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罪滅星  作者: 赤喜瞳
1/1

the world end

季節は春。桜が舞う頃。

2年F組は土埃が舞う空の下、学園、通称『箱庭』のグラウンドにいた。


クラス内の男子のサッカーの試合。

一人の少年がシュートの構えをとる。

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

怒号と共に、ボールは勢いよくゴールネットに吸い込まれようとする、が。

「…はっ。そんな魂の篭ってない球なんて俺には届かねぇよ」

ゴールキーパー、空山彼方がボールをいとも簡単に受け止める。

言うことがいちいち格好いい彼だが、

「え、ちょっ…今さ、『魂』と『球』ってかけてみたんだけど」

一言が余計だったりする。

彼方はボールを蹴る。高く遠く飛んだボールが、一人の長髪の少年のもとへ。名を鏡蓮という。

「……………」

感触を確かめるように2、3度リフティングして、一言。

「…………いくか」

ボールを奪おうと近づいてきたクラスメイト2人を一瞬で抜く。

小細工なしの純粋なスピードで、だ。

抜いたあともボールに群がる相手チーム数人。小さなフェイントをいれたり、緩急をつけたり。その美技に敵味方関係なく、外野の女子までもが魅了された。蓮はいともたやすくディフェンスの壁を破ったのだ。

そしてゴール前にはあと一人。ゴールキーパー、空山彼方との1対1。その決着を2年F組全員が見届けようとして――ゴールキーパーに近づく影があった。

「死ねぇぇぇぇぇ!」先ほどシュートを打った、二次要がゴールキーパーにスライディングしていた。


「……………」

空気が凍った。


ルールのおさらいをしよう。

スライディングはボールをとるための行為である。

ボールを持っていない、しかもゴールキーパーにするということはつまり―――


「レッドカード」

体育の教師が要に宣言していた。

「え? なんで? え?」

首根っこをつかまれ、引きずられながらも困惑する要。

「だってさ? 渾身のシュート止められたし? 機会伺ってたんだよねー」

はっはっ、と笑いながら要は退場した。


「…暑い…」そんな様子を―――俺こと、遠見望はグラウンドの隅の、木陰から見ていた。

こんな暑いのによくやるなぁ――は思った。

グラウンドに目をやる。


ゴールキーパー、空山彼方。

短髪の彼はクラス委員(男)で、クラスの明るいムードメーカーといったところだ。

彼は運動に長けている。経験者でもないのにシュートを止めたり。集中力と反射神経がずば抜けてすごい。

部活には所属していないが、幼い頃から格闘技を嗜んでいる。(ちなみに、中学2年までは俺も同じ道場で切磋琢磨していた。)

ぱっと見そうは見えないが、脱げばすごい。…なんか言い方があれだな…。


フォワード、鏡蓮。

長髪の彼は蒼白長身。読んで字の如く、肌が白く、背が高い。何より細い。

俺と同じ身長で10kgくらい体重に差がある。それはつまり170㎝後半の身長で50kgと少しといったところ。そこらへんの女子より細いんじゃないかってくらい細い。

今までにたくさんのスポーツを経験したらしく、

その内訳は、

バドミントン、スケート、テニス、ラグビー…

そして今はサッカー部。

周りに期待されるような才能の持ち主だ。

それを聞いたら先ほどのドリブルの技術も頷けるだろう。


レッドカード、二次要。

天然というか馬鹿というか、天然の馬鹿である。

背は低め。黙ってれば『可愛い』とか言われてもおかしくない顔立ち。要するに童顔。

女子が好きで女子にうるさい。以前、蓮に彼女ができたと噂が浮上した時、まっ先に皆に広めたのがこいつだった。(彼女と思われたのは蓮の妹だった。)

先にも言ったが、天然故に裏表がないやつなので、だからこそ男女問わずに好かれるのだと俺は思う。


不意に。

足音が聞こえた。

気がつくと女子2人が近づいてきていた。


「見ないと思ったらこんなとこにいたんだー? サボり魔っ。チクってやる」

悪戯に微笑む彼女、青海つばめ。

髪型はウルフベースのアシメ。女子にしては結構短い。

色はお世辞にも黒とは言えないが、本人曰く『染めてない』とのこと。クラス委員(女)。表情が豊かで見ていて飽きない。気の強い方で、目つきは悪くないけどつり目気味。睨まれると結構怖い。

俺としては男友達って感じがする。


「のんちゃん運動できるのにねー。すごくすごくもったいないよ?」

つばめの女房役、綾戸志緒。

たれ目が特徴的で見た目控えめな感じの女の子。おしとやかという言葉がよく似合う。

女子の中でも髪は長い方。腰に届くくらい。前髪は目の上あたりまで伸びていて、向かって右側はピンでとめられている。

あと『のんちゃん』というのは俺のあだ名だ。何故だかわからないがうちのクラスの女子は男子をあだ名で呼ぶ傾向がある。


ちなみに。

さっきから何故髪について執拗に触れるのかというと、俺は極端な髪フェチなのだ。男子の髪にも注目するあたり危ない気もするが…。個人的に志緒の髪がすごい好き。

すごく、綺麗だ。

…一応主人公なので。そこ、引かないよーに。


「なんでサッカーやんないの?」

「暑いからさ」

「ふーん」

「てかお前らもサボりじゃねぇかよ」

「あたしらはいいの。モーマンタイ」

体育の授業でやる種目は基本決まっていない。多数決でその時間ごとにやる種目が変わる。

女子は女子で自由にやってるみたいだ。

「よっこいしょ」

つばめが隣に座る。

「ばぁさんみたいだな」

「…くらえっ」

グラウンドの土を投げてきやがった。

「うわっ。目に入るっ」

必死に避ける。

「土を投げちゃダメだよつばめちゃん」

志緒は薫に注意を促す。

「そーだそーだ」

俺はそれにのっかる。

「野球部さんがグラウンドならさなきゃいけなくなっちゃうよ」

「…あ、心配するとこそこなんだ…」

ずれてますよ志緒さん、と言いながらもつばめから逃げる。


結局、体育の授業をサボっていた俺はつばめとの鬼ごっこでその体力を消費してしまったのだった。


体育が終わったあとの教室。

男子だけが着替える光景。

「うぅ。この世の縮図だ…」

要はそんなことを口からこぼす。

それを近くで聞いた彼方は上半身裸のまま、

「見よ、この肉体美(ムキッ)

