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現恋傑作選

俺のなろう小説の感想欄を荒らしてるのが清楚な文学美少女のはずない

 図書館で、ようやく目的の本を見つけた。


 棚の左端、上から二段目。

 日に焼けて薄れた題字(タイトル)に手を伸ばし、白い背表紙に指先が触れた瞬間のこと。


「ぁ……」


 微かな女の子の声と、柔らかな感触。

 俺の指先に、白くて細い誰かの指が触れて、すぐ離れていった。


「……ごめんなさいっ……」


 ちょっと遅れて俺も指を引っ込めながら、左側から聞こえた小さな謝罪(こえ)のほうを見る。


 ──そして見惚れた。


 白い肌と姫カットの黒髪。知的な白銀(シルバー)フレームのメガネの向こうでは、震えるまつ毛の下から、申し訳なさそうに茶色の瞳が見上げてくる。

 ゲームやアニメでしか見たことのない、二次元的(えにかいたよう)な文学少女がそこにいた。


 しかもだ。彼女の華奢な肩を包む清楚な純白のブレザーと、ほのかに膨らむ胸元を飾る銀の校章(エンブレム)は。


 ……聖女……様……


 家柄と知性を兼ね備える選ばれし少女たちだけが通う中高一貫の超名門お嬢様学園「聖条院女学館」。

 その制服をまとう清楚オブ清楚な女生徒たちを、他校生は憧憬(あこがれ)を込め「聖女様(セイジョサマ)」と呼ぶ──女子高生に詳しい同級生の藤田くんが、いつも以上に熱く語っていたものだ。


「……あの、お好きなのですか……?」


 はい好きです!と即答しかけ、それが先ほどお互い手に取ろうとした「本」に対しての問いかけだと気付いた俺は、ぎりぎりで言葉を飲み込む。



 ──俺がなぜ、その本に手を伸ばしたのか。発端は、二日前のことだった。



 ◇ ◇ ◇



〝感想が書かれました



 『小説家になろう』のユーザーホーム画面上部に、燦然とかがやく赤い文字列。

 こんなにも心躍る9文字がこの世にあることを、俺はそれまで知らなかった。


 ──ずっとラノベ好きだった俺が、ふと自分でも書いてみたいと思い立ち、連載小説の1話目を投稿してから一カ月半。


 いつも脳内で妄想ばかりしていたから、書きたいことはたくさんあった。

 ほぼほぼ毎日、続きを書いては投稿して現在40話になる。

 ブックマークは4件、評価は★★☆☆☆を一回もらったけど、喜んでいいのか落ち込むべきなのかいまだにわからない。総合評価12pt、それが拙作の現在位置。


 そんな中で、はじめての「感想」だ。

 俺は震える指で、その赤い文字をタップした。


▼気になる点

非モテが異世界に行ったらチーレム俺TUEEEとか作者の願望丸出しでキツい。あと文章が絶望的に下手。読んでるとゲー吐きそうになる。

投稿者:ricebird


 …………。


 ブラウザアプリをそっと閉じて流れるようにYouTubeを起動、検索欄に「シマエナガ」と打ち込む。

 ずらりと並んだふわふわの白い雪の妖精たちのサムネからひとつを選び、その愛らしい姿をしばし堪能した。


 …………ふう。


 ようやくまともに呼吸ができた気がする。下手すりゃ死んでた。ありがとう雪の妖精(シマエナガ)さんたち。


 そして俺は、直前に見た感想(モノ)を記憶から抹消した。


 だって今日も続きを書かなきゃいけないし。

 そう、敵の幹部とのバトルが5話目に突入しているんだ。なんとかしないと。

 設定を盛り過ぎて弱点がないから、どうやって倒せばいいか自分でもわからない。

 もう、こうなったら主人公を新たな能力に覚醒させるしかない……!


 ……そんなこんなで第41話を書き上げたのは深夜2時。そのまま投稿して、ベッドに潜り込んだ。


 ──翌朝。起きてすぐ、なろうのユーザーホームを確認するのが日課だ。自作品のPVと、ブクマや評価やいいね(・・・)が増えていないかを確認する。


 ……えっ……?



〝感想が書かれました



 寝起きには眩しい赤文字が、並んでいる。

 ……まさか……いや、そうだ……今度こそ本当に(・・・)感想が書き込まれたのかも知れない!



▼気になる点

ダラダラ続けたバトルに唐突なパワーアップで圧勝とか読者バカにしてる。これプロットあるの?っていうか伏線って知ってる?

