三『逮捕用の令嬢は絶望する』
森で薬草を探す日々がしばらく続いた。
だが転機は唐突に訪れた。
リズメアに、死刑になるような罪を押し付けようとした貴族が現れたのだ。
それは神聖侵犯と言われる罪であり、神に逆ったという罪状だ。
冒涜的な儀式を行った人間は、ほぼ死刑になってしまう。
しかし押し付けてきた貴族はこういった。
「リズメア・アシュウッド。わかるね? 君は今までたくさんの罪をかぶってきたな?」
それは事実だった。
「罪を肩代わりしたという事実が罪ではないかね? どちらにせよ君は死刑が相応しい人間なんだよ」
その通りかもしれない、と思った。
「君には病弱な弟がいるんだろう?」
「……ニール」
「君が私の娘の代わりに罪をかぶってくれたら、君の弟のために最善を尽くそうじゃないか」
「で、でも……」
「私は権力も財力も政治力もある。君がなんとかするより、よほど可能性に満ちていると思うがね?」
「だけど……」
わたしが犠牲になれば弟は救われる?
「たくさん逮捕されてきて、評判が最悪な君。今まで何の罪を犯してない君の弟。どちらが生きるべきか、言わなくてもわかるね?」
「たとえ君が生きていても、誰も君を信じない。君は人生に絶望しながら死ぬことになる。だけど君の弟はどうだ? 誰にも迷惑をかけていない。貴族としての生活が待っている。それに彼はずっと病弱で楽しいことも何も知らないだろう? かわいそうだとは思わないのかね?」
たしかにそうだ。
私は生きていても誰からも愛されない。弟がいなくなれば、それこそ、生き地獄になってしまうだろう。
弟は病気さえ治ればなんでも挑戦できる。それに、楽しいことを何一つ知らず亡くなってしまうなんて、させたくない。
私は今までたくさんの貴族令嬢の罪をかぶってきた。
誰かの服を切り刻んだとか、水をかけたとか、バッグを盗んだとか、悪口を言いふらしたとか、階段から突き落としたとか。
そういった罪をだ。
貴族令嬢は評判が重要だった。
そんな噂が流れれば嫁の貰い手がなくなる。
そういう令嬢の罪を肩代わりしてきた。
それが一つですら忌避されるのに私はいくつも犯している。
生きていても、いいことはない。
そうであれば、私の命は弟のために使おうと思った。
すべきことはたった一つ。
逮捕されること。
だってわたしは逮捕用の令嬢なのだから。
わたしは裁判にかけられることになった。
逃げ出さないように、王宮の一角に拘留されることになった。
わたしが捕まったまま裁判の日が近づいてくる。
最後に弟のニールに会いたかったな……。
裁判はもう明日だった。
元気してるかな。苦しんでないかな。悪化していないかな。よくなってきているといいな。
そんな考えが頭をぐるぐるとめぐっていた。
そしてたまに思い出すのは、ヴァレリオのことだった。
――彼が幸せに生きてくれますように。
彼と、元気な弟と、幸せに過ごせたらよかったな。
そんな叶いもしない夢想を、拘留されながらわたしはずっとしていた。
わたしが誰かの代わりに死刑になることで、弟が幸せに暮らせたら、いいかな……。
わたしはその日、声を押し殺して泣いた。
そして裁判の日が訪れた。
裁判所は王宮の一角だ。
ここで王の指名した裁判官が裁判を行う。
そして今回は司祭様がいらっしゃるらしい。
煌めく光が広がる広間に、厳粛な雰囲気が漂っていた。
大理石の柱が天井までそびえ立ち、壮大な彫刻が壁面を飾っていた。
その広間こそが、王宮内にある裁判所だった。
裁判官の座席は高い位置にあり、裁判官は罪人であるわたしを見下ろしていた。
さらに見物の貴族たちも、観客席からこちらを見ていた。
裁判がはじまる。
わたしは被告席に座り神聖侵犯の罪で裁かれる運命を待っていた。
わたしは深い呼吸を繰り返し、心を落ち着かせようとしていた。
「被告、リズメア・アシュウッド。神聖侵犯の罪であなたはこの裁判所に立たされました。あなたに対して罪状が読み上げられます」
悪魔を崇拝する儀式を行ったこと。
平民を生贄として悪魔にささげたこと。
たくさんの男女で交わったこと。
どれもやっていなかった。
でも、わたしはそれを認めるしかなかったのだ。
病気の弟。
逮捕され続け、死刑になるわたしの呪われた運命。
弟が病気でも、わたしが逮捕されても、何もしない頼れない両親。
弁護人はいるだけで、ただわたしの死を待つだけ。
誰一人頼れない。
わたしは一人で運命に立ち向かった。
けれど、一人では運命に勝てなかった。
ありとあらゆる呪詛がわたしの胸の内で荒れ狂う。
「以上の罪状を認めるか? リズメア・アシュウッド」
「……はい。わたしが、やりま――」
そこへ。
激しい音がした。
その激しい音とともに、裁判所の扉が乱暴に開かれた。
「この裁判、待った!!」
激しい怒りを称えた、虎の咆哮のような声だ。
ヴァレリオだ。
彼は髪を振り乱して入ってきた。
以前はきっちりと整えられていた様子だったのに、今はまったく違った。
彼のすぐ後ろには、弟のニールがいた。