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解放的           :約2000文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/06/18

 ――ひっ!

 ――きゃあ!


 男は青く澄んだ空を見上げ、ゆっくりと息を吐いた。

 時折、不安に駆られて故郷へ帰りたくなることがあった。胸の奥に根を張る寂しさや焦燥、肌をざらつかせる不快感。それらは長い間、男の心をじくじくと蝕んでいた。

 だが今、その靄はすっかり晴れていた。

 視界をねっとりと覆っていた曇りが消え去り、世界が一気に開けたように感じた。胸の奥は澄んだ空気で満ち、自然と口角が上がる。足取りは軽く、体が宙に浮き上ってしまいそうだった。おお、なんたる解放感……!


 ――なに、あれ……?

 ――うわっ、でっか……。


 風が吹くと男は目を閉じ、両手と両足を大きく広げて全身で受け止めた。

 素肌を撫でる風は驚くほど柔らかく、思わず長く息を吐いた。どこからともなく運ばれてくる花の香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。以前の自分なら何とも思わなかっただろう。だが、今は素直に褒められる。豊かで甘く、優しい香りだ。素晴らしくて愛おしい。


 ――なんなの……。

 ――目を合わせちゃだめだ……。


 窮屈なスーツを脱ぎ捨て、全身で風と陽光を浴びる――ただそれだけのことなのに、こんなにも気持ちがいいのか!

 男は笑った。声を上げて笑った。だが意識して出たわけではない。胸の奥から自然と込み上げてきて、笑わずにはいられなかったのだ。


「ねー、おじさん」


「ん?」


 と、そこへ一人の子供がとてとてと駆け寄ってきた。無邪気な瞳をきらきらと輝かせ、男を真正面から見上げた。


「そのぶら下がってる大きいの、なにー?」


 子供は指を差した。まだ幼いためうまく指が伸びないのか、その指先はわずかに下を向いている。男のソレと同じように、ぺこりと頭を下げて挨拶しているかのようであった。


「これかい? これに興味があるのかい?」


「うんー」


「そうかあ……。じゃあ、触ってみるかい?」


 男はしゃがみ込み、子供の目線に合わせるようにソレを近づけた。長く太いソレは、ぶるんと揺れた。子供が「わあ」と目を丸くし、小さな手を伸ばした――そのときだった。慌ただしい足音が近づいてきた。


「すみません、すみませんっ! ほら、行くよ!」


 母親らしき女が飛び込むように駆け寄ってきた。青ざめた顔で子供を強く抱き寄せ、男から引き離した。

 その様子を見て男はふっと笑い、ゆっくりと立ち上がった。


「ああ、別にいいんですよ。それに……」


 男は口角を上げ、女を見つめた。


「あなたもこれが気になっていたんじゃないですか?」


 そう言って男は、ぶらんとソレを揺らしてみせた。先ほどよりもゆっくりと、その存在感を誇示するような動きであった。


「い、いえ、そんな……」


「ねえ、奥さん。気になるんでしょう? 奥さん……」


「だ、大丈夫ですから……!」


 母親は子供の視界を塞ぐように覆いかぶさり、じりじりと後ずさった。


「みなさんも!」


 男は突然両手を大きく広げ、周囲を見渡した。


「さっきからチラチラ私を見ていましたよねえ。ほら、遠慮なさらず。どうぞこちらへ来てください。触らせてあげますよ。ほら、ほらあ」


 男のソレはむくむくと膨らんでいった。やがてぴんと伸びて直立し、先端がまっすぐ天を指した。

 その場にいた者たちは思わず息を呑み、「おお……」と小さく声を漏らした。だが、誰一人として近づこうとはせず、引きつった笑みを浮かべたまま距離を取っていく。


 ――なんであんなのがここにいるんだよ。

 ――おい、よせよ。差別はまずいぞ。


 男はふっと息を吐き、やれやれと肩をすくめた。そして自らのソレを慈しむように撫でた。するとソレはビクンと震え、左右へゆらゆらと揺れた。


 ――き、気持ち悪いんだよ! こっち見てんじゃねえよ!

 ――おい、よさないか。あっ……。


 ――あ。いや、今のは違うんだ。ああ、頼む、やめてくれ!


 男は軽く伸びをした。肩を回し、鼻から大きく息を吐くと再び歩き始めた。

 頭上の空はゆっくりと青から黄金色へと色を移し始めていた。足元に広がる白い雲の道は柔らかく、それでいてわずかに弾力を帯びている。遠くでは泉の水面が陽光を受けて淡く輝き、咲き乱れる花々は風に揺れて甘い香りを振りまいていた。

 どこからか澄んだ歌声が聞こえてきた。

 天使たちだ。白い翼をはためかせながら空を舞い、男のすぐそばを通り過ぎていく。そして先ほど声を荒げた住人の腕をそっと掴むと、穏やかな笑みを浮かべたままどこかへ連れていった。


 そこは天国。暴力も差別も存在しない平和な世界。地球で生を終えた者たちが安らかに過ごせる場所――。


「……それにしても、我が星で語られてきた死後の世界とはずいぶん違うなあ。……まあ、いいか」


 地球に潜伏中、不慮の事故によって命を落とした異星人。彼の額から伸びる大きな触角は、長らく押し込められていた擬態スーツから解放された喜びに、ビクンビクンと打ち震えていた。

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