あとやっぱり文章が壊滅的に下手。読んでると蕁麻疹でそう。

投稿者:ricebird



 ……だ……だいじょうぶ……今回は身構えていたから、受け身も取れている。

 ちゃんと息できてる。シマエナガタイムも不要だ。


 まあ、痛いとこ突かれてダメージはしっかり受けたけど。

 もうこれは「荒らし」認定でいいよね。落ち着いたら、今度はだんだんと腹が立ってきた。

 このまま削除するのは簡単だけど、言い返してやらないと気が済まない。


 わかってる、冷静さを失えば荒らしの思うつぼ。寝起きの脳みそに鞭を入れ、思考を走らせる。



>>感想返信

ご感想ありがとうございます。ご意見、参考にさせていただきます。

ちなみに文章が下手とのことですが、具体的にどこを直せば良くなりますか?



 ……よし、完璧な大人の対応。だいたい荒らしなんて連中は、具体的な指摘なんかできないはず。

 きっとこれで黙るだろう。


 ちなみに、暴言や誹謗中傷を含むような感想は「利用規約違反」なので、なろうのページ中央の一番下にある「お問い合わせ」から「違反報告」を送り、運営に削除してもらうことができる。


 この場合は削除跡に『利用規約に違反する内容を含むため、運営により削除されました』と赤文字が表示されて、投稿者名はそのまま残る。

 ただ削除するよりも抑止効果があるし、白黒はっきりするからメンタル的にもすっきりしそう。


 そのへんは以前、お気に入り作品の感想欄が荒らされたときに見て知っていた。もし今後も粘着されるようなら、試してみてもいいかもしれない。


 などと思考をめぐらせながらホーム画面に戻った俺を、待っていたのはまたも赤文字だった。



〝感想が書かれました



▼一言

そう簡単に直せるレベルの下手さじゃないので、まずは文章作法から。


①三点リーダー[…]とダッシュ[―]は2個セット[……][――]で使う。

②会話文「」の最後の文末に句点は付けない。

③文頭の字下げ(スペース)は入れる/入れない、どちらかに統一する。今みたいに入れたり入れなかったりしてるのが一番ダメ。


あとは地道にインプットすること。どうせまともな小説読んだことないだろ?

投稿者:ricebird



 ……すごく具体的でわかりやすい指摘が返ってきた。きっちりディスりながら。

 というか感想返信して5分くらいしか経ってない気がするんだけど早すぎない……?


 ちょっと恐怖さえおぼえつつ、このままでは遅刻してしまうので、いったんスマホの画面を消す。


 ──その日は結局、授業中もずっと荒らしのことばかり考えてしまった。指摘された「文章作法」というものを、机の下でスマホを膝に乗せてずっと調べていた。


 そして夜、自室で机に向かい今日も続きを書く。

 荒らしに指摘されたこと……三点リーダー、会話文の最後の句点を取り入れてみた。

 そして文頭のスペースはなろうの「一括変換」の機能を使って全文に入れる。


「……え……これ……」


 投稿前のプレビューで、自分の文章を見て驚く。

 なんというか、すごくスッキリして見えた。比べると、昨日までの文章はゴチャッとしている。

 授業中に調べたところ「文章作法」というのは出版時、つまり書籍(ほん)の形になったときの文章のルールらしい。


 それを守ればプロの作品で見慣れた形式に近い文章になるわけで、読みやすいと感じるのは自然なのかもしれない。

 もし俺が読者の立場だったら? 同じ内容ならば当然、こっちを読みたいに決まっている。


 なぜだか胸の高鳴りをおぼえつつ、最新話を投稿した。

 さあ、これでどうだ? 落ち着かないのでシマエナガさんの動画を見て心をしずめ、五分後に再びなろうを開く。



〝感想が書かれました



▼気になる点

文章作法が守られて読みやすくなったが、最新話だけなので意味がない。全部直せ。

あと誤字やら文法おかしいとこも盛大にあるからついでに直せ。時間が経ってるからきみでも気付けるはず。


▼一言

投稿前に一晩寝かせて、三回くらい音読してみると誤字やおかしな文に気付けると思う。

まあ、きみは絶望的にインプットが足りないから百回やっても無駄かもね。

投稿者:ricebird



 ……ぐぬぬぬ、えっらっそうにっ……。しかし確かに最新話だけ直しても、読者は1話から読むわけであまり意味はないのかも知れない……。

 それにしてもインプットインプットと……そりゃあ俺は基本ラノベしか読まないけど、書いてるのもラノベなんだから問題ないだろ。うん、そうだよな。



>>感想返信

ご感想ありがとうございます。ご意見、参考にさせていただきます。

インプットが足りてないとのことですが、おすすめの本などありますか?



