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 梅雨時の雨雲は休むってことを知らない。何日経っても雨、雨、雨。いい加減うんざりである。せめてこのジメジメとした湿気だけでもどこかに消し去ってほしい。

 ため息混じりに登校。そして校門にさしかかる。そしてまた、彼女を見つけた。

 あの日見かけて以来毎日だった。朝も昼も帰りも、あの女子生徒はそこにいる。何が面白いのか知らないが、この雨の中外に突っ立っているというのは理解しがたい。

「雨女、か……」

 病的に青白い肌。おそらく校則ギリギリの長い黒髪。伸ばしているというよりは、放置していると言った方が表現として適切だろう。手入れもされず伸ばされた前髪が、表情が見えないほどに顔を覆い隠していた。なるほど、言われてみればまさに「雨女」って感じの風貌だ。

 ちゃらちゃらした髪飾りや短すぎるスカートを身につける女子が多い中、なんのアクセサリーも身につけず、スカートは膝下まであってむしろ長すぎるという位だった。しかしそれも、清楚と言うよりは、地味、もっと言えば、暗いといったイメージで……。

「……何か用?」

「あ……」

 さすがにジロジロと見過ぎたらしい。彼女は俺の視線に気づき、俺に顔を向けて声をかけてきた。この状況で無視するわけにもいかず、俺は頭を掻きながら答える。

「別に。こんな所で何してんだって思ってな」

「……私の勝手」

「まあそのとおりだが」

 前髪の向こうにある目が、冷たく俺を捉える。その雰囲気も、ミステリアスといった前向きな表現ができるものでなく、やはり、地味。暗い。呪いのビデオを彷彿とさせる。

「……昨日も、その前も、私を見ていた」

「気づいてたのか」

「……気づかないと思った?」

 消え入るようなハスキーボイス。淡々とした、平坦で冷たい機械のような言葉。見た目の雰囲気も相まって、余計に近寄りがたい。

「……貴方、誰?」

「誰だっていいだろ、別に」

「……私のこと、一方的に知っている」

「は?」

「……不公平」

「不公平って、俺だってお前のことなんか知らないっての」

 ただ毎日見ていた、いや、視界に入れていたという程度のもの。あの友人との話題に出たのだってあれっきりだ。

 だから名前だって知らない。知っていることといったら……。

「雨女ってことくらい、か……」

「…………」

「あ……」

 つい口に出してしまう。

 とりあえず謝ろうとするが、彼女は全く意にも介していない様子でふいっと目を背けた。

「……いい。私は雨女」

「自分で言うのかよ」

「……事実」

「あっそう……」

 自他共に認める雨女ってわけか。なるほど、鬱屈。

「んで、お前はこんな所で何してんだよ、雨女さん?」

「……私の勝手」

 さっきの答えそのままだった。

「物好きだねぇ、こんな雨の中……。あるいはあれか、雨女は雨なんて慣れっこってか?」

「…………」

 一瞬、向けられた彼女の視線が厳しくなった気がした。どうやら雨女だからって雨が好きってわけじゃないらしい。

 それならそれでそんなジメジメしてんのはやめろ、と言いたいところだが。ただでさえ雨でジメジメしてんのに、人までジメジメしてたらイライラしておかしくなりそうだ。

 なんて思っていると、彼女はやはり気にしていない、あるいは興味ないといった様子で、再び目を背ける。そして不意に、口を開いた。

「……この時期だけは、救われる」

 雨音に消えそうな声。辛うじて聞こえた単語は。

「救われる?」

「……なんでもない」

「あ……」

 彼女は俺に背を向けると、俺より先に校舎に入っていってしまった。

 救われる……。この時期だけは毎日雨が降ってて、雨女だからどうとか気にしなくて済むってことか?

「……まあ、どうでもいいか」

 雨の中随分と外に長居してしまった。

 俺は、わざとあの女子生徒と距離を置けるよう時間を置いてから、昇降口へ向かう。そしてまたいつものように、早く梅雨が明けないかなとか思いながら、暗鬱な一日を始めた。




 昼休みになると、彼女はいつものようにあの場所へ出ていく。俺はまたそんな彼女をぼーっと見つめていた。

「救われる……か」

 あんなわけのわからない言葉を聞いてしまったためか、今まで以上に彼女のことを気にかけてしまっていることに気付く。

 自他共に認める雨女。あまりにもそのあだ名に似合いすぎる外見。今まではちっとも気にしなかったところまで、なんでもかんでも気になってくる。

「……お前、やっぱりあの子のこと好きだろ」

「それはない」

「そんな情熱的かつ卑猥な視線で見つめてんなって。ストーカーっていうんだぜそういうの……痛っ!」

 ひっぱたいて黙らせる。

「……なんか叩く力が前より強い気がするぞ」

「気のせいだ」

「なあ、やっぱなんか違くね?」

「何が」

「今日のお前の雰囲気。今までの感じとちょっと……ハッ! もしかしてあの子と何か進展が!?」

「黙れ!」

「ぎゃーす! さ、最高威力更新!」

 殴られた瞬間意味不明なことを口走りながら机に倒れこむ彼をスルーし、視線を全く別のところへ向け……ようとして、やっぱり彼女の方へ戻っていく。

 一体あいつはあんな所で何をして……。

「あ……」

 と、不本意ながら友人の言う通り今までとは違う(決してストーカー的な意味でなく)目で彼女を見ていると、その近くにあったものに気づいた。朝は気づかなかったが、こうして距離をおいたことで視界に入ってくる。

「花壇……か?」

 ただぼーっとしているように見えていたが、その真っ直ぐな視線の先には小さな花壇があった。近くで見ているとかならまだわかりやすいものを、距離を置いて眺めているものだからそうと気づけなかったようだ。

「何の花だ、あれ……」

 遠くてよくわからない。何か青い花らしいが。

「あれを見ていたのか。わざわざ雨の中、ずっと……」

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