18.覚醒と仮面
「はあ、私と冬弥がねぇ」
結局、ファミレスに入り洗いざらい話すことになってしまった。冬弥は頭を抱えそうになりつつ、半ばヤケクソに理衣に説明した。
「そういうわけだよ。まあ、理衣がどう感じるかは勝手だけどさ……正直、そんな遠い未来を決められるのは嫌だろ?」
冬弥は同意を得ようと理衣に尋ねる。しかし、彼女はそう思っていない様子だった。
「うーん、確かに不本意ではあるね」
「だろ?」
「けど……一つだけ訊きたいの」
「何を?」
「その未来を、冬弥は不服としているの?」
冬弥は押し黙った。理衣の言いたいことはわかる。未来が決定することに不満を抱いているのか、それとも理衣と一緒になることが不満なのか。
「……それは」
まだしっくりきていないというのが、冬弥の紛れもない回答。付き合い始めた目の前の彼女と将来結婚する――正直、想像できない。
「私は、聞いて戸惑った、というのはあるけど……」
理衣は告げながら、注文したクリームソーダをストローでかき回し、横目で景色を眺める。表情はどこか、照れくささを隠しているようでもあった。
「けど、冬弥となら……別にいいかも、と思ったりもしてる」
「……それは」
冬弥は口ごもった。理衣がそれほど想っているという証明でもあり、少なからず嬉しさはあった。けれど――
「でも、予知夢で決定するのと、自力でその選択を取るのは、大きく違うだろう?」
「そう言われると、確かにそうだけど」
理衣は視線を冬弥へ向け、斜に構えつつ口を開く。
「わかった。じゃあ話の矛先を少し変える。もし最悪その選択を選ぶことになったら、冬弥はどう思うの?」
「え……?」
「私が死ぬような内容が予知夢としてある。で、別の道筋が私との結婚なんでしょ? 事故の予知夢を回避するために結婚する選択を取ることになったら、冬弥としてはどう思うの?」
冬弥は訊かれ、言葉を失った。これは形を変えたプロポーズだ。もし自分が理衣に対し頷けば、間違いなく何事もなくデートを終え、結婚する選択を取るだろう。
「……一つ、いいか?」
冬弥は理衣の答えに言及せず、問い質す。
「あくまで仮定の話だが、その選択を取って以後、理衣は別に好きな人ができるかもしれない。未来を選択したことによって、何か捨てなければならないかもしれない」
「うん」
「それでもいいのか?」
冬弥の疑問に、理衣は静かに頷く。加えて笑みを浮かべながら、言葉を発する。
「だったら、後悔しないくらいに、幸せにならないとね」
理衣の返答。冬弥は言葉に詰まった。声にならない呻きが、口から漏れる。
「私ね、二人が予知夢に関する話をしていた時、考えていたことがあるの。なんというか、二人は予知夢を呪いのように扱い、不幸の塊だと思っている。それはきっと、一つの答えなんだとは、思う」
理衣は真っ直ぐ冬弥の目を見つめ、話を続ける。
「でもね……本当の所を言うと、私達の人生は一回なわけだよ。予知夢で決められようが、そうでなかろうが一回しかできない。なら、どんな選択をしたとしても、自分が後悔しないように、選択したことを幸せだと思って、生きようと私は思う」
「……それは」
「けれど、これは予知夢を見ていない私の考えなのかな……」
最後の言葉だけ、尻すぼみするように小さくなっていった。その間も冬弥と理衣は見つめ合う。二人の空間だけ時が止まったように、凍りつく。
やがて、言葉を発したのは冬弥だった。
「……昔は、そういう風に考えていたのかもしれない」
「え?」
理衣が小首を傾げる。冬弥は小学生の時の情景を思い出し、ゆっくりと話し始めた。
「小学生の時は、どんな些細な選択肢でも選んだことを楽しいと感じていた。重要かもしれない選択であっても、楽しむことだけは忘れなかった。予知夢が苦痛に変わったのは、何でもない選択で中学を選ばされたという事実からだ。けれどどういう経緯であれ、夢を選んだ以上、後悔しないように突き進むこともできたんだ」