 よし、これでいい。

 有名な文豪とかナントカ文学賞受賞作品とか出してきたら「こちらが書いてるのはラノベなので参考になりません」で論破だ!

 意識高い系の小難しい文章じゃあ、俺たち中高生男子を楽しませることはできないぜ!


 ──その後。5分置きに更新してみるものの、赤文字はなかなか現れなかった。


 荒らしの言いなりになるのは癪だ(モヤる)けど、待ち時間を潰すのに1話目から見直しをかけてみることにする。


「……おい……なんだよ『大地を斬り埼玉県』って……」


 正しくは「大地を斬り裂いた魔剣」……うん確かに……時間を置いたおかげか、誤字やおかしな言い回しがボロボロ目について直しの手が止まらない。俺はこんな状態で公開していたのか……。


 そういえば文章作法を調べていたときも、書いてすぐに投稿せず一晩寝かせてから推敲(すいこう)するのが良い、なんて話を見た気がするけど……なるほど、こういうことか。


 結局、気付けばスマホを両手に持ったまま、机に突っ伏して眠っていた。

 直しは全体の半分、二十話を終えて投稿ボタンを押したところ。


 時計の針は朝6時。たぶん2時間くらいしか寝てない。

 いろいろまずいと思いつつ、ほとんど手癖のようにユーザーホーム画面を確認する。



〝感想が書かれました



▼気になる点

ちゃんと寝なさい。


▼一言

朝見夕日 著「あわゆき姫と七羽の小鳥」

投稿者:ricebird



 ──予想外の優しさと共に添えられていたのは、文豪の名著でも、ナントカ賞受賞作品でもなくて、とうに絶版になった児童書のタイトルだった。



 ◇ ◇ ◇



 あまりにもネットに情報がなくて、最初は架空のタイトルでからかわれたのかと思った。

 ただ、あの荒らし──ricebirdは、そういう不誠実なことはしない気がした。

 酷いことを言うヤツだけど、いつも筋は通っていたから。


 だからとにかく検索しまくって、「あわゆき姫と七羽の小鳥」が十年以上前に絶版済みの児童書だと突き止めた。しかし電子書籍化されておらず、中古市場(マーケットプレイス)への出品もない。

 諦めかけたところで、図書館の蔵書検索サイトから隣の隣の市の公立図書館に存在する一冊にたどり着き──いまここに至る、というわけ。


「あ……変なこと聞いてごめんなさい。この本を知ってる人に、今まで会ったことなくて……」

「……ええと、知り合いからおすすめされて……」


 恥ずかしそうに目を伏せた文学少女へ、そう返答する。大丈夫、嘘はついてない。


「えっ、ほんとですか。わたしも、きのう知り合いにおすすめしたら自分でも読みたくなって」

「へえ……そうなんですね……」

「すごい偶然。でも嬉しい、私の他にも『おすすめ』にするくらいこの本を好きなひとがいるんだ」


 頬をほんのり赤らめ、すこしテンション高めに話す彼女のきらきらした上目づかいに、俺は心臓を揉みくちゃにされていた。それを悟られないよう、必要以上に冷静を装う。女子に免疫のない陰キャあるあるだ。


「そんなに、好きなんですね」

「はい。とっても、大好きなんです」


 図書館ゆえの小声で、囁くように鼓膜をくすぐる「大好き」という魔詞(ワード)

 小声(それ)を聞き取るための距離感の近さがまた、俺を崖の(はじ)にじわじわと追い詰める。だめだ、相手は「聖女様(セイジョサマ)」だぞ……この(こい)に落ちたら最後、行き着く先は奈落しかない……たすけて、シマエナガさん……!


