうなるのだと半ば確信できていた。そして――


「ごめん……七海」


 謝罪をして、足を動かし始める。予想できた展開――いや、予想できたからこそ、そうした選択をさせてしまった七海に、冬弥は手をついて謝りたかった。

 傷つけた――それも、最早立ち直れないくらいに。七海も自覚している。だから未来を選択した。その選択をしたこと自体が、いかに心を殺してきたのか理解させられる。


 しばらく歩いていると、携帯の着信音が周囲に響いた。ポケットから取り出し画面で相手を確認すると、理衣だった。


「はい」

『今、どこにいる?』

「元来た道を戻っている所」

『話がしたいんだけど、少しいいかな?』

「構わないが……見舞いにしては、早すぎやしないか?」

『他の子に任せたから』


 理由はそれだけだった。冬弥はしばし考え、辺りを見る。道沿いにある一軒のカフェが目に留まった。


「理衣、帰り道に一軒カフェがある。そこで待っているから」

『わかった。行きがけに目についていたから、迷わず行けるよ』

「ああ。待ってる」


 通話を切った。きっと、理衣は全てを知りたいと思っているのだろう。それが予想できて、冬弥もついに覚悟した。


 その後カフェに入って窓際の一席で待つことにする。外をぼんやりと眺めていると、十分程経過した後、理衣の姿が見えた。彼女は迷わず店に入り、冬弥のいる席を見つけ近寄り対面に座る。


「お待たせ」

「ああ」

「注文していい?」

「いいよ。俺の奢りで」

「なら、遠慮なく」


 理衣は注文を取りに来た店員にサンドイッチと紅茶を注文し、改めて話し始める。


「まず、七海は思ったよりも元気だったよ。退院も四月中には、って」

「そっか。よかった」

「で、ここからが本題……私を見て、七海はすごく悲しそうだった。最初は色々な気持ちを抱えているからだと思ったけど、なんだか、様子が変だと思った。それで冬弥に問い質そうと中座して、こっちに来たというわけ」

「そうか」


 持ち前の察しの良さで、気付いてしまったのだろう。同時に七海の仮面が、ほとんど意味を成していないのだとわかる。どういった選択をしても、理衣に気付かれる真似は、以前の七海ならしていないはず。


「わかった。ここまできた以上話す。ただ、一つだけ。俺は七海の決断に従うことにする。このスタンスは変わらないからな」

「いいよ」


 理衣も思う所があったのか、深く頷いた。


「じゃあ事故直後に見た夢から説明する。これは見舞いに行った場合のケース。俺が一人で見舞いに行っていたから、今日のことかもしれないし、後日かもしれない」

「今日は大人数だったから、さすがに今日ではないんじゃ?」

「クラスメイトが変に気遣って、俺を先に行かせるとかやりそうじゃないか?」

「ああ、確かに」


 神妙に頷く理衣に、冬弥は小さく笑う。


「それで、この夢の結果俺はどこかの食堂で本と格闘していた。多分大学に在籍している夢だ。事故直前に見ていた夢よりは、まだ現実感はあるな」

「食堂、か。なるほど、学食に一人いたというわけか」

「そう。でも背後から理衣に声を掛けられる。振り向くと理衣と七海と、もう一人いた」

「もう一人?」


 聞き返す理衣。冬弥はすぐに答えても良かったが――突如、別の話題を振った。


「なあ理衣、今日のクラスメイトの人選なんだが、なぜ男子が混じっていたんだ?」

「え?」


 唐突に問われ、理衣は素っ頓狂な声を上げる。


「それが夢に対する答えだよ」

「え、そうなの……? えっと、男子の多くはクラス代表ってことだよ。後は七海じゃなくて、冬弥の縁で七海と話をしていた人。原口君がその最たる人だね。そういえば、彼は七海をカラオケに誘っていたりしていたから、もしかして気があるんじゃないかと噂されていたけど……」