「そうだね」
「だけど、俺はそうしなかった。予知夢と戦うことを決意した。けれど、待っていたのは絶望だった。七海を傷つけたし、友人とだってあまり関わろうとしなかった。でも理衣のように考えていれば、小学生の時のように楽しい生活が送れたのかもしれない」
「後悔、してる?」
理衣は窺うように尋ねた。冬弥は少し思案して、視線を落とし話す。
「している部分もある、けれど、それが俺の選んだ道だった。結果として、今俺はここにいるし、理衣と会話をしている」
「その結果、私とデートできたというのも付け加えてくれると嬉しい」
冬弥は笑った。理衣も合わせて笑う。彼女と付き合って良かったと、改めて思った。
「なんというか、ありがとう。理衣」
ひどく自然と、言葉が出た。理衣が驚き目を見開く間に、冬弥はさらに続ける。
「目が覚めた気がする。そうだよな。どういう選択を取るとしても、後悔しないように人生過ごすのが、一番だよな」
「それは、私と結婚することに同意したってこと?」
「それとこれとは話が別……だけど、その選択もありかな」
理衣を見据え、冬弥は告げた。すると、今度は理衣が視線を逸らし、窓の外を見た。
「どうした?」
「いや……目の前の人と結婚するかもしれないと思うと、少し恥ずかしくて」
「意外だな」
「あのね、私だって少しくらい純情を持っているの」
「そっか」
冬弥は笑いながら、顔を僅かに紅くする理衣に、心の底から感謝した。
「さて、俺の心も晴れたことだし、協議といこうか」
「どの選択を取るか?」
「ああ。とはいえ残る可能性は二つしかないよ。このまま何事もなくデートを終える。そうすると、俺達は将来結婚するのが確定する」
「その選択は?」
「……え?」
「だから、その選択。どういう選択でそうなるの?」
理衣から訊かれ、冬弥は今更ながら気付いた。確かに、その部分だけは推測だけで、不明瞭だ。
「そっか。それもまた選択の一つなんだ」
「気付かなかったの?」
「連続的に予知夢を見ていたから見落としていた……そっか。その予知夢の選択自体を回避すれば、未来をかわせる可能性がある」
「で、その選択は何?」
「こればかりは七海に訊いてみないとわからない。俺の方じゃなくて、七海の方に提示されたものかもしれないから。確認を取らないと」
冬弥はすぐさま携帯で連絡した。だが、朝と同様出ない。
「駄目だ、繋がらない」
「そう。少し時間を置いてから電話したほうがよさそうね」
「そうだな。で、これからどうする?」
話の締めくくりとして、今日の方針を尋ねる。理衣は腕組みをして答えた。
「じゃあさ、少し商店街でも回った後、お昼にお店へ行こうよ」
「ん、前に言っていたパスタの店か?」
「そう。映画は、午後からでもいいでしょ?」
「構わないよ」
冬弥と理衣は結論を出して席を立ち、会計を済ませ店を出る。そして理衣が指で示す方角へ、足を向ける。
時計を確認する。十時半。思ったよりも長居してしまったようだ。
「ランチタイムより前には入りたいな。混むらしいから」
理衣も左手首に着けている時計を見ながら呟いた。
それから二人は学校近くの商店街を、ブラブラし始める。前に来たのは文化祭の準備のため。その時は店を物色する暇はなかった。しかし今回は余裕があるため、じっくりと眺められる。
比較的盛況な場所であり人の往来も結構ある。その上店構えはチェーン店系列のファッション店が入っている所もあって、多種多様だ。
「ここはデートの王道、服選びするとかした方がいい?」
「その言い方だと、格別したいというわけではなさそうだな」
「昨日、奮発しちゃったからね」
苦笑しながら、理衣はダッフルコートを指差した。それが冬弥を不安にさせた代物なのだが、コートを着る彼女は新鮮かつ綺麗だったので、特に言及しなかった。
「冬弥は、何か見たいものとかある?」
