私と先輩
放課後、神谷紫織は美術部で絵を描いていた。
今、この部室には彼女以外誰もいない。
「あ~疲れた…って、6時じゃん!!帰らなきゃ」
紫織は片付けを始めた。
キャンバスを棚に戻すとき、一冊のスケッチブックが彼女の目に留まる。
「これ、潮崎先輩の…」
潮崎―潮崎直哉―とは紫織の一学年上の先輩である。
彼はデッサン力に優れていて、紫織の憧れでもあった。
「やっぱり凄いなぁ」
暫くの間、紫織はそのデッサン画を見つめていた。
「そんなに俺の絵興味ある?」
「え…あ、潮崎先輩!?」
紫織が振り返ると、そこには帰ったはずの潮崎がいた。
「あの、これは~その…ごめんなさい!!」
「別にいいよ、気に入ってくれたなら嬉しいし」
潮崎はにっこりと笑った。
「そういえば先輩、帰ったんじゃ無いんですか?」
「あぁ、ちょっと忘れ物してさ」
潮崎は手に持っていた袋を見せた。
「そうだ。神谷、一緒に帰ろうぜ、同じ電車だろ」
「はい」
2人が玄関を出ると、雨が降っていた。
「わ~降ってる、朝は晴れてたのにな」
「そうですね。私、傘持ってないです…」
「俺も、仕方ない、駅まで走るか…行くぞ!!」
「え…ちょっと、待っ…」
潮崎は紫織の手を掴むと雨の中を走りだした。
雨は冷たかったが、紫織は繋がれた手に温かさを感じていた。
駅に着き、2人は改札を潜った。
ホームには、人の姿は見えない。
「もう、先輩、いきなり、走らないで、下さいよ…」
紫織は息を切らしながら抗議した。
だが、潮崎は平気そうに笑っている。
「悪い、悪い、大丈夫か」
「大丈夫ですけど…くしゅん…」
紫織は小さくくしゃみをした。雨にうたれ寒くなったようだ。
「寒いのか…よし、それ!」
「わっ、何するんですかっ」
「押しくら饅頭だ、温かくなるだろ」
潮崎は紫織に体を押し付けた。
「先輩、もっと温かくなる方法ありますよ…」
「何だ?」
「こうです!」
紫織は思いきって潮崎に抱きつく。
「先輩、好きです!!付き合って下さい」
「神谷…うん、ありがとう」
潮崎も紫織を強く抱いて応えた。




