プロローグ
『終わり もしくはそのはじまり』二人の別れと告白のやり取り。
子供ができたとケイタは言った。
だから、結婚するのだと。
「どうして」
なぜ、どうして。
そこには決して感情豊かではない僕の、あるだけすべての感情が込められている
ようだった。
なぜ、ケイタに子供ができたのか。
僕とケイタの子供ではない。それは確かだった。
僕らの愛に生産性はない。
「ごめん」
なにが。
「彼女、いたんだ」
愛しているとケイタは言った。
愛しているからキスがしたい、愛しているから体をかさねたい、と。
愛ゆえの行為なのだと、僕はケイタを受け入れた。
愛しているから、一緒にいて、愛しているから付き合っていた。
愛し合っているから……
「アツシ、ごめん」
くしゃくしゃに顔を歪めたケイタはいまにも泣き出しそうだ。
「どうして」
同じセリフを、僕は再び口にした。
愛し合っていれば、性別なんて関係ない。そういって以前笑ったケイタの顔を思
い出したら、僕の目から涙が溢れた。
――――――――――
そして僕は、また終わらない夜に泣く。
『終わり もしくはそのはじまり』
ケイタと別れたのはどれくらい前のことだろうか。
ケイタと付き合ったのは、まだ僕が小学生で、いや、あれは出会い。
僕らが″恋人同士″になったのは、僕が大学受験を終えた春だった。
「アツシ」
「うん」
「『おかえり』」
ケイタは一年早く、大学生になっていた。
首都圏の、そこそこの私大。
互いにおなじ場所を目指したけれど、一年の浪人生活を経て、ようやく僕は大学
一年生になった。
ケイタは二年生になった。
空白は埋まらない。たとえ、空白の時間の感覚がなくとも。
そしてケイタは、入学手続きのために地元から大学へやってきた僕におかえりと
言った。
夏休みは普通に遊んだ。僕は夏期講習の合間に、ケイタはバイトの合間に。
冬にも一度会った。
受験当日も、ケイタと一緒だった。
「『ただいま』……?」
意味がわからないままに応える。
僕は、少し途方に暮れた。
応えた僕に向けられた、ケイタの満面の笑みは、ほの暗い受験生活ですさんだ僕
の目にはまぶしく写った。
合格した日から、気分は羽根が生えたように軽くなったけれど、それでも、一年
遅れの不安は心を占めてあふれていた。
僕が悪い。だけれども、現役で合格した人間はみな妬ましく、ケイタも例外に漏
れなかった。
「やっと毎日一緒に飯食えるな」
ケイタが言う。
「いままでアツシに会いたくて仕方なかったんだぜ」
まばゆいケイタの言葉は、社交辞令だと思った。
だから言う。
「ありがとう」
と。
「アツシは、うれしくないか?」
「え?」
「俺と一緒に過ごせること」
「うれしいよ」
勝手に、口が動いた。
しかしケイタはまだ、不安そうに僕を見ている。
「ただ、」
言うべきか、一瞬悩む。
「ケイタは、僕と違って社交的だから」
僕に固執しなくとも、友情には不自由しないだろう? 皮肉とも取れる言葉は飲
み込んだ。しかし本音である。
「アツシ」
「うん?」
「俺は、アツシが好きだよ」
ケイタの目は、真剣だった。
「アツシ以上に、自信を持って愛していると言える奴はいない」
「それは」
まるで告白のように聞こえるけれど。
「恋人として、付き合って欲しい。そういう意味で愛してる」
とても、唐突な告白だった。
自嘲気味に、アツシは言った。
「気持ち悪いと思ったら、俺のことは全部忘れてくれ。
アツシにとっては新天地だし都合いいだろ」
「僕の都合は僕が決める」
苦笑いするケイタに僕ははっきりと言い切った。
ケイタはビクリとおびえたように、表情を固くした。
まさか、ケイタがホモだとは思わなかった。
普通に彼女だっていたし、なによりそんな雰囲気はなかった。
「いま僕が言えるのは」
ケイタはまだ、動けない。
暖かい春風が、恋愛経験のない僕に妙なことを言わせたのだと思う。
「いままでのケイタの僕への接し方が恋愛対象だったから、なら気持ち悪いとは
思わないよ。
ケイタは普通の友達以上に好き」
恋愛経験のない僕にはわからなかったのだ。付き合うことの意味と同性が付き合
うことの重さが。
「ケイタをいま愛してるか聞かれたらわからないだけど、付き合うことに抵抗は
ない」
そう、僕らが付き合ったきっかけは、ケイタの唐突な告白と僕の軽率な返事。
『終わり もしくはそのはじまり』 end