「物欲ってあまりないからな、俺は。気になる物があったら言うよ」
雑談をしながら商店街をゆっくり進む。冬弥達以外にもこの場所へ赴いたカップルはいて、ちらほらと談笑している姿もある。
「そういえば、ある意味ここで始まったんだよね」
ふいに、理衣が口を開く。
「始まった?」
「私が無理矢理誘って色々と話をした結果、私達はこうして並んで歩いている」
「言われてみれば、そうだな」
冬弥は同意した。理衣が大きく自分の心に踏み込んだため、今こうして付き合っている。きっかけは、あの文化祭で付き合わされた買い物。
「ねえ、深くは訊かなかったけど、何であの時私に話そうとしたの?」
「話……? ああ、予知夢の話か。それは理衣が好きだと告白した時、伝えたことで全てだよ」
「解放?」
冬弥は頷いた。七海の解放――しかし、まだ予知夢に彼女は関わっているし、何より笑顔の件が気に掛かった。
「ただ、その願いはまだ達成されていない……けれど、もしかすると今の予知夢を過ぎたら、少しは変わるかもしれない」
「それはどういう意味で?」
「七海も気付いていると思うけど、今回のケースはかなり特殊なんだ。ただ一連の予知夢が始まる前、かなり遠い未来を暗示した予知夢があった。だから、もしかすると予知夢に変化がある分水嶺かもしれない」
「変化、か」
理衣は小さく呟きながら、商店街を眺める。視線を宙に漂わせ、思案しながら冬弥に返答する。
「さっき可能性も見出したし……良くなるといいね」
「全くだ」
冬弥は小さく肩をすくめると、理衣と共に商店街を歩き続けた。
* * *
欲しいと思ったものは、やはり見つけたいときに見つからないものだと、今の七海は痛感していた。
住宅街の中では公衆電話が見つからなかったので、七海は駅らしき方向へ足をやったのだが、地理感覚が全く効かない状況では逆効果だった。結果、駅から遠ざかる方角へ進んだらしく、余計に見つからない。
「少し休もう……」
七海は呟きながら、休憩できる場所を探すことにした。今はもう涙は出ない。希望を見出した以上当然だった。むしろそれだけが唯一の手段であると確信し、すぐにでも冬弥に会いたかった。
しかし、ふと思う。おそらく自分はひどい顔をしている。
「顔も、できれば洗いたいかな……」
それらしい場所がないかを探す。だが少し歩いても見つからない。完全な迷子だ。
「どうしよう……」
どこかの家に駆けこんで道を尋ねるべきだろうかと考える。だがせめてひどい顔だけは洗いたい。七海は思い直して歩き出す。歩き詰めで足が相当痛かったが、構わず動かす。
周囲の景色に見覚えはなく、七海にとっては無明荒野を歩いている気分だった。空は高くなり始め、昼近いと想像できる。空腹感も生まれ始め、全身が休息を求めていた。
加えて、少しずつではあったが希望の心へ絶望が足を伸ばし始めた。果たして、希望と見出した未来に進んで、求める未来があるのかどうか。今回のように――いや、今回以上に逃げられない展開が待っているのではないか。
さらに、あれだけ冬弥の未来は理衣によって埋め尽くされていた。最早冬弥が心変わりする可能性なんてゼロに等しく、どう進んでも辛い現実しか待っていないのではないか。
考えると、止まった涙が出そうになる。七海は反射的に耐えた。大丈夫――根拠のない言葉を胸の中で呟きつつ、ひたすら歩く。
否定的な思考を、七海は必死に振り払う。だが心では理解し始めていた。現在はただ、目前に迫っている未来を自分の都合で回避しているだけ。
きっとこれからも、こうした予知夢が続くだろう。その結果行き着くのは、自分の望む世界などではなく、今回のように冬弥と、理衣の未来だけかもしれない。
「結局、私が何もしてこなかった、咎か……」
わかりきったことだった。冬弥が好きだと無自覚だった時は予知夢という存在のため、胡坐をかいていた。自覚した時には勇気が無くて、しかも手遅れだった。無知のまま自分は停滞を選び、冬弥を苦しめた。