 瀕死で宙を泳ぐ俺の視線は、彼女の肩掛けのスクールバックにぶらさがったちいさな小鳥のマスコットに行き着いた。……シ、シマエナガさん!? ……いや、これは文鳥さんか…… 添えられたプレートに書かれた綺麗な「言羽 KOTOHA」の文字は、彼女の名前だろうか。

 言羽(ことは)……文学少女の名前としてあんまりに完璧すぎて、俺はもう限界(ムリ)だった。


「……あ……ごめんなさい……わたしはいいので、ぜひ読んであげてください」


 俺の様子のおかしさにようやく気付いたのか、本棚から例の一冊を手に取ると、微笑みながら両手で差し出す言羽さん。その仕草の可愛さが俺を完全に崖下(こい)に突き落としたことなど、知りもせず。


「たくさんの人に読まれた方が、きっと物語も喜ぶから」

「……物語が……喜ぶ……」


 なんて素敵な理由だろう。本を受け取りながら気の利いた返しをしたかったけど、オウム返しを絞り出すのがやっとだった。


「……あ……また変なこと言って、ごめんなさい……それじゃ」


 彼女は再び恥ずかしそうに目を伏せると、後ろに一歩下がる。それから両手をお腹の前で重ねて、たぶん世界でいちばん綺麗な角度のお辞儀をした。


「もしよかったら、感想聞かせてください。わたし、よく図書館(ここに)いますから」


 顔を上げると、はにかんだ笑顔を浮かべながら、そんな言葉と微かな甘い香りだけ残して彼女は去っていった。

 後姿を見送って、呆然と立ち尽くす。

 感想聞かせて……またお話する口実ができた……けど、こちらから声をかけるのはハードルが超高層だし、きっと「聖女様」の記憶からは、俺のことなんかすぐ忘れ去られるだろう。


 ようやく我に返ると、胸にきつく抱きかかえてていたその本──「あわゆき姫と七羽の小鳥」を持って受付カウンターに向かう。

 この図書館を使うのは初めてだから、まずは利用者登録の申込書を記入しなくてはならなかったのだが、ペン先の震えがなかなか収まらず苦労した……。


 ──その夜。


 自室で机に向かい、今日はスマホではなく紙の本を開く。ハードカバーの存在感、めくったページの紙の手触りに俺は、心地いい緊張感をおぼえていた。


 読み始めると、やわらかで読みやすい文章と、展開の面白さにぐいぐいと引き込まれた。

 しかも、主人公は異世界に転移した日本の女の子。彼女と、彼女を助ける不思議な力を持った七羽の小鳥たちの物語。


 小難しさなど一切なくて、なんなら俺の文章のほうが、カッコつけて回りくどい書き方をしては途中で迷子になっている気がしてきた。

 描写された景色はくっきり脳内に拡がり、登場人物(キャラクター)が生き生きと話し動き回る。そして最後にすべてがひとつに繋がって、世界をひっくり返す快感と感動の渦──!


 ricebirdへの返信に、言羽さんに伝える予行演習も兼ねて、そんな感想を書き連ねた。

 気付けばもう夜3時近かったから、さすがに寝ることにした。

 連日の夜更かしのせいだろう、翌朝は遅刻ぎりぎりまで寝てしまい、なろうのユーザーホームをチェックしたのは昼休みだった。



〝感想が書かれました



▼良い点

最近じゃ珍しいくらいの俺TUEEEが気持ちいい!これからも楽しみにしてます!

投稿者:まりんば



 ……!? 俺は状況をすぐに理解できなかった。

 待ち望んでいた、本当の感想が書き込まれたという事実を。


 じわじわと嬉しさが湧き上がる。ブックマークもひとつ増えて5つになり、さらに最高評価である★★★★★も貰えたようだ。

 ブックマークはひとつにつき2pt、そして★もひとつ2pt、つまり五つなら10pt(!)だから、総合評価が12もアップして24ptになった……!


 このポイントによってランキングに入ることが出来れば、そこでより多くの読者の目に留まる。結果としてさらにポイントが増えれば、ランキングの順位も上がり、そのぶん更に目に留まりやすくなって……という好循環が、いわゆる「伸びた」という状態だ。


 俺の書いてるハイファンタジーは人気ジャンルだから、日間ランキング100位に入るにも60pt以上必要。今の俺にとっては、夢のまた夢……。


 そんなわけで、もしお気に入りの作品に出会ったら、迷わずブックマークだけでもいいので付けてあげてほしい。できることなら広告の下までスクロールして、☆を★にかえてあげてほしい。


 そのワンクリックが、作品の運命を左右するかもしれない。


 ……と、話がずれてしまった。


 そうだ、感想返しをしなくては。書きたいことがあり過ぎるけど、どのくらいの距離感で何を書けばいいのかわからない。引かれちゃったらいやだしな……。


>>感想返信

ご感想ありがとうございます!これからも頑張るので楽しみにしていてください!


