美しい世界。守りたいもの。
高かった太陽はだいぶ傾き、空がオレンジ色に染まってきた。ここはある大きな森の中にぽつんと立つ、一件の家。
「えっと、それで……ルカ…さんはハーフエルフで、魔法使いで、600年間この家から外に一歩も出ていない、と?」
「うん。そうなんだ。それで、その、魔法使いが絶滅したのって、確か300年に以上前、だったか?だから、きっと僕がこの家にこもっている間になにかがあって、ぼく以外の魔法使いがみんな居なくなっちゃったっていうことだろうな。」
少し落ち着いてから、僕達は少しずつ、今の状況について話し始めた。
フィオ。それが彼女の名前らしい。なんか男っぽくて嫌いだーとか言ってたけど。僕は彼女のことなら何でも可愛いと思えてしまう。あ、これやばいやつかな?
そんなことよりも、今の状況の確認が先だ。彼女の話によると、およそ300年ほど前、魔法使いたちが次々と姿を消していったらしい。原因は不明で、わかっているのは、その時に魔法協会に所属していた魔術師たちが全員消えた、ということだけ。この世界に存在する魔術師や、魔法使いは必ず魔法協会に所属しなければならない。そして、その全員が消えたのだから、完全にこの世界から、魔法を操れるものが消えた、と言っていい。ぼく以外、すべてが。
「そういえば、ルカさんがいるのに、なぜ全滅、ということにされたんでしょうか?協会に名前が残っているはずなのですが。」
「それは、僕が協会に所属していなかったからだよ。」
「え、ルカさん、協会に所属しなかったんですか?そんなことが許されるとは思えないのですが……」
フィオが驚いた声を上げる。それもそうだ。所属は法律で義務付けられている。
「まあ、そうだ。ただ、正確には違う。僕は、魔法協会に所属、できなかったんだ。」
「できなかった!?なんでですか?」
「え、えーっとお、まあ、それは追って話すよ。それよりも、今は外の世界がどうなっているのかを知りたい。」
フィオがニッコリと笑う。かわいい。
「それなら、私の村に来てください!ここから意外と近いところにあります!」
「そうなの?じゃあ、行かせてもらおうかな。」
二人で家の外に出る。僕はおもむろにマジックポーチを出し、家ごとしまってしまう。おっと。またフィオが倒れそうになってた。コンソから気をつけないと。
「やっぱりすごいですね、魔法って。この目で見られる日が来るとは思っていませんでした。」
「そうかな〜」おっとっと。デレデレしてはいけない。
「それじゃあ、行こうか。村はどこ?
「この森を抜けてずっと真っ直ぐです。小道があるので、きっとすぐに分かりますよ。」
「小道?ああ、そういうことか。」
彼女が不思議そうな顔をする。かわいい。
「歩いてなんていかないよ。僕は600年も引きこもっていたんだ。そんな急に歩けるわけ無いだろう?」「それもそうですけど…じゃあ、 どうやって行くんですか?」
フフフ。
「もちろん、魔法だよ。」
「え、まさか、ルカさん、飛べたりもするんですか!?」
たしかに僕は飛ぶことができる。
「うん。だけど、僕はなるべく動きたくないからね。こうするんだ。えーっと、あ、あれでいいや。」
「あれ?」「うん、あれ。」
僕はちょうど今近くに飛んできた鳥を指差す。「あいつにのっていこう!おっきくなーれ!」
「いや、あんなに小さな動物に乗ることなんて……え?」
ぐーん、と僕達を包んだのは、大きな影。僕が魔法で大きくしたのだ。あ、フィオ、今度は腰抜かしてる。「行くよ、フィオ!乗って!」僕は飛翔魔法を軽く使って、その巨大な鳥の上に乗る。次はフィオだ。あれ?「ルカさん、これ、、どうやって登るんですか?」
そうだった。魔法は僕しか使えないんだ。
急いで鳥から降りて、彼女のもとにむかう。そして、フワッと彼女のことを持ち上げた。
「ル、ルカさん!?」りんごみたいに真っ赤になる彼女を視界の端でしっかりと記憶して、飛び上がった。「きゃああ!」フィオが抱きついてくる。あ、やばい。幸せ。
彼女を抱えたまま、鳥のもふもふな毛の上に着地する。本当に柔らかいな。
「落ちないようにね!」「う、うん!」「しゅっぱーつ!飛べーい!!!」
ものすごい風を起こしながら、鳥が空に舞い上がる。くー、なんて気持ちがいいんだ。
「鳥が飛んでるところって、け、結構高いんですね…」
「そうだね。って、うわあ、すっごい景色!」
木々よりも高くを飛ぶ僕達の前に広がったのは、ものすごい絶景だった。
大きくて丸い、光り輝く湖。雲間からさす光線が、木々を色づける。活発に活動している動物たち。低く下がった雲で、地面にはオレンジ色に光る絨毯がひかれている。それはまるで、本当の楽園にいるかのような景色だった。
ふいに、僕の頬に、なにか水滴のようなものが当たる。なんだ?雨か?