残ったのは、惨めな自分だけ。けれど、これは自分が呼び込んだ結末だった。どんなに辛くとも、情けなくともこれが自分の現在。今回の予知夢が回避できたとしても、何の意味もないと、わかっている。
「冬弥……」
名を呼ぶと今度は涙が止められず、一筋だけ落ちた。アスファルトをほんの僅かに濡らす。どれだけ後悔しても足りなかった。どこで間違ってしまったのだろう。高校に進学し停滞を選んだ時だろうか。それとも仮面を被ることにした、中学のあの日からだろうか。
七海は袖で涙を拭い、思考をシャットアウトした。泣くのはいつだってできる。今は一刻も早く、伝えないといけない。七海はぐっと堪え、進み続ける。
あては全く無かった――やがて、視界に枯れ果てた雑木林が見えてきた。七海は気に掛かりそちらに進路を移す。辿り着いたのは石畳の道が整備され、そこへこれ以上にないくらい落ち葉が積もった、公園。
「公園……」
あの悲劇的な未来を想像した。だが、七海は即座に否定する。場所はわからないが、こんな辺鄙な場所に二人が来るはずがない。それに全く見覚えの無い入口。七海は大丈夫だと思い、公園に入った。
水道があったので、顔を洗った。限りなく冷たくて震えるほどだったが耐えた。特に目元をしっかり洗うと、ハンカチを持っていないので無造作に袖で拭った。
それから横手を見ると、公園内に自販機があった。財布を取り出し、暖かいペットボトルのお茶を購入する。それから周囲を見ると、落ち葉の積もったベンチがあった。ロクに掃除していないのが丸わかりであり、七海はなんとなく嘆息しつつ、そちらへ向かう。
適当に落ち葉を払うとベンチに座り、蓋を開けてお茶を飲んだ。熱い液体が口の中を通り、のどを潤す。そこで自分が、喉も相当乾いていたことに気付く。自覚すると、お茶が一気になくなっていく。
口を離した時、七海は自嘲的な笑みを浮かべた。
「……馬鹿みたい」
空を見上げ、ポツリと呟く。勝手に一人で飛び出して、勝手に迷って、勝手に疲労困憊になっている。この上ない一人芝居だ。
だけど、それを演じるしか自分を律する方法が無かったのだとしたら、どうしようもなかった。七海は小さく息をつくと、再度お茶を飲んだ。空は澄み渡っており、七海の感情を無視して太陽の光も降り注いでいた。そこでふと、今は何時なのだろうかと思い、公園内に時計はないか確認した。だが見える範囲では存在していない。
やがてあきらめ、これからどうしようか考えた。ひとまず適当な家でここがどの辺りか訊くべきだろうか考える。いや、それよりも人通りの多い場所に赴いて電話を探した方がいいか。
そこで――七海はあまり悠長にしてはいられないと気付く。冬弥が水曜日の選択について気付いているかどうかわからない。ならば一刻も早く伝え相談しないといけない。デートの邪魔をするのは不本意だったが、冬弥自身も未来が成就するのを防ぎたいと考えていた様子だった。きっと許してくれるだろう。
「行こうかな」
呟き、七海は残りのお茶を飲み干して立ち上がった。ペットボトルを自販機近くにあったゴミ箱に捨てた後、来た道とは真逆に進路を向ける。さすがに元来た道を戻るつもりはなかった。自分がどう来たかわからないし、人もいなかったからだ。
歩きながら周囲を見る。道は落ち葉で埋め尽くされ、唯一自販機だけが綺麗なままであった。公園中央にある噴水までも、落ち葉で埋め尽くされている。
(……噴水?)
ふいに、さして興味もなかった噴水に目をやった。どこかで見たような気がする。じっと眺め、もう一度周囲を確認する。
肌が、粟立つのを感じた。
「……ここって」
今になって、記憶から呼び起こされる。前とは情景が違い過ぎて気付かなかった。ここは――そう、ここは文化祭で買い物の時、冬弥や理衣と合流した、あの公園だった。




