四『逮捕用の令嬢は逆襲する』
裁判を止めようと、ヴァレリオ皇子と弟のニールが入ってきた。
なぜかニールは元気に自分で歩いている。
「お嬢さん! もう心配はいらない! 君の弟の病気は治ったのだ!」
ヴァレリオがわたしに叫んだ。
「でも、ニールは不治の病で……!」
「私が薬草を見つけたのだ! それを魔術師に煎じてもらい、薬とした! だからもう心配はいらない!」
するとニールも大きな声で言った。
「姉さま! 僕なら、もう大丈夫だから! 皇子様に聞いたよ! 今まで僕のためにごめん!」
小さな声でしかしゃべれなかったニールが。
あんなに大きな声を出している。
わたしは泣きそうになった。
よかった。
ヴァレリオがわたしに向かって言う。
「お嬢さん! 君は罪など犯していない! そうだろう!?」
初めて会ったときにヴァレリオがわたしに言ってくれた言葉。
あの時は、あたたかさを貰った。
そして今はその言葉に勇気を貰っていた。
わたしは裁判長を見ながら強くいう。
「わたしは、やってません!」
「それは本当ですか?」
裁判長はわたしに厳しい目で問いただした。
リズメアは、裁判長の疑いに立ち向かう決意を固める。
「はい、本当です! 私は罪を犯していません!」
観客席からざわめく声が聞こえる。その中心には顔を真っ青にした今回の件を頼んできた貴族と、今回の事件の真犯人である令嬢がいた。
その近くにはなぜか、元婚約者であるエドワードもいた。
「気でも狂ったのか!」とヤジが飛んでくる。
でもわたしは裁判長にただ訴える。
「わたしは神聖侵犯などしていません。そのときの状況を調査すれば、わかるはずです。わたしはその日、その場所にいませんでした」
裁判長はわたしに慎重に問いただしてくる。
「その証明はどこにありますか?」
「それを確認していただきたいのです。そして、わたしは犯人を知っています。そこにいるフラシリア・フォンテーヌ令嬢です。そしてわたし今虚偽の証言をさせた貴族は彼女の父であるアレクサンドル・フォンティーヌ侯爵です」
「なるほど。しかし、その主張だけでは証明にはなりません。この事件に関して、真相を明らかにするため、綿密に捜査を行わせましょう」
「あとは、わたしの自室にある机の引き出しを抜いた裏側を確かめてください。依頼の手紙がとってあります」
「たしかに、それであれば調査の価値はあるでしょう」
「もし、それでもお疑いなら『聖白露の秘術』をお使いいただいても結構です」
観客席から「やめろ!」という声が届いた。
その『聖白露の秘術』というのは嘘を見抜く魔法だった。
この魔法は神聖な力を使い、真実と正義の探求にのみ使用される。
高位の聖職者のみが使える魔法であり、通常貴族に使われることはない。
魔法を自分に使われたことが明らかになれば、その人間は社会的な恥をかいたことになり、信頼を失ってしまうのだ。
するとフラシリアとアレクサンドルは「違う! でたらめだ!」とわめき始めた。
エドワードが叫ぶように言う。
「俺はやってない! あの女がやってるんだ! だから俺は婚約を破棄したんだ!」
それはエドワードも神聖侵犯に関わっているという自白に等しかった。
わたしはそれを冷めた目で見た。
彼らは近くにいる兵士に取り押さえられた。
「違う。違う……!」といっている。
アレクサンドルは悔しげに床をたたく。
フラシリアは父親につかみかかりながら「大丈夫って言ったじゃない!」と叫んでいた。
エドワードは激しく頭をかきむしっていた。遠目にも髪が抜けていくさまが見える。
裁判長が言う。
「私たちは公平な裁判を行う責任を負っています。真犯人を特定し、冤罪を晴らすために、徹底的な調査を行います。そして――」
わたしはその言葉の最中に、口を開いた。
「お待ちください。裁判長」
「なんでしょうか? リズメア・アシュフォード」
「しかし、わたしは別の罪を犯しました。聞いてくださいませ、裁判長」
裁判長は一瞬間をおいた。
「聞きましょう」
「私は弟の病気の治癒を願い、お金を稼ぐために苦渋の選択をしました。お金のために、今まで様々な他の令嬢の罪をかぶってきたのです。そちらの依頼の手紙を、すべてとってあります」
わたしがいうと、観客席から悲鳴が上がる。
「やめさせろ!」という声がした。
「そんなことをして、どうなってもいいのか!」という脅しの声も聞こえた。
でも、そんな言葉でわたしは止まらない。
ヴァレリオ皇子がつぶやく声が聞こえた気がした。
「他人の罪をたくさんかぶってきて、誰にも漏らさなかった令嬢が、ただの令嬢のわけないだろうに」
周りが騒がしすぎるため、届くはずがないのに。
彼の声が届いた。
もしかしたら気のせいかもしれない。
けど、いいのだ。
わたしはその声にまた勇気をもらったのだから。
「わたしに罪を押し付けたのはまず、あちらのハロワリアナ嬢です。その罪は――」
わたしは次々に覚えてる限りの罪と、真犯人の名を告げていく。
観客席は阿鼻叫喚となっていた。
わたしをどうにかしようとした人もいたが、警備兵に取り押さえられていた。
そして最後にわたしは、裁判長にいう。
「彼らとともに、わたしも罰してください。裁判長」
裁判長は厳しい口調でいう。
「リズメア・アシュフォード。あなたは、脅されて罪を犯行を自供しました。誰かをかばって国を欺きました。それは罪です」
「はい……」
そこで裁判長は首を横に振った。
「だがその大本は弟への深い愛であると私は思います。愛ゆえに、小さな罪を犯してしまった方をどうして罰せましょう」
「で、ですが……」
裁判長は周りを見回す。
「私は彼女を罰したくはない。皆様は、どうでしょうか?」
と他の裁判員や司祭様を見渡す。
すると、裁判員や司祭様からは同意の声が上がった。
「私も同じ意見です」
「彼女の深い愛は、神の御心にも通じると考えます」
そんな声があがったのだ。
わたしはずっと、世界は冷たいものだと思っていた。
けどそれは違った。
弟との時間以外にも、あたたかな世界はあったのだ。
裁判長も、裁判員も、神父様も優しい方だった。
だけどそうなったのは、わたしが行動したからで。
わたしが行動できたのはたった一人の――
わたしは、わたしを信じてくれて、弟を救ってくれた皇子様を見た。
彼は優しく微笑んでいた。