 そこまでで、理衣の言葉が途切れた。絶句し、冬弥を凝視して口元に手を当てる。


「……まさか、もう一人って……」

「そうだ、原口だ。あいつが、七海と付き合っていたんだ」


 断定口調で冬弥が答える。しかし理衣は信じられないような面持ちで、問い返す。


「え、でも大学が単に一緒だったという話なんじゃ……」

「二人が手を繋いでいた以上、確定じゃないか?」


 理衣は今度こそ二の句が継げられなくなる。冬弥は嘆息した後、自身の見解を示す。


「七海は、事故の時自分の想いを正直に告げた。だから俺と理衣に気持ちが理解されていると確信しているはずなんだ。そこで、自分は大丈夫だと証明する必要があった」

「それで、原口君と?」

「付き合うまでの過程でどういうことがあったのかは予知夢では読み取れない。もしかすると七海が目論見で近づいたのかもしれないし、原口が事情を把握していて乗っかったのかもしれない。そこはさすがにわからないけど、一つだけ確かなことがある。そうなってしまった結果、あの未来は表面上とても幸せそうに見えた。俺も、七海も」

「けど……七海は……」

「予知夢は相手の心の中までは読み取れないから、どう思っているのか不明だ。けど、推察はできる。七海は俺が来ることを拒否しただろ? その選択をしなかった以上、本心から望んだ未来かどうかは、推し量れる」


 冬弥の意見に理衣は頷き、今度は彼女が話し出す。


「そして、もう一つの選択をした……けど、ちょっと待って。事故の時のような状況なら、夢を回避する選択はないの?」

「もし以前の……それこそ、俺と理衣が付き合い出す前の七海なら、その選択をしたかもしれない」

「でも、選択を回避しない……そう、か」


 理衣は冬弥の言葉に何か察した。


「つまり、残る選択で二人が結ばれるということ、なんだね?」

「……ああ」


 僅かに躊躇いつつも、冬弥は首肯した。理衣はどこか納得の表情を浮かべつつも、煮え切らない顔をする冬弥へ眉をひそめる。


「どうしたの? 納得、していないの?」

「……正直、他に選択肢がないのか、考えている」

「どうして、そんなこと言うの?」


 理衣は憤慨の声を冬弥へ向けた。


「嫌ってこと?」

「違う」


 冬弥は即座に否定する。


「けど……本当にその選択しかないのか、今も迷ってる」

「迷ってるって……」

「七海は、間違いなく怖がっているんだ。このまま二つの選択を取らずに進むことだってできる。けれど、それをして果たして……果たして、俺と一緒になる未来が現れるのかどうか」

「一緒になる、未来って――」


 冬弥の言葉に理衣は反論しようとして――言葉を止めた。


「何が、あるの?」


 尋ねる。冬弥は答えない。


「それは七海と一緒になることが嫌じゃなくて、それ以外の要素が嫌だと言っているんだよね?」

「ああ」


 冬弥は同意の声を上げる。


「だから考えている……それと、これを詳しく理衣に伝えるのは……」

「わかった。それじゃあ私が、真意を訊いてくる」

「え?」

「冬弥は話しにくいんでしょ? なら、私が直接七海に訊くよ」


 固い決意を秘めた口調。冬弥はこうなったら何を言っても駄目だと経験上知っていたため、否定しなかった。


「わかった。頼んだ」


 冬弥は承諾する。それはどこか、一縷の望みを託すような声だった。



 * * *



 夜、病室で一人七海は、放心状態で天井を見上げる。


「冬弥……」


 間違った答えでしかないのだと、七海自身もわかっていた。いくらでも方法があるはずだ。選択をしなくても、きっと冬弥と一緒になれる未来が――

 それを否定したのは、自分自身だった。きっと想いを知られても、一緒になることはできない。なぜそんな風に考えたのだろうか――間違いなく、自分自身の咎に由来するものだと、行き着く。


 どことなく予感できた。どの選択も取らず、自分が冬弥と共に歩むことになったとしても、長くは続かないと。既に大きく予知夢は変わってしまった。今更二人だけの世界に戻したとしても、この変革は止まらないはずだ。だからいつか二人を引き裂く何かが訪れるのは、必定だと七海は考えた。被害妄想のようでいて、根拠のない確信を抱く。


 だからこそ怖かった。絶望しかない未来を回避したくて、あの時自分が犠牲となった。しかし今度は未来の見えない先が絶望しかないと察し、望む未来を手に取りたいと願う。

 どこまでも、歪んでいる。事故の時も、今回の時も全て自分本意。明日冬弥が病室へ赴いて来てもおかしくない。けれど、そうなれば今度こそ壊れてしまうだろう。それは自分が予知夢を見て、確信したことだった。