要に向けて最高の笑顔で応えた。

「うがぁ! 汚いっ! 目が腐るぅっ!」

目を押さえて要はうめく。オーバーリアクションにもほどがある。

「あれ。そういえば望いなかったよな? サボり?」

要を無視して彼方は疑問を口にする。

いなかった割には俺は汗をかいていて、彼方はそれを不振に思っているみたいだ。

説明するのも面倒なので黙っていたら、男子の一人がその現場を見ていたのか、女子と砂かけあってた、と言った。

「砂かけあってた!? それはつまり浜辺のカップル的な!?」

女子と聞いて要が生き返る。

「浜辺でかけあうのは水だと思うが…」

言って、授業を思い返す。ていうか一方的にかけられただけだ。帰ったらシャワー浴びなきゃ…。今日ラストの授業でよかった、なんて考えてると、

「問答無用!」

要は後ろから俺の首に手を回してきた。

「うわっちょ…やめろって!」

必死に振りほどこうとするが、要は一向に離れない。

「うるさいうるさい! 勝手に彼女つくったら絶交だからな!」

つくるなら俺を通してからな、と理不尽な要求をしてきやがった。

お前俺のなんなんだよ…。


そんなこんなで帰りのホームルーム。

2年F組担任の伊織先生が、階段の踊り場の窓ガラスが割れているので不用意に近づかないこと、臨時講師が来ること、留学生のホームステイの為に家に泊めてもいいといった生徒がいたら申し出ること、などといった連絡事項を伝える。

「――といったところかしらね…。なにか質問ある人」

「先生いくつですかぁ?」

「死になさい」

間髪入れずに聞かれた質問に間髪入れずに答える伊織先生。清々しいくらい素敵だとクラスの皆は思った。(ちなみに質問したのは要。本能で行動するのが彼である)

