093⚫️逆境を穿つ執念:野口英世が示したレジリエンスの力
おまイの しせにわ みなたまけました
わたくしもよろこんでをりまする
なかたのかんのんさまに さまにねん よこもりを いたしました
べん京なぼでも きりかない
いぼし ほわこまりをりますか
おまいか きたならば もしわけかてきましよ
はるになるト みなほかいドにいてしまいます
わたしも こころぼそくありまする
ドかはやくきてくだされ
かねを もろた こトたれにもきかせません
それをきかせるトみなのまれて しまいます
はやくきてくたされ はやくきてくたされ
はやくきてくたされ はやくきてくたされ
いしよのたのみて ありまする
にしさむいてわ おかみ
ひかしさむいてわおかみ しております
きたさむいてわおかみおります
みなみたむいてわおかんておりまする
ついたちにわしをたちをしております
ゐ少さまに ついたちにわおかんてもろておりまする
なにおわすれても これわすれません
さしんおみるト いただいておりまする
はやくきてくたされ
いつくるトおせてくたされ
これのへんちちまちてをりまする
ねてもねむられません
「恵まれた家庭」が圧倒的な優位性を持つ現代において、過酷な格差の壁を打ち破る唯一の武器がレジリエンスである。日本におけるその象徴的人物が、細菌学者・野口英世である。
極貧の農家に生まれ、幼少期に左手に大火傷を負って障害を持つという、社会的・身体的に最悪のブレーキを踏まれた彼のスタートラインは絶望的であった。しかし、彼は「変えられない境遇」を嘆くのではなく、「学問で生きる」という、自らコントロールできる行動に全てのエネルギーを注ぎ込んだ。
この命がけの執念を突き動かしたのは、間違いなく母親の無条件の愛であり、彼の進学を支えた恩師ら周囲のサポーターたちである。彼女ら彼らの存在が強力な「心の安全基地」となり、英世は行く道を阻む経済的な壁を次々と乗り越えていった。
野口シカの手紙(現代語訳) (公益財団法人 野口英世記念会 所蔵より引用)
お前の出世には、皆たまげました。
わたくしも喜んでをりまする。
中田の観音様に、毎年、夜籠りをいたしました。
(読み書きなどの)勉強なんぼでも切りがない。
烏帽子(近所の地名。ここは村からの金の催促のこと)には困りをりますが、
お前が来たならば、申し訳ができましょう。
春になると、みな北海道に行つてしまひます。
わたしも、心細くありまする。
どうか早く来てくだされ。
金を貰うたこと、誰にも聞かせません。
それを聞かせるとみな飲まれて(噂されて)しまいます。
早く来てくだされ。早く来てくだされ。
早く来てくだされ。早く来てくだされ。
一生の頼みでありまする。
西さ向いては拝み、
東さ向いては拝みしてをります。
北さ向いては拝みをります。
南さ向いては拝んでをりまする。
一日には、(願をかけて)塩断ちをしてをります。
栄昌様(隣家の修験者)に一日には拝んでもろてをりまする。
なにを忘れても、これ忘れません。
写真を見ると、戴いて(拝んで)おりまする。
早く来てくだされ。
いつ来ると教へてくだされ。
これの返事待ちてをりまする。
寝ても眠られません。
1915年9月5日、英世はアメリカに渡ってから15年ぶりに日本の土を踏み、母と再会した。
レジリエンスとは、 与えられた運命の軛を、自らの手で解き放つ力である。
わたしたちが今いる世界線は、 数えきれない“英世”たちの努力と、それを支えた“シカ”たちの祈りが積み重なった結果で出来ている。
そして── あなたも、そのひとりなのかもしれない。
スティーブ・ジャブズのようにね。




