宇宙ネコ ミャクター船長の大冒険:エピソード111「ミャクター・キャッツバーグ⑥」
ニャーバスター号のエンジンルーム。
青白い光が静かに脈動しながら、柔らかく周囲を照らしている。中央には、ミャクターの仲間であるニヒナとブンザード、そしてかつての彼自身が融合されたエナジーコア――『英知の結晶』が鎮座していた。
ミャクターとトビーは、その神秘的な光を見つめながら立ち尽くしていた。
トビーは英知の結晶にそっと手を伸ばし、その冷たい表面に指先を触れた。金属質の感触がじわりと伝わる。しかし、その奥には確かに何かが存在している気がした。
「この中に……ニヒナやブンザードがいるんだね。そして、元の船長も……」
囁くような声で言葉を紡ぐ。
「そうだ。もう二十年経った、らしいが……オレには一週間にも、一世紀にも思える」
ミャクターの声は静かだった。
「年を取る感覚がなくてな。よくわからないんだが。オレはまだここにいる。でも、アイツらは……オレと同じ時間を生きているのかどうか、もうわからない」
彼は軽く笑ったが、その笑みはどこか虚ろだった。
トビーは思う。ミャクターは、この結晶と融合した瞬間から、時間の流れに取り残されている。ニヒナとブンザードと共に生きているはずなのに、彼らと交わす言葉はない。結晶に囚われながらも、彼だけが独り、この宇宙を彷徨い続けている。
そして、トビーは思い出す。自身もかつての冒険――銀河の亀裂の中で、英知の結晶を生み出したカーリン・マグナスに出会った。
彼は、自らを英知の結晶と融合させた存在だった。果てしない知識欲の果てに、自らを実験の対象にし、究極の知性と化した男。その結果、彼は「知る」ことはできても、「生きる」ことを忘れてしまった。
「船長……カーリン・マグナスのこと、覚えていますよね」
トビーはそっとミャクターを見た。
「ああ……もちろんだ」
ミャクターの表情が僅かに曇る。
「アイツは、知識を求めるあまり、自らを結晶と一体化させた……いや、"生きた知識"になろうとしたんだろうな」
「彼の作り出した英知の結晶……本当に何のために存在するんでしょう?」
「それは……オレにもわからない」
ミャクターは結晶を見つめながら、静かに言った。
「だが、少なくともオレは、アイツみたいになるつもりはない。オレは……オレのままでいるつもりだ」
そう言いながらも、トビーは考えてしまう。
本当にそうなのか? ミャクターが「オレはオレのままだ」と言い続けるのは、"そうであろう"と自分に言い聞かせているだけなのではないか?
結晶に囚われて二十年。
彼は、どこまでが"ミャクター・キャッツバーグ"なのかを、今でも探しているのではないか。
トビーはそんな彼をじっと見つめ、ゆっくりと英知の結晶に向き直る。
「ニヒナ、ブンザード、そして……元のミャクターさん」
トビーは、深く息を吸い込んだ。
「僕は、今のミャクター船長の相棒をしています。僕にできることはまだ少ない……。自信もない。まだまだ皆さんのようには船長のお役に立てていませんが……僕なりに一生懸命、船長の相棒として恥ずかしくないように頑張りたいと思います。皆さんも、どうか見守っていてください」
結晶の光が、トビーの言葉に応えるように少しだけ揺れたような気がした。
ミャクターは、それを見て静かに微笑んだ。
「ありがとうなトビー……オレは今も、アイツらと話しているつもりなんだがな。返事が返ってきたことは一度もない。この光の揺らぎがアイツらが応えてくれているのかもと考えると少し心が救われる。アイツらは、まだこの中にいるんだと思えるんだ……」
彼は軽く拳を叩き、普段通りの調子に戻る。
「さぁ、辛気臭いのは無しだ! 俺たちに止まっている暇はないぞ! トビー、オレのすべてを知ったんだ。お前にはたっぷりと協力してもらうぞ!」
「えっ……?」
驚くトビーに向かって、ミャクターは満足げに腕を組む。
「今日からお前も『チーム・キャッツバーグ』の正式メンバーだ! お前は猫族じゃないけど……特別枠だぞ」
その言葉に、トビーは思わず笑みをこぼした。
「僕が……キャッツバーグのメンバーですか? うわぁ、嬉しいなぁ!」
心が温かくなるのを感じる。ミャクターの長い旅路の中で、一緒にいたニヒナとブンザードのように、今の自分も確かにそのチームの一員として認められたのだ。
「正直力不足は否めません。不安もいっぱいですけど、今まで以上に頑張らないとですね!」
「その意気だ!」
ミャクターは満足そうにうなずいた。
そして、ふと何かを思い出したように顎に手を当てる。
「さて、となると……あともう一人、連絡を取らなきゃいけないヤツがいるな」
トビーはピンときた。
「その人って……もしかして……」
「『サラ・エクレールだ!』ですね!」
ミャクターは、懐かしむように目を細める。
「銀河連邦の高官……船長の昔からの協力者ですよね」
「あぁ、アイツとはもう二十年の付き合いだ」
ミャクターは小さく笑う。
「オレが銀河を駆け回ってアーティファクトを探し続ける間、裏で色々と手を回してくれていた恩人さ。英知の結晶に関する問題でも、秘密裏に情報を流してもらっている。それに、オレが本格的に動くんだ。連邦にも根回ししておかなきゃな」
「そうですね!サラならきっと力になってくれるはず」
「当然だ。英知の結晶のことも、そろそろ本格的に動かさないとな」
ミャクターは通信コンソールの方へと向かう。
「そろそろ、昔の仲間とも顔を合わせる時が来たってことだ」
トビーも、その背中を見つめながら深く頷いた。
銀河の亀裂で出会ったカーリン・マグナスが追い求めるもの。英知の結晶の謎。そして長年の協力者、サラ・エクレール――
すべてが交差し、新たな冒険の扉が開かれようとしていた。
エンジンルームの静寂の中で、英知の結晶は変わらず淡く光を放ち続けていた。
まるで彼らの選択を、静かに見守っているかのように。