ふと空席の机を見つけた。

「あれ…。蓮がいねぇ」

独り言だったが伊織先生は聞こえたらしく、

「病院に行くと言って先に帰りました」と言った。

蓮は寡黙だ。無口キャラである。口数が少ないので、いないことに今言われて気づいた人も少なくないだろう。

「言い忘れてましたが、増築の工事は今週末に終わるそうです。それまでは近寄らないように」

今、この学園では工事が行われている。なんでも、宿泊施設をつくっているそうだ。勉強合宿とか、そんな感じの行事が行われるのだろう。専らそんな噂だ。

入学して1年が経つが、工事をしていない時期がないくらい、学園はその規模を広げていた。


放課後の教室。

部活に所属していない俺にとって、一人窓の外を眺めることは日課となっていた。

「…今日もまたいるんだ?」

声をかけられて初めて気づいた。

いつの間にかつばめが教室に入ってきていた。

「…ん。すぐ学校から出ると人が多いからな…」

人ごみが嫌いなんだ、とつけ加えた。その為に俺は時間を潰すのだった。

「砂、かけたこと怒ってる?」

少し気まずそうにつばめは顔を歪める。

「…は。がらにもない。そんなこといちいち気にするやつだったか、お前?」

豪快に笑い飛ばす。そんなこと、俺は気にも留めてなかった。

「なっ…笑うことないでしょう? 心配してるのに…。ひどいっ」

つばめは恥ずかしげにそっぽを向く。

その仕種を見て、アニメかなんかでありそうだな、と感じた。特にアニメは見ないけど。


「ねぇ…望」

つばめは少し俯き加減に言葉を紡ぐ。そういった調子で話す時は何か重要な話であることを俺は知っていた。

そして、つばめの頬が赤に染まっていたことに、夕焼けのせいで俺は気づかない。

「あのね…その…」

「なに?」

「星をね………一緒に…」

「あ?」

聞こえない。

「…あぁもう! バカ!」

つばめは走って教室から出ていってしまった。

「バカって…俺なんか言ったっけ?」

去り際のつばめの台詞。それは自分に対してではなく、つばめが自身に言った言葉だということに、決して気づかない俺だった。


彼らが通う、学園。通称『箱庭』と呼ばれるそこには、いろいろと特殊な面がある。


1つ目。

敷地面積の広さ。

数年前にできたばかりで、校舎は真新しい。それに加えて増築による増築。

野球用グラウンド、サッカー用グラウンド、体育館だけで3つ、トレーニング用マシンが2階分、剣道場や柔道場、弓道場などの格技場、といった施設が学園内にある。

望たちが入学してから約1年で上記の施設の大半がつくられた。

話にも出ていたが今は宿泊施設を建設中だ。その用途をまだ生徒は知らない。

ちなみに学園は私立ではない。それなのにこの力のいれようは異常ともいえるだろう。


2つ目。

入試の免除。

先にも述べたが数年前にできたばかりで、3年生がいなく、望たちが記念すべき1期


彼らが通う、学園。通称『箱庭』と呼ばれるそこには、いろいろと特殊な面がある。


1つ目。

敷地面積の広さ。

数年前にできたばかりで、校舎は真新しい。それに加えて増築による増築。

野球用グラウンド、サッカー用グラウンド、体育館だけで3つ、トレーニング用マシンが2階分、剣道場や柔道場、弓道場などの格技場、といった施設が学園内にある。

望たちが入学してから約1年で上記の施設の大半がつくられた。

話にも出ていたが今は宿泊施設を建設中だ。その用途をまだ生徒は知らない。

ちなみに学園は私立ではない。それなのにこの力のいれようは異常ともいえるだろう。


2つ目。

入試の免除。

先にも述べたが数年前にできたばかりで、3年生がいなく、望たちが記念すべき1期生である。

個々人の自宅に入学案内の封書が届き、強制ではないが、学費も安く、新築といったところに魅かれて入学した生徒、入学させた親は少なくないだろう。


3つ目。

運動面の重視。

『体育』、『柔道、剣道/ダンス』、『格闘技(各自で選択)』といった科目がある。

それらが週5のペースで行われているので、部活動に所属していない生徒でも運動面は部活動所属者にも負けず劣らずといったところである。


『箱庭』と呼ばれる所以。

生徒たちは教師がそう言うのを真似して言っているだけだ。

その理由はまたいつかにしよう。

込み入った事情というものがある。


ただひとつ、これだけは言える。

彼らは、何も知らずに学園生活を送っていた。


「『箱庭』…順調なようね」

学園の長は2年F組担任、花山伊織に言う。

「…私は間違ってると思います」

本心からのその言葉。

伊織は、本当にそう思ってるのだ。

生徒たちが何も知らないこと。

『箱庭』を利用した目的。

自分たちだけが知ってる、一種のこの『ゲーム』の行く末。

全てが間違っている、と。そう思っているのだ。

「良心の呵責。安っぽいデスネ」

日本語に不慣れなように語尾を片言調に言う学園長。事実彼女はハーフだったが、その台詞は伊織を馬鹿にしてるとしか思えなかった。

「どうしてですか!? 何も知らないなんて…あまりに酷ですっ」

「知らないならこの学園に来なければよかった。…入学して1年、メリットしかなかった彼らに、相応の対価をもらう必要がある」

学園長は、強くそう言った。

「『彼』からの連絡はまだかしら?」

本題に入る。

「いえ…何も」

俯いて伊織は言う。

「そう。…宿泊施設がぎりぎりで間に合ってくれてよかったわ」

学園長は軽く上を見上げた。

学園の一室。見上げたそこには天井しかない。

「…賽は投げられた」

未来を暗示する言葉。

どんな結末が待っているのか、誰一人として知るものはいなかった。


「――…きた」

遠い星からのメッセージが今、届いた。



「…はぁ」

『箱庭』からの帰り道。つばめは一人、溜め息を吐く。


『彼』について、思い巡らす。

どうしてこううまくいかないのだろうか。

星の研究をしている父。その父が『友達を連れて星を見に来るといい』、そう言ってくれたのだ。

望を誘おうと思ったのだが…。何故か調子が狂ってしまった。


遠見望。クラスメイト、男子。

進んで人と関わろうとしないから、日本人ぽくないといえる。

頭が異常によく、そのためか人を見下したような態度が彼には見えて。…友達の少ない方だと思う。

要は頭が悪いから構わず話しかけるし、彼方は幼なじみだから気軽に接している。

志緒は…のほほんとして、というか昼行灯なので、そんなことを気にしていないというか、気づいてすらいないのだと思う。

…私の場合は、別に望は人を見下すような人じゃないと思うから、そんな感情を抱いていない。

話してみればわかるけど、それは恐らく偏見だ。

人は、普通とは違うものに畏怖する。

先入観で人を判断するのは愚かなことだ。


「…うん。明日だ、明日。

明日またちゃんと話そう、明日またちゃんと誘おう」

声に出してそう自分に誓う。

それにしても―――

「…暑い」

身体が熱を持っているのだ。夏風邪でもひいたのかな。あ、まだ夏じゃないか。

…やけに背中が、熱い。


早く家に帰って寝よう。

うん。そうしよう。

足早に帰路についた。


ふと、空を見上げると、いくつかの星が見えた。



夜。

俺、望は自室で何もしないでただぼーっとしていた。


考えてたことといえば。

帰り際の薫の様子や、蓮が病院に行った理由、伊織先生ってホントにいくつなんだろう、志緒の髪はやっぱり綺麗だ、要をどういじろうか、彼方運動できるなぁ、などといった、今日の出来事。

今日を反芻していた。


ふと、机の上を見る。

星図、本棚に詰め込まれた星に関する本。十二星座の占いの本や、神話について書かれた本もある。

俺は星に憧れを抱いていた。

『いつかあの星になる』と、冗談ではなく、心に堅く誓いを立てていた。

視線を机から部屋の隅に移す。

そこには天体望遠鏡。

それは親からのプレゼントで、随分と気に入っているものだ。暇さえあればそれを使って夜空を眺めるほどで、今日もレンズ越しに空を見ようと――


「…あれ。星…少ない…?」

レンズを通して見る夜空。たくさんの星が見えるが、なんだか今日は少ない気がした。毎日のように外を眺めているのだ。そう感じるのは錯覚ではないだろう。

(そういや今日は星の明かりも弱い気がする…)


