喜びを失った物の怪共
夜の部屋で、スマホの光だけがやけに冷たく感じられた。
画面には「ガソリン安くなった、助かる」という投稿がいくつも流れてくる。
それはただの小さな生活の明るいニュースのはずだった。
けれど、その下には必ず同じような影がついていた。
「どうせ選挙前のパフォーマンス」
「もっと早くやれよ」
「昔はもっと安かった」
まるで、喜びを潰すことが義務であるかのような言葉たち。
生活が少しでも軽くなるなら、それだけでいいじゃないか。
そう思うだけで、自分が少数派になってしまったような感覚が胸に張り付いた。
画面をスクロールする指先が、だんだんと重くなる。
ひとつひとつの否定を見るたび、胸の奥がざらついた。
他人の喜びすら踏みにじらないと落ち着けない人間が、こんなにも多かっただろうか。
ガソリンが高いときは怒り、安くなればまた怒る。
何をしても怒るための理由を探しにいく。
そんな生き方をして何が残るんだろう。
政治に詳しいわけでも、誰かを庇いたいわけでもない。
ただ、良いことを見たときには素直に「よかった」と言える世界であってほしかった。
喜んでいる人の横で、わざわざ泥を投げる必要なんてどこにもない。
なのに、どういうわけか、今の世界には泥を投げる手のほうが多い気がする。
気づけばため息が漏れていた。
静かな部屋でその音だけが響いた。
誰かが褒めたことを、全力で否定してねじ伏せようとする空気が、日に日に濃くなっている。
怒りを手放したら自分の価値が消えるとでも思っているかのように、みんな必死に何かを叩き続けている。
怒ってさえいれば、自分のほうが正しいと錯覚できるのかもしれない。
スマホを伏せると、部屋は一気に暗く静かになった。
その静けさが、胸のざわつきを余計に際立たせた。
なんでこんなに気持ち悪く感じるんだろう。
考えれば考えるほど、心にこびりついた何かが取れなくなる。
いや、取れないのではなく、ずっと貼り付いていたことに初めて気づいたのかもしれない。
怒りの言葉ばかりを浴び続けているうちに、世界そのものが濁って見えるようになってしまったのだ。
窓の隙間から風が入り、部屋の空気をほんの少しだけ揺らした。
そのひんやりした感触は、スマホの光よりもずっと優しかった。
もし世界が、もう少しだけ素直だったら。
もし人が、良いことを見た時にすぐ疑わず、「よかったね」と言えたなら。
どれほど生きやすいだろう。
そんな願いがふっと浮かぶ。
けれど願いは願いでしかなくて、世界は変わらない。
分かっている。
それでも、願わずにはいられない。
机の上に置かれたスマホは沈黙したままだった。
闇の中で耳鳴りだけが続き、その奥で、怒りの言葉に染められた世界への嫌悪感がじわりと残っている。
「……ほんと、気持ち悪いな」
そのひとことは、誰に聞かせたものでもなかった。
ただ夜に溶けていき、残るのは胸の重さだけだった。