 頭のなかをぐるぐる十周くらいした末に、おそろしく当たり障りのないものになってしまった……。

 こういう作者も少なくないと思うので、もし感想返信があっさりし過ぎていても、そこには十倍の感謝が詰まっていると考えていただけるとありがたいです。


 それにしても、楽しみにしてくれている人がいることが目に見えると、こんなにモチベーションになるのか。はやく残りの21話分も修正して、その続きの話を書きたい。


 ──油断すると脳裏に浮かんでしまう言羽さんの尊顔(おかお)を、振り払うこともできるし。


 午後の授業中も、帰宅後も夕飯中以外はずっとスマホ片手に執筆。

 風呂でも湯船の中で執筆しつづけてのぼせかけながら、修正を終わらせた勢いのまま最新話まで仕上げた。

 これまでで最高の一話が書けた気がして興奮している。そのまま投稿しようとして、ふと手を止めた。


『投稿前に一晩寝かせて、三回くらい音読してみると誤字やおかしな文に気付けると思う』


 ricebirdの「一言」が浮かんだ。完璧なものが書けた自信がある、だからこそヤツの言葉に従って、そして見返してやろう。



 ──いつもより少し早めに寝たせいで、翌朝はだいぶ早めに目が覚めた。


 窓の外からスズメさんの鳴き声が聞こえるなか、ベッドから這い出してさっそく音読を試してみる。


「……そしてドラゴンの胸を斬り埼玉県は……その血を吸って……悪しき凶々しさを宿したかのように、輝いていたのである……」


 …………また埼玉県が、今度はドラゴンを……しかも、なんだかクドくて気持ち悪い文章……「あわゆき姫」を少しは見習え……。


「ドラゴンの胸を斬り裂いた魔剣は、その血を吸ってギラリと輝いた……うん、これで……」


 他にも数か所の誤字やらおかしな文章を見つける。いったいどこから生えてきたんだ、と思ってしまうほどの勢いだ。

 片っ端から修正した最新話を投稿した後、まだ少し時間があったので、なんとなく以前の感想をながめる。


 けっきょく、腹は立つけどヤツ(ricebird)の言うことはいつも正しかった。

 そして、そんなヤツの感想が途絶えてしまったことに寂しさを覚えている自分に気付く。

 そういえば書き込まれた感想の、相手の名前のリンクからユーザーページが見れるはず。

 深く考えずに、ricebirdのユーザーページを見てみる。


 もし作品を公開しているなら、ここから確認できるのだが、たいていの荒らしは作品を公開していないものだ。自作を公開しながら人に好き勝手言うのは勇気がいる。そんな勇気のある人間は、そもそも荒らしになんかならないだろう。


 意外にも、そこには短編小説が一作品、公開されていた。タイムスタンプはもう三年前。

 試しに作品情報を確認してみる。


 ブックマーク0件

 評価ポイント0pt

 総合評価0pt


 勝った、と思わずニヤけてしまう。

 ジャンルは純文学。なんとなく察するものがありつつ、作品を読んでみる。


 ……これは……。


 3000文字ほどの短い作品だった。

 勝手に「あわゆき姫」と似たものを想像していたけど、ぜんぜん違っていた。

 それは美しく流れる詩のような文章で紡がれた、とある兄弟の物語。切なくて、でも希望に満ちた結末まで、俺は息をするのも忘れていた気がする。


「……すごい……」


 大きく息を吸って吐いてから、思わずこぼれたのは賞賛の言葉だった。


 何も考えず画面を下に、ちょっとエッチな広告の下までスクロールさせて★★★★★(さいこうひょうか)を付け、それからいちばん上に戻ってブックマーク登録しようとしたところで、スマホのアラームが鳴動しはじめる。


 ──そろそろ朝ごはんを食べて、家を出る準備しないと。


 今日は図書館に「あわゆき姫」を返却しに行くつもりだった。

 期限は来週だけど、言羽さんも読みたがっていたわけだから、あまりお待たせしたくない。

 そしてもちろん、もしかしたら彼女に会えて、感想を伝えられたりしないかという淡い期待もあった。──正直に言えばそっちが九割だ。


 心ここにあらずのまま授業が終わって、図書館に向かう。「あわゆき姫」をカウンターに返却して、落ち着かない心臓をなだめながら、本棚の並ぶ奥へと進んだ。


 ──いた。


 ちょうど「あわゆき姫」の棚より少し手前に、あの日と同じ清楚な白いブレザー姿。真剣に本を見詰め、手に取ってぱらぱらとめくり、また戻す。

 その美しい横顔のシルエットに見惚れてしまう。


 どうする、声をかけるべきか。それとも、気付いてくれるまで待つか。……いや、気付いてもらえるのか? しかし声をかけるためのハードルは、雲の上までそり立っている。


 そうこうしているうち、彼女は本棚の列の奥へと歩いていってしまった。


 まずは、落ち着こう。こんなときはやっぱりシマエナガさんだ。俺にハードルを飛び越える白い翼を授けておくれ……!