いつもより暗い世界。

『異変』は確かに近くまできていた。


胸騒ぎのする夜。

俺はいつの間にか、気を失ったように眠ってしまっていた。



学校が終わった途端、彼方はすぐさま下校して、道場に向かう。


彼方は中国武術の習い事をしていた。

道場『綾戸』。その名前から気がつくかもしれないが、2年F組、彼方のクラスメイト、綾戸志緒の父親・兼継が師父を務める道場だ。

志緒が武術を習っているといったことは少なくとも彼方は聞いたことはないが、護身術程度なら習っているのかもしれない。娘に優しい、師父のことだから。

道場の扉に手をかける。誰もいない。

空気を吸う。

自分がここにいると実感し、精神を集中させ、彼方の稽古が始まった。


そして夜。

頭が異様に熱いという違和感を覚え、師父に「無理はするな」と言われ、半ば強制的に帰らされた。彼方はいつもより1時間早く家に着いてしまった。

「他人に自分の身体の心配されちゃ世話ねぇな…」

自分に失望する。

彼方はこと武術に関しては至極真面目になる。学校での彼方は気を楽にしていて、誰とでも打ち解けることができる。

クラスのムードメーカー。

それが『箱庭』での彼の立ち位置だ。


(好きでそうなったわけじゃないんだけどな…)

彼方は苦笑する。


『もっと強くなりたい』

彼方はそう一心に願い続けてきた。

何事にも理由はあり、そう願うことにだってそれ相応の理由がある。

それがたとえ、『間違った自責の念』からだとしても、何も知らない他人が一笑に伏すのは許されないだろう。

少なくとも、そんなことされたら彼方は黙っちゃいない。

曲げられない信念が、ここにある。



無部の志緒は学校から出て、寄り道一つせずに自宅に着いた。

門限は6時。それは『箱庭』からまっすぐ家に向かわなければいけないという、ぎりぎりの時間だ。

厳しい家だと、志緒は思う。


志緒の父親は中国武術の道場の師父を務めていて、その道を極める者である。

厳格な父だからこそ、門限が厳しいのだと思うし、武術に精通している父だからこそ、暴力ではなく言葉でわかりあえるのだと志緒は思う。

義理の親子。

志緒とその父・兼継との関係はまさしくそれだ。

兼継の妻は早いうちに交通事故で亡くなって、子供はいなかった。

そこに志緒が現れたのには様々な事情が重なったわけなのだが―――

今知ってもらいたいのはそんなことじゃない。

先入観を、持たれては困るから。


志緒という少女は。

明日の幸せを願う、ただ一人の少女だ。



サッカー部エース、鏡蓮は帰りのホームルームにも部活にも顔を出さず、まっ先に病院へ向かった。

国立病院。

大きさは『箱庭』より少し小さいくらいだ。

『箱庭』から徒歩15分、自転車を使えば10分もかからない距離にそれはある。

ただ、蓮は自身の身体に違和感を覚えていたわけではない。用事はそう、別にあったのだ。


真っ白な壁。

どこまでも続きそうな廊下。

鼻につんとくる消毒液。

足の代わりとなる車椅子。

そういったものたちを、蓮は毎日のように見てきた。

そしてそれは恐らく、彼女の存在がある限り終わることはないだろう。


402号室。

鏡蓮はその扉を開けた。

「…お兄ちゃん!」

「…………よう、花」

花と呼ばれたその少女は、蓮を見た途端に上機嫌になり、その笑顔を惜しみなく振り撒いた。

最も、今この病室には蓮と花の二人しかいない。

少し前までは一人の寝たきりの病人もいたが、今はもういない。


「あのね、今日もあのかっこいい先生が来てくれたの! 『付き合ってください』って言ったんだ!」

「…………へぇ…よかったな。それで、何て言われたんだ?」

「『花ちゃんはまだ子供だから』って。

『大人になってからまたおいで』だって。

あたしだってもうそんな子供じゃないのに…」

しゅん、としょんぼりとした態度を花は見せ、布団に顔をうずめた。

「「…………それは残念だったな」

他愛もない話だが、蓮は真面目に聞いてあげていた。

それはクラスでは決して見せない、彼なりの優しさだ。

「ねぇ、お兄ちゃん…

どうしたら大人になれるのかな?」

花は布団から顔を離し、そんなことを聞いてきた。

「「…………年をとれば、なれるよ」

率直な意見を彼は述べた。

「………………………ふん」

花は納得していない様子で、窓の外を見る。

午後5時。夕焼けが覗く空。

面会時間には制限があり、じきに面会者は家に帰らなければならない時間が来る。

花と話す時間は蓮にとってとても短く感じていた。

それはきっと花も同じように感じていることだろう。


夕焼け色に染まる彼女を見て、

蓮は花がそのまま消えてしまうかのように思えて、

「花」

彼女の名前を呼んでいた。

「え?」

振り向く花。

その笑顔は確かにそこにあった。夜が過ぎて、朝が来る。

月はその姿を隠して、舞台裏へと身を移す。太陽という、主役のお出ましだ。

「…詩人かって」

ぼんやりと、そんなことを考えていた。


何でもない朝のホームルーム。

皆定時に席に着いて、2年F組全員が揃う。

伊織先生が教室に入ってきた。

その顔に、俺は違和感を覚えた。

(少し浮かない顔に見えるのは気のせいだろうか?)

伊織先生は淡々と連絡事項を話し始める。

「えーと。昨日も触れた、宿泊施設の件ですが、明日には点検も含め、全ての作業が終わるそうです。そしてあさって、つまり木曜日、そこに泊まってもらいます」

開口一番。伊織先生は言った。

ざわめく教室。無理もなかった。皆、この話は初耳だったのだから。

「静かにしてください。…さすがに急だとは思いますが、大事な話があるのです」

少し顔を俯けて言う伊織先生。その表情からいつもと様子が違うことに気づいた生徒もいるだろう。

なんとなく伊織先生の顔を見つめる。


2年F組担任、花山伊織。

背が低く、髪はショートボブ。

その髪型と明るい性格から『子供っぽい』と生徒から言われる。それは言い換えれば『見た目より若い』。

…実は実際の年齢は誰一人知らない。本人は二十歳になったばかりと頑なに主張するが、やたら昔のアニメとか漫画とかに詳しいので『実は40代?』と、ある生徒が聞いたら、明るい笑顔が一変、鬼の形相になった、という逸話がある。(ちなみに、『ある生徒』とは要)