違う。これは、フィオの涙だ。光に照らされ、輝くダイヤモンドのかけらたちが僕達の通ったあとに残る。「毎日のように通っていた場所が、こんなにも美しいなんて………。」
思わず息を呑む。風になびく長い髪。涙に濡れるきれいな瞳。そのすべてが、ぼくの目に焼き付いていく。
守りたい。何故か今、心からそう思った。
守りたい。この光景を、ぼくが一番好きなこの光景を、守りたい。彼女のこのきれいな心を守りたい。そう。かつての僕では叶わなかった。でも。僕は、もう二度と、この感情を手放さない。そう、心から思える。
僕が閉じ込もっていた理由や、魔法協会にはいれなかった理由は、まだ彼女には言うことができない。僕は最後まで、約束を守れなかったのだから。そんな僕を、知ってほしくない。それに、僕は彼女に、あのとき守れなかった大切なものを重ねている。彼女に、どこか似たようなものを感じてしまっている。
「フィオ。」
「うん。どうしたの?」まだ泣いている彼女。僕はそっと彼女の頭に手を置く。また彼女の顔が赤く染まる。いや、これはきっと、夕日のせいだ。
「僕はいま、本当に幸せだ。」
「私も、本当に幸せです。」
この笑顔を、君を、絶対に守ろう。 僕はそう、心に決めた。
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「あ、あそこが村の入口です。」
あ、そうなのか。まるで神社かなんかの鳥居のように見えた。
「よし、じゃあこのまま直行しようか。」
「あ、いえ、それはやめたほうがいいと思います。」
「なんで?」
「今、魔法を使える人なんて他に居ないんですから。知られてしまったら大変なことに…」
そりゃそうだ。僕はなんて考えの浅い人間なんだ。
「よし、じゃあ、あそこの近くの、森の中に降りよう。」
「そうですね。」
鳥が降下し、僕達はその背中から滑り降りる。
「ありがとな、お疲れさん。」鳥を元の姿に戻してあげる。
「行きましょう、ルカさん。」彼女が先に立って歩き出した。そして、赤い色の村の入口が見えてくる。人間の村かー。というかこの村、なんか、すごく宗教っぽさを感じる。そういえば、なんかフィオの服装も変わってるような…。似合ってるから別にいいんだけど。ん?
「何か今、人の呼び声みたいなのが聞こえなかったか?」
「呼び声、ですか?ああ、もしかしたら、私を呼んでいるのかもしれません。」
「フィオを?」
「はい。帰りがいつもよりかなり遅くなってしまいましたから。」え。僕、怒られちゃうのでは?
そんな犯罪者みたいなことしたわけじゃないけど、ちょっと不安だ。彼女のあとに続きながら、そう思った。
だんだんと門が近づいてくる。うーん、やけに静かだなあ。なんというか、こう、あえて静かにしているかのような?なんだか怖さを感じる。
「索敵。」
何だ?なんか、あの大きな門の後ろにかなりの人数が隠れている。なんで隠れてるんだ?なんか、こう、僕達を待ち伏せしているような?まさか、僕フィオをさらった人って思われてたりして?もしかして僕をとっちめるため?え、ど、どうしよーう。ま、まあ、僕のことを信じて、勇気を出して進もう。いっくぞー!!
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「曲者おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
ほらあ!!!!やっぱりいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!