 彼女の後をゆっくり追いながらスマホを開くと、お昼にチェックしたなろうのユーザーホームがそのまま表示される。

 実は今日は、更新した時間が良かったのかPVがいつもの二倍あった。そのおかげもあってか、ブクマが三件も増えていた。一日の最高記録だった。せっかくなので、画面をスワイプして更新してみる。



〝感想が書かれました



 ……ごくり、唾を飲み込む。そうだ、ここでヤツ(ricebird)がいつものようにディスってくれたなら、落ち着けるのかもしれない。我ながらおかしな思考だと自覚しつつ、震える指先で赤文字をタップする。


 そこには期待を裏切ることなく、ricebirdの感想が書き込まれていた。



▼良い点

主人公が聖女に向ける叶わぬ想いの心理描写が秀逸。繊細で、切なくて、胸に響いた。


▼一言

投稿時間もいつもの深夜じゃなく、今回のように人の多い朝か昼か夕方のほうがいい。

たくさんの人に読まれた方が、きっと物語も喜ぶから。

投稿者:ricebird



「……え……」


 静寂のなか、思わず普通の音量で声を漏らしてしまった。数人の利用者がこっちをチラ見して、すぐに目を戻す。

 言羽さんにも聞こえてしまったのだろう、いちばん奥の本棚の向こうから顔だけひょこっと出し、俺の顔を見て目を丸くして──それから微笑んで会釈してくれた。


 硬直する俺に向かって小さく手招きし、その美しいお顔は棚の向こうに消える。


 ──たくさんの人に読まれた方が、きっと物語も喜ぶから。


 言羽さんが「あわゆき姫」を譲ってくれた時の言葉。印象的だったからよく憶えてる。

 それとまったく同じ言葉をricebirdが……いやそんな馬鹿な。もしかすると何かの小説で使われたフレーズを、たまたま二人が同じところから引用したのかも知れない。

 二人とも「あわゆき姫」をおすすめにしているのだから、好みも似ている可能性が高いし。


 ためしにフレーズを検索してみる。……何ひとつ、ヒットしなかった。

 そこで思い立って『ricebird』で検索してみる。企業やお店の名前が並ぶなかに、見覚えのある小鳥の画像が表示されていた。


 ……ちょ……待って……


 翻訳してみる。



 ▶ricebird

 名詞:文鳥



 彼女がカバンに付けていたマスコットも、文鳥だった。

 たしか「この本を知ってる人に会ったことない」と言っていたから、知り合いという線もないだろう。


 いやいやいや、でも、ありえない。そんなワケない。だけど、これはもう本人に確かめてみるしかない。


 一番奥の本棚の向こうで、彼女は待っていた。

 貸出不可ラベルが貼られた、分厚く古びた文学全集の並ぶコーナー。蛍光灯の灯りが本棚に遮られて少し薄暗く、そして甘い香りが微かに漂う。


「申し遅れました、わたし、文月(ふみづき) 言羽(ことは)といいます。聖条院女学館の三年です」


 とつぜん始まる小声の自己紹介──あふれる育ちの良さと、文学少女感がさらに増幅(ブースト)されるフルネームにたじろぎつつ、どうにか学年と苗字だけ伝える俺。彼女の方が一つ、年上だった。


「……読みました?」


 続けて彼女は、俺の顔を下から覗き込むように問いかけてくる。


「あ、この場所はめったに人が来ないから……ときどき文芸部の後輩と、ここで内緒話するんです。何のお話かは秘密です」


 それから、いたずらっぽく笑った。こんな顔もできるのか。新しい表情を見るたび、可愛いの最高値が更新されていく。

 だけど、今は確かめなきゃいけないことがある。


「読みました。あの日のうちに一気に読み切りました」

「わあ、うれしい……! ちなみに、どんな感じでしたか……? 感想とか……」


 俺は、いちど深く息を吸って、頭の中を整理する。そして。


「はい……やわらかで読みやすい文章で、展開の面白さにはぐいぐい引き込まれて……描写されている景色はくっきり脳内に拡がるし、登場人物たちも生き生きと話して、動き回って……」