『悪い先生ではない』

生徒は皆、それだけはわかっていた。


「着替え等、忘れないように」

そして気持ちが落ち着かないまま、予鈴が鳴った。

また1日が、始まったのだ。

俺の席は窓側、後ろから2番目。

暇な時はよく外を見て時間を潰す。

なかなかの好ポジションなので気に入っていた。

「あ」

消しゴムが落ちた。

「落ちたよ」

「いや知ってるよ…」

消しゴムを拾う。

「授業中に携帯いじんな」

「これは電子辞書だ」

「机に何彫ってんだよ! 誰の机だ全く!」

「もともと彫ってあったんだ! 俺の机だそして!」

ちなみに隣は要。

とにかくうるさい。

実質、要のせいでこの席で暇な時なんてなかった。

「何一人で笑ってんだよ!」

「笑ってねぇよ! ていうかいちいちうるせぇよお前さっきから!」

ふふふと要は口を緩める。

ちなみに今の時間は自習なので周りも騒がしい。

不意に、

「「…………お前らが一番うるさい」

右斜め前の席の、鏡蓮の声がした。

「あー、悪い」

蓮は少し無愛想だけど、別にいつも機嫌が悪いわけではない。

つかみどころがない性格だ。

「ってなんだ。またゲームしてたのか」

蓮の手元にある携帯ゲーム機に目がいく。

「「…………これは電子辞書だ」

「普通に嘘つくな。…あとちゃっかり俺の真似してんじゃねぇ」

剣はくっくっと人を小馬鹿にしたように笑って、

「「…………嘘だ」

と言った。


前述の通り、蓮は基本話さない。ただそれは、自分から他人に話しかけないだけで、人とコミュニケーションがとらないわけではない。

無口であっても、クールなわけではないのだ。

そして、さっきの会話のように常に人を茶化すような態度なので、言うこと全てが本当だとは限らない。

それを裏付けるように、その細身の体型が既に運動に向いてない。

サッカー部エース。

3年生がいないから、実質2年生のサッカー部員(十数名)の中で1番うまいと言える。

体育の授業で見た通り、実力は確かなのだろう。


「暇だなぁ」

要が机に突っ伏してぼやく。

「トランプやる?」

離れた席から彼方がやってきた。

その手にはトランプ。

とにかく彼方は盛り上がるなら何でもやるやつだ。

暇をつくらない主義だと、以前彼方は自分で言っていた。

ムードメーカーたる所以である。

「おー。やろうやろう」

ノリノリの要。見た目通り(女のこと以外)は子供っぽいやつだ。

「「…………俺もやる」

会話を聞いていた蓮が言う。

じゃあ大富豪やろう、と彼方。

俺に彼方に要、そこに蓮も加わって、4人で大富豪。


軽くルールのおさらい。


・ジョーカー、2、1、K〜3が強い数の順。

・ジョーカー、2であがったらその勝ちは無効。


とまぁ簡単にこんな感じ。

地方によりルールが異なるので今回はこんな具合になった。

彼方がカードを4人に配り、それぞれが手札を見る。

「おっと、手がすべった」

要が見せつけるように、手札からジョーカーを落とした。

「おっと、手がすべった」

また要がジョーカーを落とす。

「……………………………」

それを無言で蓮が奪う。

「ちょっと! 僕のジョーカーです!」

「「…………いや、落ちてたから」

蓮はそのジョーカーを手札に加えた。

「ありだな」

「あぁ、ありだ」

俺と彼方はほぼ同時に頷く。

「許されるんですか!?」

大富豪、開始。


第1戦、終了。

順位は、蓮、要、俺、彼方。

「ジョーカーあったら1位だったのに…」

まだ根に持っている様子の要。

最下位の彼方がカードを切り、机の上に4つの束を並べる。

どれを選んでもいいようだ。

「んじゃあ…これかな」

そのうちの一つに要が手を伸ばす。

「……………………………」

ばんっ

カードの束を取ろうとした要の手を、蓮が勢いよく叩いていた。

「「…………間違えた」

「さっきからなに!? 恨みがあるなら言って!」

「「…………お前を殺す」

「ホントにあるんだ!」

「この2人見てると面白いな」

「はっはっはっ」

俺と彼方は2人を尻目に手札を並べていた。

「くっそ〜…絶対1位になる。夢はでっかく! 世界チャンピオンだぜ!」

1人燃える要。

第2戦、開始。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

要が出した、Qのスリーカード。

「「…………パス」

「パスだ」

「パス」

全員が出すことが出来ず、要が親になる。

「お前そんな攻めて大丈夫なの?」

彼方が言う。

要以外あまりカードを出せていないので少し不機嫌そうだ。勝負事には熱くなる彼方。先ほど最下位だったから尚のこと。

「へへっ。ちゃんと考えてるんだよね。ああ来たらこう、こう来たらああみたいな…」

「どうでもいいから早くやって?」

「「…………時間の無駄」

「聞いてきたんだから聞いてよ!」

要がカードを出す。

エースのペア。正直強い。

「出せるもんなら出してみなよ」

得意げに要は言う。

「パス」

「カス」

「パス」

「待って。誰か今どさくさに紛れて『カス』って言わなかった?」

多分彼方。

「え? 何の話?」

本人はとぼける。

「「…………別に何も聞こえなかった」

「あぁ、俺も聞こえなかったな」

皆空気を読む。

「…そう」

納得がいかない様子の要。

まぁそりゃね?

