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SF

仮想空間で暮らす君とともに

作者: ヴァン・ロール
掲載日:2026/09/11

『エターナル・ワールド』が発売されてから、三か月が経っていた。


 フルダイブ型VRMMORPG。


 専用のヘッドギアを装着して横になれば、意識だけがゲームの世界へと入り込むことができる。


 剣を握れば、まるで本物の剣を手にしているような重みと感触があり、草原を歩けば頬を撫でる爽やかな風を感じ、街へ足を運べば、焼きたてのパンの香ばしい匂いまで漂ってくる。


 世界中のプレイヤーが同じ世界に集まり、冒険者となってモンスターを倒し、ダンジョンを攻略し、さまざまなクエストをこなしていく。


 俺──佐倉さくら悠真ゆうまもまた、この世界でそれなりの冒険者になっていた。


「レベル四十八か……」


 ランキング上位に名を連ねるような廃人プレイヤーには遠く及ばないが、一般的なプレイヤーの中では、まあまあ強いほうだろう。


「今日もクエストを一つ終わらせたら、ログアウトするか」


 そう呟いた、そのときだった。


「……ねえ」


 背後から、突然声がした。


「ん?」


 振り返る。


 そこに、一人の少女が立っていた。

 銀色の髪に、白いローブ。

 右手には一本の杖を持っていて、見た目は十六、七歳くらいに見える。


 少女はじっと俺を見つめていた。


「私を、連れていってくれない?」


「……え?」


「冒険に」


 あまりにも唐突な申し出に、俺は思わず目を瞬かせた。


「君、プレイヤー?」


「違うよ」


 少女は小さく笑った。


「私は、この世界に住む者。ノン・プレイヤー・キャラクターよ」


「……NPCってこと?」


 このゲームには、NPCを仲間として連れて歩けるシステムが存在する。


 他のプレイヤーとの交流を好まない人や、自分のペースで冒険を楽しみたいプレイヤーのために用意されたシステムで、街の酒場や冒険者ギルドなどで出会ったNPCに一定の条件を満たして話しかければ、仲間としてパーティーに加えることができる。