 最初はにこにこしながら聞いていた彼女の表情が、少しずつ驚きに変わっていく。


「……そして最後にすべてがひとつに繋がって、世界をひっくり返す快感と感動の渦……!」


 俺が聞かせた感想(それ)は、ricebirdに感想返信で伝えたのとほぼ同じ内容だった。彼女は両手を口元に重ねて、白い肌を桜色に染め、レンズの向こうの長いまつ毛を震わせている。


「もし……かして……()(くす) (かり)()さん?」


 彼女は、俺の「小説家になろう」における厨二めいた作者名を、おずおずと口にした。

 その不意打ちが想像を絶する恥ずかしさで、意識が飛びそうになったけど、真っ赤な顔でなんとかか首を縦に振る。


「どう……どうしよう……ごめんなさい、わたし、ほんとに酷いことたくさん書いて……」

「いいんです、教えてもらったこと全部、すごく勉強になって、文章もマシになったと思うし。おかげでブクマも増えて……」


 顔を伏せて話す彼女の声は、震えていた。小声でしかフォローできないのがもどかしい。


「わたし……自分の書いたものがぜんぜん読んでもらえなくて……。いろいろ、どうすれば読まれるのか勉強して、流行ってるものの真似もしようとしたけど、上手くできなくて。それでときどき、ひと様の小説に八つ当たりみたいにあんなこと書いて……」


 華奢な肩も震えていた。抱きしめたい、と思ってしまう自分に脳内で腹パンを喰らわせる。


「でも、きみがわたしの書いたこと、ちゃんと受け止めて実行して、作品がどんどん良くなってくの見てたら、なんだか眩しくて……」


 ときどき言葉に詰まり、声を震わせながら、彼女は話してくれた。


「『あわゆき姫』も、見付けにくい本なのに、探して真剣に読んでくれたのがわかったから……本当にすごく嬉しくて、きみの感想を何回も読み直して……それで、やっと自分が馬鹿なことしてるって気付いて、もうやめようって」


 ゆっくりと顔を上げる。頬に、光る涙の筋が残っていた。ricebirdと同じように「きみ」と呼んでくれたことが、とてつもなく嬉しかった。


「あの……俺、すごく好きです……」

「……!?」


 あっ、違うそうじゃない! いや好きなのは確かだけど、順序が違う。驚いて目を見開く彼女に、俺は慌てて訂正する。


「あっ、ええと、その、言羽さんの書いた小説が好きで……」

「……あ、ごめんなさい……そっか、読んでくださったんですね……ありがとう……」

「ぜんぜん読まれてないの、もったいないと思った。すごく綺麗で……」

「もしかして、評価つけてくれたの……」

「あ、はい俺です」


 彼女は、カバンから取り出した自分のスマホを少し操作して、画面をこちらに見せてきた。


「あの、これは見ました……?」


 ……ん……? それは昨日の夜も見た、彼女の小説の情報画面だった。



 ブックマーク11件

 評価ポイント58pt

 総合評価80pt



 一晩で、俺のポイントをダブルスコアで超えていた。

 そのあと彼女は再びスマホを操作して、別の画面を見せる。



 [日間] 純文学〔文芸〕ランキング - 短編 1



 ランキングの一番上、燦然と輝く王冠マークの横に彼女の作品タイトルと、ricebirdの名前が並んでいる。

 純文学はハイファンタジーと比べると作品数が少ないぶんランキングのボーダーが低い。俺の入れた10ptで、今朝の段階で純文学ランキングでは10位以内にランクインできたらしい。