「うりゃ」

今度はKのスリーカード。

いい加減うざい。

「チビ」

「ハゲ」

「デブ」

「待って。急になに? チビでハゲでデブって。最悪の部類ですよね? ていうか僕ハゲてません」

(チビとデブは否定しないんだ…)

3人がシンクロした。

「いや違うから! チビかもしれないけどデブじゃないですから! ふつーですよふつー」

「って言ってるけど。どう思う、彼方?」

「可愛そうにな。現実から目そらしてるよ」

「何なんすか…」

だるくなってきたので大富豪は中断。適当な世間話が始まる。


不意に彼方が言った。

「そういやさぁ、要、うちのクラスの美作さんとどうなったの?」

ぴくっ、と要の身体が震えた気がした。

「え、え? なんのこと?」

明らかに動揺している要。

少なくとも俺は事情を知らない。蓮も黙ってその様子を見ていた。

「お前『可愛い』とか言ってたじゃん。てっきりねらうのかと思ってたんだけど」

「…………………………………」

沈黙。

顔に手をあてて何かを考えこむ要。たっぷり悩んだあと紡ぎ出されたその言葉。

「…どうすれば…?」

「え? なに?」

3人は耳をすませる。

「女の子と…何の話をすればいいの…?」


要について補足説明。

中学は男子校。兄弟も皆男。

女子の免疫が驚くほどない。まぁ女子と関わったのは幼稚園と小学校の時だけという、まだ無邪気な頃だったから無理もないが…。

唯一関わったのは母親くらい。圧倒的な年上(!)とは気軽に話せるらしい。…伊織先生、とか。

例外は薫と志緒。

最初こそ人見知りを発揮していたが、それはそれ、時間の問題。

今では友達。

女の子は好きだけど、どういうものかはわからない。他人の話には死ぬほど食いつくけど自分の話には死ぬほど恥ずかしがる。

軟派ではなく硬派。

シャイボーイである。


作戦会議、開始。

(蓮は女子に全くと言っていいほど興味がないので戦線離脱)

「話したことは?」

「…ごくたまに、かな…」

「メールは?」

「…それもたまに…」

彼方が要から情報を集めていた。

俺はなんとなくは察しがついていたので黙って聞いていた。

先ほど彼方が口に出した名前、美作。美作、鈴。

同じクラスの、病気で休みがちの女の子。

志緒と仲がよく、それ繋がりで薫とも仲がいい。少し影が薄い方ではあるけど、別段悪い人ではなかった。


美作さんを、要がねぇ…。

あまり男子と話さない美作さんのことだから、この恋が実るかどうかは全く見当がつかなかった。

恋、か。

「ま、皆が1度は通る道だよ…な」

俺はまだないけどね。

「そういうことだな」

「…ちょっと照れる」

独り言のつもりだったが、2人には聞こえていたらしかった。

「…まぁ、悪くはないんじゃないか。…恋をすること。そういう夢を持つこと。」

叶うといいな。

心から、俺はそう思った。


「んじゃ次の休み時間、俺と望で志緒とつばめに話しかけるから、お前は美作さんな」

「いっいきなりすか? 大丈夫なんすかね? てか何を話せば?」

「とりあえず…そうだな。ぱっと見気づきにくいけど前髪とかちょっと切ったみたいだから、それ指摘してみな。…あー『前の髪型がよかった』とか言ったら絶対ダメな」

地雷だから、と彼方。

「…押忍。隊長」

要は緊張でがちがち。彼方はそれを見て苦笑する。

「そんな緊張しなくていいから。まぁ褒めることを基本にしたら相手は悪い気分にはならないだろ。誰だってそんなもんだろ?」

…さっきからやけに説得力のある言い方だから、

「お前、そういう経験、豊富なの?」

気になって聞いてみた。

「…ん。まぁ昔な」

あまり聞かれたくない話なのか、彼方は笑みをつくりながらも苦い顔をしていた。

授業終わりのチャイムが鳴る。

「んじゃ、作戦開始だ」チャイムが鳴って、頃合いを見計らって美作さんの近くにいる志緒とつばめに話しかける俺と彼方。

要は後ろについてきていた。


――作戦、開始…!


予定通り、俺と彼方は志緒とつばめに適当な話を振り始める。

そして、要。

「…前がみゃ…っ! 切ったんだにゃ…っ!」

噛み噛みだった。

(…これ、失敗じゃね…?)

そう小声で彼方に問い掛ける。

(大丈夫。想定の範囲内だ)

「に、似合ってるにゃー。すごい可愛いにゃー」

(おお。そういう設定にしたのか)

咄嗟の機転、猫口調。

美作さんも笑って「ありがとう」なんて言ってるし。結果オーライだ。

(想定の範囲内だ)

繰り返す彼方。自信に満ち溢れていた。

(褒める、褒める、褒める…!)

必死に次の話題を探す要。

「…ふ、服も似合ってるね」

「…? 制服だよ…?」

ちょっと困った風に笑う美作さん。話を合わせてくれるあたり、やっぱり悪い人ではないようだ、と思った。

いやでもこれは…

(話題がつきたみたいだが…)

(…あぁ。想定の範囲内だ)

まだ何か考えがあるのだろうか? そう疑問に思いながらも、志緒とつばめとなんでもない話を続けていた。

(褒める、褒める、褒める…!)

ショート寸前の要。

髪は褒めた。服も褒めた。あとは…あとは…?

女子皆が持っていて、尚且つそれぞれに特徴があるもの。

(………あっ!)