 ただし──


「変わったNPCだな」


 普通のNPCなら、こんな場所に一人で立っていることはない。それに、NPCのほうからプレイヤーへ話しかけてくるなんて聞いたこともなかった。


「名前は?」


「ソニアよ」


「ソニア……か」


「うん」


 俺は少し考えた。


 一人でのプレイにも、そろそろ限界を感じ始めていた。


 他のプレイヤーとパーティーを組めば効率は上がる。しかし、それには相手の都合やペースにも合わせなければならず、気軽に遊びたい俺にとっては、少々面倒でもあった。


 その点、NPCなら気を遣う必要がない。俺の好きなタイミングでクエストを受け、俺の好きなペースで冒険できる。


「……まあ、いいか」


 そう考えた俺は、少女に手を差し出した。


「俺はユーマ。よろしくな、ソニア」


「うん!」


 ソニアは嬉しそうに笑い、その手を取った。


 それが、俺とソニアの出会いだった。



 最初の頃は、ただの便利な仲間だと思っていた。


 俺が前衛に立ってモンスターを引きつけ、その隙にソニアが魔法を撃つ。俺がダメージを受けて危なくなれば、すぐさま回復魔法を使ってくれる。


 NPCとして、ソニアはかなり優秀だった。


 特に便利だったのが、彼女だけが持っている特殊スキル《神の啓示》だ。


 このスキルを使うと、通常では発見できない隠しアイテムの存在を感知できたり、クエストを最短で攻略するための道筋を知ることができたりする。


 攻略サイトにも載っていない、俺だけのとっておきのNPC。


 俺はソニアを連れて高難易度のクエストへ挑むようになり、気がつけば一人の頃よりも、ずっと速いペースでレベルが上がっていた。


 けれども、ソニアと一緒に過ごす時間が長くなるにつれて、俺は少しずつ彼女に違和感を覚えるようになった。


 焼きたてのパンを食べれば「美味しい」と微笑み、雨が降れば嫌そうな顔をする。

 モンスターとの戦闘で俺が怪我をすれば、本気で心配そうな顔をするし、俺がくだらない冗談を言えば声を上げて笑う。


 そんな時間を積み重ねるうちに、俺はいつしか、ソニアを単なるNPCとして見られなくなっていた。


 彼女と一緒にいることが楽しい。

 ソニアに会えることが楽しみになっていった。

 ゲームをするというより、ソニアに会うためにログインしている感覚すらあった。


 ある日。


 いつものようにログアウトしようとしていると、ソニアが俺の顔をじっと見つめてきた。


「もう、帰るの?」


「ああ。明日も仕事だからな」


「……明日も来る?」


 その声は、いつもより少しだけ小さかった。


「もちろん」


「約束?」


「ああ、約束だ」


 俺は笑って答えた。


「必ず、明日も来る」


「……うん」


 すると、ソニアは安心したように微笑む。

 その笑顔を見て、俺も自然と笑みを返した。



 翌日。


「バカヤロー!! お前、三年目にもなって何をやってんだ!!」


 オフィスに、上司の怒号が響き渡った。


「す、すみません!」


 俺が取引先へ提出した資料に、大量のデータミスが見つかったのだ。


「すみませんじゃない! 今日中に全部修正して、明日の朝には先方へ提出できる状態にしろ!」


「今日中ですか……?」


 時計を見る。

 時刻は、すでに十六時を過ぎている。


 資料には膨大な量のデータがあり、一つ一つ確認して修正していかなければならない。どう考えても数時間では終わらない作業。下手をすれば終電にすら間に合わないだろう。


「当たり前だろ! 自分の仕事には責任を持て!」


「……はい」


 反論できる状況ではなかった。

 俺は自分の席へ戻ると、パソコンの画面を開き直した。


 今日は会社に泊まることになりそうだ。


 深いため息を吐きながら、俺は心の中でソニアに謝った。


 ソニア、ごめん。

 今日はログインできそうにない。


 でも、ゲームの世界なら時間は進まない。明日ログインすれば、昨日ログアウトしたところから始まる。


 明日、仕事を終わらせて、急いでログインしよう。

 ソニアには時間の経過は分からない……。でも、ちゃんと謝らなければ。



 異変が起きたのは、翌日、ログインしたときだった。


「ログアウトがない……?」


 何度メニューを開いても、ログアウトの項目だけが表示されない。


「不具合か?」


 再起動もできない。ヘッドギアを外そうとしても、身体が動かなかった。


 嫌な汗が流れる。


「どうしたの……?」


 振り返ると、ソニアが立っていた。


「ソニア……。ログアウトできなくなったんだ。何か知らないか?」


 ソニアは一瞬、ニヤリと笑った。


「え……?」


 だが、すぐにいつもの笑顔に戻る。


「もしかしたら、バグかもしれないね。《神の啓示》で調べてみるよ」


「……ああ。頼む」


 気のせい……か?


 俺はそう思うことにした。


「ユーマ、分かったよ。ここから東にある洞窟に、バグを起こしている根源が()()


「いる……? モンスターってことか?」


「そう。東の洞窟には、強いモンスターはいないはず……だけど、強い悪の気配を感じる。通常の『エターナル・ワールド』では存在しないモンスターが、洞窟の奥にいるみたい」


「分かった……。東の洞窟へ向かおう!」


 東の洞窟に出現するのは、低レベルのモンスターばかり。そのため、最深部までたどり着くのは難しくなかった。

 しかし、最深部で待ち構えていたモンスターは、これまでとは桁違いの強さだった。


「くっ……強い……!」


 激しい攻防が続き、戦闘は長時間に及んだ。


「ソニア! 回復を頼む!」


 俺が叫ぶ。だが、返事がない。


「……ソニア?」


 モンスターから目を離すことができず、もう一度呼びかける。


「ソニア!」


 その瞬間だった。


 グサッ!


「がっ……!」


 背中に鋭い痛みが走った。

 力が抜け、俺はその場に倒れ込む。


「な……に……?」


 必死に顔を上げた俺の目に映ったのは──


 血に濡れたナイフを握る、ソニアの姿だった。


「な……ん……で……」


 俺はその言葉を最後に、意識を失った。



 目が覚めると、俺はベッドの上にいた。

 しかし、現実の俺の部屋ではない。

 壁も、床も、天井も、何もかもが白一色の部屋だった。


「ここは……一体……?」


「起きた?」


 声が聞こえた。


「ソニア!」


 俺は飛び起き、身構える。


「そんなに警戒しないで……」


 ソニアは悲しそうに微笑んでいた。


「なぜ……俺を刺した?」


 俺はソニアを睨みつける。


「ごめんなさい……。でも、あなたを救いたかったの」


「俺を……救う?」


「そう……」


 ソニアは俯き、静かに言葉を続けた。


「あなたはいつも、辛そうな顔でログインしてきた。だから……私は、あなたをそんな顔にさせる現実世界が嫌いだったの」


「……」


「そんなに辛い場所なら、もう戻らなくていい。ユーマにはずっと、この世界にいてほしい。私のそばにいてほしい……」


 その言葉を聞いて、俺は何も言えなかった。


 確かに、現実では嫌なことばかりだった。


 仕事で失敗すれば上司に怒鳴られ、毎日同じような日々を繰り返す。ソニアと出会う前の俺が、このゲームにのめり込んだのだって、現実から逃げたかったからだ。


「プレイヤーとしてのあなたは、もう死んだの……」


 ソニアが静かに告げる。


「今のあなたは、私と同じNPC」


「俺が……NPC?」


「そう。だから、もう現実世界に戻る必要はないよ。ログアウトも、できないの」


「……そうか」


 ショックだった。


 もう二度と現実には戻れない。

 そう考えれば、恐ろしいはず。


 でも──

 どこか安堵している自分がいた。


 辛い現実に戻らなくていい。

 この世界で生きていけばいい。

 ソニアと一緒に、ずっと、この世界で。


「……そっか」


 俺は小さく呟き、ほんの少しだけ笑う。


「ここに……ソニアのそばにいるよ。ずっと……」


 その言葉を聞いた瞬間、ソニアが俺に抱きついてきた。


「ほんと? ずっと、ずっと一緒だよ……」


「ああ……ずっと一緒にいる……」


 ソニアの身体を抱きしめる。


 もう現実に戻ることはできない。

 しかし、不思議と後悔はない。


 俺にはソニアがいる。

 この世界で、彼女と一緒に生きていけばいい。








 このとき俺は知らなかった。


 ソニアが、この世界のバグであるということを──。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
短いお話の中で、何度も気持ちが揺さぶられました。ラストの一行に、思わず納得。……やはり、そうですよね。
ゲーム用語のようなものもバンバン出ていてカッコ良かったです! (*゜▽゜*) ソニアの存在が何だか大きく感じられていましたが、ラストはやはり……という。そう言う部分も納得でした。 現実が厳しくて逃げて…
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