 そしてランキングから読んだ人たちがこぞって評価とブクマを付け、お昼には1位になっていたという。


 ──「伸びた」というわけだ。


 内容が伴っていたからこその結果だ。もちろん悔しさはない。大好きな作品が正当な評価を受ける。こんな嬉しいことはない。

 きっと、物語も喜んでいるだろう。


「あの……お詫びと、お礼……わたしにできることなら、何でも……」


 それなのに彼女は、まだ涙の残る潤んだ上目づかいで、そんなことを言い出した。むくむくと首をもたげる邪心に、脳内で踵落としを五回喰らわせ黙らせる。


辛辣な感想(・・・・・)の件は、いろいろ教えてもらったからプラマイゼロ。それに、ランキングは言羽さんの実力だから俺はなにも」


 そもそも、ポイントに対価を支払う/受け取ることは、なろうの規約違反だ。それは言羽さんのためにも、よくないことだろう。


「でもそれじゃ、申しわけなくて……」

「なら、これからもいろいろ、小説のこと教えてくれますか? 俺、もっとちゃんと小説を書けるようになりたくて。読んでくれる人に、あと物語にも、喜んでもらえるように」

「……! もちろんです、わたしなんかで良ければ! あ……でも、わたしはタイトルとかあらすじ作るの苦手なので……きみは上手だから、逆に教えてほしい……です」


 意外な申し出だった。

 たしかに言われてみれば彼女の作品のタイトルやあらすじは簡潔な一言だけで、綺麗だけれど、伝わりにくいかも知れない。

 それはきっと、彼女の作品が埋もれてしまった一因なのだろう。


「俺なんかに教えられるかな……」

「ううん。ほら、あの連載のタイトルもすごく気になって、それで読んじゃったの。『転生したらカラス天狗だった俺がシマエナガ聖女様の……」

「ウッ、読み上げられるのは、ちょっと恥ずかし……」

「あっ、ごめんなさい……ふふっ……」


 そこでようやく彼女は、すこしだけ微笑んでくれた。憂いの表情も魅力的だけど、やっぱり笑顔はその百倍で、心臓がまた苦しくなった。──だからこそ俺には、はっきりさせなきゃならないことがある。


「あの、それで。ここからは、お礼とかお詫びとか、そういうのぜんぶリセットして聞いてほしくて……」

「はい……?」


 きょとんとして、微かに首を傾げる。あいかわらず、仕草のひとつひとつが刺さり、いっこうに見慣れる気配がない。


「今日、感想で褒めてくれたこと」

「あ……あれ、すごく素敵でした。主人公の想いが、聖女様に届いてほしいなって本気で思っちゃった……」

「実は現実(ほんとう)に、好きだけど手の届かないひとがいて、その気持ちを参考に書いたんです。だから、上手く書けたのかなって」


 聞いた彼女は小さく「えっ」と漏らして、目を伏せた。


「そう……そうなんだ。……いいな……あの聖女様みたいに想ってもらえるひと、うらやましい。……気持ち、届くといいですね」


 わかってる。「いいな」も「うらやましい」もぜんぶお世辞だってことぐらい。それでも俺は、前に進むため核心に触れる。


「そのひと……俺にとっての聖女様は……言羽さんなんです」


 彼女が息を呑む音が聞こえた。レンズの向こうで目をいっぱいに見開いて、口元を右手のひらで覆いながら、俺の顔をまじまじと見詰めている。


「でも、そういうの迷惑ですよね?」


 そのままどれだけの時間、死刑宣告を待っていただろう。

 彼女は両手のひらを胸の上に移動させ、そっと重ねて深呼吸した。


「……はい。とても、困ります。男女交際は校則で禁止です。ばれたら停学処分です……」


 ああ、そりゃあそうか。それはとても完璧な答えだった。

 校則のせいということにすれば、俺もあまり傷つかずに済む。そこまで考えてくれたのだろう。

 優しさと聡明さにますます惹かれてしまう。けれど、頑張って切り替えよう。


「ですよね。そうだよな。なんかごめんなさい、無理なこと言ってしまって」


 いいんだ。分かり切っていた結果だ。小説を通して繋がっていられれば充分だ。

 これで、前に進める。


「はい。だから──」


 彼女は眼鏡のレンズ越しに、潤んだ瞳で俺の目をまっすぐ見詰めてくる。


「だから……?」


 そして、心底から申し訳なさそうに言った。


「──卒業まで、待っていてくれますか?」


 …………!? え!? それは……まさか……そんな!?


「待ちます、ぜんぜん待ちます!」


 思わず小声を忘れた俺の声が、館内に響いてしまう。

 どこかで咳払いが聞こえ、慌てた言羽さんが「しぃー」っと人差し指を立てて俺の口元に近付けた。


 はじめて会ったときと同じ柔らかさの指先が、一瞬だけ唇に触れて、すぐ離れていく。


「図書館では、お静かに」


 いたずらっぽく囁いた彼女は、立てたままの人差し指を──俺の唇に触れたばかりのそれを、自分の唇にそっと押し当てた。



(おわり)


【ご注意】作中の「小説家になろう」および文章作法等に関する言及は、なるべく正確な記述を心がけておりますが、仕様変更や作者の主観による誤差もあり得ることをご了承ください。


【作者より】最後までお読みいただきありがとうございます。よろしければ広告↓↓↓下から★★★★★でご評価お願いします!

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