要は、思いついた。

(…なんか、次の要の台詞、想像がつくんだが…)

(…俺もだ…)

「似合ってるね、そのパン――」

「「アウトぉっ!!」」

瞬間、俺と彼方はシンクロした。

要の首を引っ張って、無理やり会話を終わらせて、最悪の展開を阻止した。


「…はっ…はっ…」

全速力で廊下に出た。

息を整えて、彼方が言う。

「…想定の、範囲内だ」

「嘘だっ! それは絶対に嘘だっ! ていうか想定しちゃダメだろうが!」

「…ごほっ」

慌てて首を引っ張ったもんだから要がむせていた。

「…さて。要、俺達が何を言いたいかわかるか?」

「……………………」

要はわかっていないようだった。

彼方はそんな要の姿を見て、言う。

「馬鹿野郎っ!」

怒号が響き渡る。

それほど大きな声ではなかったが、彼方の迫力は凄まじいものだった。

「ちゃんと覗いてから言え!」

「そうじゃねぇ!」

「朝階段で見たよ!」

「お前もお前だこらぁ!」

なんてこいつらは馬鹿なんだ…天然な辺りが特に。

馬鹿話をしている3人。

そこに、志緒とつばめがやってきた。

「なにやってんのー?」

まず最初に志緒がそう話しかけてきた。

「さっきも思ったけど…。要、おかしくない? 鈴に話しかけてさ。仲、良かったっけ?」

なんかあったの?、とつばめ。

さっきの様子をやっぱりおかしいと感じたようだ。

「…あー、いや」

要のことは言えない…よな。プライバシーだし。好きな人なんて最たるものだろ。

うー…ん。

なんて説明すれば?

「何かあったか、と聞かれたら、あれだな…」

黙っている要を尻目に、彼方が言った。

いい理由でも思い浮かんだのだろうか?

「…望が、気になったらしいんだ」

え? 俺?

「今もこいつ、大声で叫んでたろ? 特別な思い入れが、こいつにはある」

つばめと志緒の頭にクエスチョンマーク。俺と要も話の展開が読めない。

「? 思い入れ、って…なにに?」

彼方は一瞬間を置いて、

「女子のパン――」

「アウトぉっ!」

「うっ!」

鳩尾に一発いれてやった。

彼方は苦しそうに腹を押さえてる。

いやさっき確かにそれ関連の話で叫んでたけど。

思い入れってお前さん。

「お前はよぅ、…俺の体裁はどうなってもいいってのか? 言い訳があるなら言ってみろ」

「う…だって…」

「あ!?」

「いや…だから」

「あ!?」

「いや言い訳させてあげようよ…」

見兼ねたつばめが会話に入ってきた。

「えっと…事情は言えないのね…? 無理には聞かないからさ…」

苦笑いしているつばめと志緒。なんかこっちが納得いかないんだが…。

「…うん。男子ってそんなもんだよね…」

「漫画とかでよくあるしね。スカートめくり」

「いや違うって! そうじゃねーから!」

「大丈夫。わかってるよ。…誰にも言わない」

「そういう問題じゃない!」「あははは」

「棒読みで笑うな! そんな人初めて見たぞ!」

女子の中で変態というレッテルを貼られてしまった。

「…さて。要。協力してもらった方がいいと思うんだが?」

彼方がずっと黙っていた要に話しかけていた。

協力って…事情を話すのか。

まぁ女子側に協力者がいるのは心強いからなぁ。

「…………………………」

「…? 要?」

彼方はなおも口を開かない要の顔を覗き込む。

「…………しい」

「ん?」

「…恥ずかしい」

見れば、要の顔は真っ赤。

うわー。稀に見るシャイボーイだぁ。

「大丈夫だ。悪いようにはならないだろ。2人を信じろ」

力強く彼方は言う。確かに、この場にいる5人は1年の時から同じクラスだ。(ちなみに蓮も)

信用できない仲ではない。

「…うん。わかったよ…」

要も同じことを思ったようだ。女子の中で唯一まともに話せる2人。

当然といえば当然か。

…ていうか…

「俺の誤解はそのまんまなのな…」

うぅ。クラス替えしたばっかなのに…。

人知れずこの先に不安を覚えてしまった。

いつか必ず仕返しを!

「へー。鈴をねぇ」

「…ちょっと意外かなぁ。でもあの娘はすごくすごくいい娘だからねぇ」

彼方が一通り事情を話した。

聞かされた2人にしては驚きを隠せないようだ。

「裏がないもんね、あの娘」

「うん。同じ中学校だったから、私、よく知ってるよー。長い長い付き合いだから」

目立たないから浮いた噂もない美作さんだ。しかし、内のクラスでは上位に入るだろう。

「可愛いからね、あの娘」

「可愛いよねー」

「…わかる。すっごいわかる」

要がめちゃくちゃ同意してた。


改めて、美作さんについて。

少しカールがかかっている、肩下まで伸びた髪。なかなか綺麗だと思う。

物静かな雰囲気。実際雰囲気だけでなく、中身もそれに近い。話し方とかもゆったりとして、育ちがいいのか、お嬢様、だとかそんな印象がある。


…さて。新メンバーも加わったところで。

本日2回目、作戦会議開始だ。


「うーん。付き合うとかそういうの、鈴ちゃん興味あるか、すごくすごく微妙だよー」

「あー。確かにそれはどうなんだろうね。鈴、男子と話さないし」

まぁ会議といっても2人から話を聞くことから始めなきゃいけないわけだが。

「…そういえば」

志緒が唐突に言う。

「ねぇつばめちゃん。朝の話…」

「…あ」

朝の話? 一体何の話だろう。つばめと志緒はそれぞれ困った風に唸りだす。

「…なんだ? 朝の話って」

聞かないことには始まらない。

「うー…ん。それがねぇ…」

言いにくいことなのか、志緒は進んで話そうとはしない。それはつばめも同様のようだ。

「…その、ね。朝、隣のクラスの…相坂くんって人が、鈴ちゃんに『放課後に話がある』って…。多分、想像した通りのことだと思う」

想像した通り…告白、か?