 意識が無い事故直後であっても、予知夢だけは見ることができた。病室で、冬弥が来訪する。そして自分は大学で、冬弥とは違う人の隣を歩く。夢の中の自分は、心の底で絶望していた。冬弥と理衣が隣に立つのを見て、涙が零れそうになっていた。


 七海は夢の中で嘆き、同時にある種悟った。例え未来のわからない道筋を選んだとしても、こうして望まぬ未来を宣告される。その度に選択を迫られ、逃れるように必死に抗おうとする。中学時代の冬弥の姿そのもの。今は自分の身に降りかかり、絶望を突きつけられている。


(本当なら、冬弥が選ぶもののはずなのに……)


 冬弥の幸せを願うなら、彼の意思に任せるべきだ。しかし、心がそれを許さなかった。想いを伝えたことで全てを知られた。二度と停滞はできない。後ろに下がるか、前に進むかしか道は無い。

 七海はとうとう、自分の仮面が砕け散ったことを知る。全てを知られ、誤魔化しながら道化を演じるのは、無理だった。想像するだけで胸が押し潰され、拷問に等しい衝撃を体に与えた。


 けれど退院するまで冬弥と接触をしないという未来は、それに等しい結果かもしれない。けれど、それでも果てしない絶望の未来より、天秤は遥かに軽かった。


「冬弥……」


 名を呼び、涙が零れる。胸の痛みは決して怪我ではなく、心が悲鳴を上げているためだ。

 同時に、親友の理衣のことを思い出す。クラスメイトが見舞いに来て、途中で退席し、みんながいなくなってから、彼女は戻ってきた。


「今回の予知夢の内容を、全て教えて」


 揺るがない瞳で、理衣は七海に言った。七海は全てを知る権利があると思って、話した。理衣が冬弥の彼女であることもそうだし、何より予知夢の理解者であったためだ。

 話しながら、七海は泣いた。そうして、もし不服なら冬弥を説得してもらって構わない。自分は、冬弥に従うと告げた。


 全て終えた時、理衣は小さく頷くと、尋ねる。


「一つだけ、教えて……七海、私はあなたの本心を、まだ聞いていない」


 最初は真意を測りかねた。けれど、理衣は七海を友人として、心配してくれるから尋ねたのだと、すぐにわかった。七海はまた涙を流した。理衣は俯き泣き続ける七海の頭を、そっと撫でた。


「私はね、七海。確かに冬弥が好きだし離したくないって思ってる。けど、親友をこんなにボロボロにして、それを無視しながら居続けるのも、無理だよ」


 優しい声音。自分を理解しようと必死に包みこもうとしている親友の姿。七海は理衣を見て自分の浅ましさを恥じながら、それでも少しずつ想いを伝えた。冬弥がずっと好きだったこと。中学の時から関係を取り沙汰されないよう、必死に仮面を被って過ごしたこと。そして、冬弥が予知夢を話したことと、告白の時その場にいたこと。

 語り終えた時、一時間を超えていた。それでもなお泣いていた七海に対し、理衣は優しく微笑んだ。


「ありがとう、話してくれて」


 言うと、理衣は立ち上がった。何をしようとしているのか問おうとして、口をつぐむ。彼女の意思を尊重するべきだと思ったと同時に、それでもなお恐怖が湧き上がった。

 けれど、理衣は心を読むように首を左右に振った。


「絶対に、七海を悲しませる結末にはしない。ここに冬弥を無理矢理連れて来るなんて真似だけはしないから……安心して」


 どこまでも透き通った笑顔を見て、七海は頷くしかなかった。

 理衣が帰ってから、悲しさに襲われた。自分が冬弥を好きだという事実が、色んな人を巻き込み不幸にしている。けれど想いを知られた以上、もう騙せない。だからこそ、予知夢のように誰かを盾にして過ごすしかない。けれど、それもまた相手を不幸にするのではないか。


 なぜこうなってしまったのだろう。あらゆる人を不幸にしてしまう程、彼を好きでいることは罪だというのか。


「冬弥……理衣……」


 残ったのは、二人の意思を尊重するしかないだろうという感情。例え明日冬弥がここに来ても、それを納得し未来を進もうと誓う。恐怖で震え上がりながらも、必死に自分を抑え、それが正解だと自分に言い聞かせ続けた。

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