宇宙ネコ ミャクター船長の大冒険:エピソード119「ミャクターと鋼の獣⑤」
ワンバイツ帝国の首都グラン・ワンハルトは、帝国の中枢であり、銀河最強の軍事要塞でもあった。惑星の軌道上には「セントリー・リング」と呼ばれる強固な防衛網が展開されており、過去に幾度となく侵略者の攻撃を退けてきた。
帝国の戦艦が次々と陣形を整え、迎撃態勢に入る。ワンバイツ帝国の皇帝の命により、セントリー・リングを総動員し、物量と火力で圧殺する計画が進行していた。
いかに強大な兵器であろうとも、セントリー・リングの前では耐えられない。帝国軍の将校たちはそう信じていた。
だが今、その防衛ラインに異例の脅威が迫っていた。
「ケルベロス・ゼロ」――暴走する三つ首の獣。
それはワンバイツ帝国にとって「殲滅すべき脅威」であり、ミャクターにとっては「失った父が融合された存在」だった。
作戦会議室では、ワンバイツ帝国皇帝が静観する中、帝国軍の高官たちが迎撃計画を進めていた。三つ首の獣と間近で接触をしたミャクターたちも、特別参考人としてこの場に同席を許されていた。
「これまでに幾度となく迎撃を試みたが、ヤツは一向に止まる気配がない。もはや猶予はない」
「やはり、セントリー・リングを用いての物量で一気に消し去るのが得策かと」
「我らが帝国に仇なす獣に目にものを見せてやりましょう!」
「うむ。セントリー・リングが射程に入るまで、あと三十分。ヤツの機能を完全に破壊する!」
会議がケルベロス・ゼロを質量で押し切るという作戦で流れる中、異論を唱える声が混じる……。
「……待ってくれ!」
ミャクターが鋭く言い放った。会議室の空気が一瞬静まる。
「ケルベロス・ゼロには意識がある! 俺は直接、ヤツと接触したんだ!」
高官たちの間にざわめきが広がる。
「ふざけるな! あれはただの殺戮兵器だ!」
高官の一人が高圧的に叫ぶ。
「いや、ミャクター船長の言うことは本当だ。私からも願い出たい。どうかチャンスをくれないだろうか」
犬族の勇者であるドーベルケインが前に出る。
「ミャクター船長が呼び掛けたとき、ヤツは確かに反応した。完全に理性を失ったわけではない……少なくとも、一瞬、迷いを見せた」
「仮にそれが本当だとして、何をしようというのか?」
高官たちは険しい表情で腕を組んだ。
ミャクターも一歩前に進み、力強く言う。
「オレが直接呼びかけて、止めてみせる!」
「あの三つ首の獣に対して交渉だと!?そんなことができるというのか?ヤツのせいでどれだけの帝国の同志たちが散っていったと思っている!」
「それにお前はただの参考人に過ぎない。部外者だ!猫族は黙っていろ!」
「待っていただきたい! ミャクター船長は、このドーベルケインが認めた勇気ある者です! ここに犬族と猫族の過去の因縁を持ち込むのは筋違いというものでしょう!」
ドーベルケインが高官たちの高ぶりを抑える様に語り掛ける。
そんな中、静観していたワンバイツ帝国の最高権力者である皇帝が重々しく口を開く。
「余は面白いと思うぞ。……勇者ドーベルケインがそこまで庇うのだ。我々の悲願であるボーンアルマナックの一件でミャクター船長には借りもある。ふむ。では……交渉の時間をやろう。ただし、セントリー・リングの最終防衛ラインに入るまでの時間とする。……よいな」
「皇帝様のご意見であれば、我々は従うのみでございます。」
高官たちが一斉に首を垂れる。
「よろしい。ミャクター船長。貴公らに、獣がセントリー・リングが射程に入るまでの間、接触の猶予を与える」
「それで何も変わらなければ……総攻撃を開始する」
「……皇帝陛下の寛大なる配慮、感謝いたします」
ミャクターは静かに感謝の意を述べ頷いた。
***
ニャーバスター号が、軌道上でケルベロス・ゼロの進路を阻むように展開する。
ケルベロス・ゼロは淡々と直進を続け、セントリー・リングの射程圏内に向かっていた。