そう思い立った瞬間、要と彼方が勢いよく立ち上がる。

「殺るか、要」

「当然」

「ちょ、ちょっと待って! 何をしに行くの?」

慌てて薫が止めに入る。

「もちろん、恋の障害を壊しに」

「奪い、奪い合うのが男」

かっこいい台詞だけど実際はそうではないのは何故だろう。

「恋は1人で!」

「愛は2人で!」

「「いっくぜぇぇぇぇ!!」」

馬鹿2人。

この2人はノンフィクションです。僕たちとは全く関係ありません。はい。

閑話休題。


暴走しかけた要と彼方を何とか落ち着かせ、本日第3回目の作戦会議、開始。


…とは言ったものの。

「…どうするんだ?」

『うーん』

皆、考え込む。

恋敵が現れたといっても、することがない。やっぱり暴力や脅迫云々は駄目だし、なにより返事をするのは美作さんだ。

結果を待つしかない…のか?

「何かないのか…」

呟く。

何もないのか?

およそ恋愛云々とは無縁な人生を送ってきた俺だ。いくら考えたところで答えはでないだろう。

友達の為に何もできないのか…。

情けねぇなぁ、なんて自嘲していると、彼方が口を開いた。

「アピールしか、ねぇだろ」

そう、言った。

「これは持論だが…」

真面目な口調、マジな顔で彼方は話し始める。

「男でも女でも、話しやすいやつ、明るいやつ、誰とでもすぐに打ち解けるやつ。…こういうやつは、人に好かれると思う。だがしかし。恋愛ではそれほど役に立たない。何故だかわかるか?」

彼方は全員に問い掛ける。

社交性のあるやつは決して恋愛に向いてるとは言えない、っていうのか?

どういうことだ?

つばめも薫も志緒も頭の上に?を浮かべていた。

「役に立たないとは言いすぎかな…。まぁいい。その理由はだな」

たっぷり間を置いて、彼方は口を開く。

「誰とでも仲良くなれるやつがいる。無論、好きな人とも例外ではない。…そこに欠点がある。好きな人に、『自分もたくさんの友達の中の一人』と、認識されてしまうんだ」

彼方は説明を続ける。

「好きな人が自分を友達以上の異性と見てくれない…。正直、これはきついと思う。違うか?」

こんなに好きなのに相手は気づいてやくれない。

想いの一方通行ってわけか…。きついん、だろうなぁ。

「大事なのはアピールだ。相手に、『自分は特別なんじゃないか』、『もしかしたら、想ってくれているのか』…そう感づかせるのが、恋愛において、一番重要なことなんじゃないかと、俺は思う」

それがやっぱり一番難しいんだけどな、と茶化す風に彼方は言った。

だからこそのアピール、ね…。

恋愛って難しい、なんて考える俺がいた。

…場違いにもほどがあるな。

思わず、苦笑い。

「というのが、俺の持論。俺の持つ、恋愛の定義。…オッケー?」

全員が彼方の話に納得したようで、思うところがあるのか、場は静まっていた。

「…じゃあ」

沈黙を破ったのは要。

「アピールっていうのは…さっきみたいに、褒めたり、とか?」

「…そう」

にやり、と彼方は答えた。

「実践したお前だからわかるとは思うが…一筋縄でいけることじゃない。わかるよな、要?」

うん、と要は頷く。

あれだけ恥ずかしがって、テンパっていたんだ。それは並大抵のことじゃないのだろう。

傍観者の俺でもわかるのだ。当事者である要なら、尚さら。

「…頑張れるか、要」

静かに彼方は問う。

「報われないかもしれない。実らないかもしれない。何も得られないかもしれない」

「それでも僕は構わないよ」

彼方の言葉を遮るように、要は言った。

「それでも僕は構わない。…あぁ、大丈夫だよ」

それはまるで自分に言い聞かせるようで。

いつもの、バカをやっている要には見えなかった。

…こいつ、本当に好きなんだな。

直視できないくらい、眩しい。

そんなことを俺は思った。

「…積極的ってのは悪くない」

彼方は笑みを零して言う。

「んじゃあ具体的にどうするか、だな」

「…おー!」

意気込む要。

一気に雰囲気がよくなったな。

…それにしても。

説得力のある物言いだったが…。

過去に何かあったのか。さっきもそんなこと言ってたっけな。

高校に入ってからは彼方のそんな話、聞いたことないから中学時代の話かな。

中学校…高校生になればわかるけど、今と比べたらあの時なんて、子どもの子ども、まだ何も知らないガキだったと、思う。

知った風な口を利いて。

味を占めた風を装って。

…全く。バカだったよなぁ。

恋愛なんて、ガキのままごとかって。

くだらないくだらない。


…そう思う今も。

大人になったら、恥ずかしく思うのだろうか。


こんな馬鹿をやっていけるのもあと2年。

噛み締めて生きていこう。

誰にも知られず、知られるわけにもいかない。

そんなことを胸に思った今日。


柄じゃない。

似合わない。

身の丈に合わない。

分不相応。

馬子にも衣装だ。


思わず、苦笑い。

感化されやすいよなぁ、俺って。



…さて。

ここまでが序章。

タイトルをつけるなら、わかりやすくいえば、『彼らの日常』。

幸せ、なんだろうな。

全く持って眩しいね。

ははっ。壊したくなるよ。創るのは難しくて。

壊すのは易しくて。

そういうことかな? これは。


…あぁ。

要くんのお話の続きを知りたいと思う人が少なからずともいるかもしれない。

結果はどうあれ、僕の口からは言えないなぁ。

気長にお待ちクダサイ。


現時点を言葉に表すと。


プロローグのエピローグ。

序章の終章。

第0話。

最初話。

始語。


物語は。

これから始まりますので。

どうか。


最後の最果ての最終の最大の最小の最高の最低の最善の最悪の最終話のその終わりまで。


付き合ってもらえるよう。

お願いいたします。

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