「父さん! オレだ! ミャクターだ!」
ミャクターの声が響く。
だが、ケルベロス・ゼロは無反応だった。
「頼む、オレの声が聞こえるなら、何か応えてくれ……!」
その瞬間、中央の首が僅かに動いた。
『……ミャクター……?』
低く、掠れた声が通信を通じて聞こえてきた。
トビーが息を呑む。
「今、反応がありました! やはり船長のお父さんの意識はまだ残ってる……!」
しかし、父の声が聞こえたかと思うと、その直後、冷酷な機械音が遮るように流れた。ケルベロス・ゼロの三つの首が激しく震え、左右の獣の口が開いた。
「……ハイジョ……ショウガイハ……ハイジョ……!」
咆哮とともに、砲撃が放たれる。
「くそっ!またか!?」
ミャクターが操縦桿を引き、ニャーバスター号は急旋回。閃光の奔流が間一髪で船体をかすめる。
「やっぱり駄目なのか……父さん……」
トビーが唇を噛む。
「いや……今の反応……完全に意識が消えたわけじゃないのであれば……」
トビーが端末を叩きながら考える。そして、閃いた。
「そうだ!ニャーバスター号とケルベロス・ゼロは、エルディアの技術でデータをやり取りしています。だったら……そのデータの流れを利用すれば、僕たちの情報をケルベロス・ゼロへ送ることもできるかもしれません!」
「なるほど……!」
ミャクターは即座に頷いた。
「トビー!ナイスアイデアだ!早速とりかかろう」
トビーが急いでニャーバスター号のシステムを操作し、データの流れを逆転させる作戦を敢行する。
「いくぞ……!」
ミャクターがコクピットの操作盤に手をかざすと、データリンクが起動した。
次の瞬間、ミャクターの意識が引きずり込まれる――
***
そこは暗闇だった。
いや……ただの闇ではない。
どこか、見覚えのある風景が浮かび上がる。
惑星フェリダスの草原。
遠くには、幼い頃に見た家のシルエット。
「……父さん?」
視界の向こうに、かつての父の姿があった。彼は一人黙々と家へ向かって歩みを進めている。父が歩いている草原が、時折バグのように揺らぎ、まるでデータが壊れかけているように見える
しかし、一向に近づくことのない家は、蜃気楼のように揺らめき、はるか遠くへと離れていく。歩みを進める父親……離れていく家……。やがてそれはぼやけて、はっきりとした形を成さなくなり。父親は暗闇の中呆然と立ち尽くす……。
「父さん?」
自然と声がでて、父親へ呼びかけるミャクター。
『その声は……ミャクター……なのか……?』
掠れた声が聞こえる。
「そうだよ、父さん! オレだ! オレたちの家に帰ろう!」
『……帰る……? フェリダスに……?』
「そうだ! ずっと待ってたんだ、父さん……!」
父の姿が僅かに明確になる。しかし、その背後に暗い影が広がっていた。
『……ミャクター……これは、夢なのか。ずいぶんと成長したんだな……。すまない……父さんは冒険に失敗してしまった。……せめてお前に一目会おうと、家に帰りたいんだがな……長い事歩き続けているのに家にたどり着けないんだ……』
「まだ間に合う! 父さん!意識をしっかり持ってくれ! オレたちが何とかする!」
ミャクターが必死に訴える。
『……愛する息子よ……すまない……もう……私は……』
その言葉と同時に、ノイズが走りたくさんの獣の咆哮があたりに響くと、たちまち父の姿がかき消される。そして暗闇がミャクターを包み込んだ。
***
「――船長! 戻ってきてください!」
トビーの声で意識が現実に戻る。
ミャクターの目が開いた瞬間、ケルベロス・ゼロが大きく動きを止めた。
「……!」
しかし、次の瞬間――
ケルベロス・ゼロはセントリー・リングの迎撃範囲に入った。
警報が鳴り響く。
「くそっ……!」
「船長、どうしますか!?」
「まだ終わってない……! もう一度だ! トビー!」
ミャクターは操縦桿を握り締めた。
父を救うための最後の賭けに出る――!




