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二『逮捕用の令嬢、帝国の皇子と出会う』

 その後、弟ニールの具合はどんどん悪くなっていった。

 しかし治す方法はわからない。

 でも、医療費はかかり続ける。


 だからわたしは逮捕用の令嬢を続けて、稼ぐしかないのだ。


  ◆  ◆  ◆


 わたしは宮廷で開かれる舞踏会に招かれた。

 もしここでどこかの令嬢がやらかしてしまったときのための保険として、招かれたのだ。


 華やかなダンスホールに、美しい音楽が流れている。

 その中で様々な貴公子や令嬢が踊っている。

 わたしは壁際でそれをただ見つめているだけだった。


 みんな、楽しそうだな。

 わたしも踊ったりしてみたかったな。


 実は一度もこういった場所で踊ったことがないのだ。

 わたしが物心ついたころにはうちの子爵家は貧乏だったからだ。

 エドワードも人前で話しかけられるのは嫌がったから。


 一回くらい、踊ってみたかったな。


 わたしがぼうっとしていると、突然横合いから声をかけられた。


「やあ。お嬢さん。こんなところで何をしているのかな?」


 見ればそれはハッと息を飲むほど美しい男の人だった。

 確かに、そうかもしれない。

 わたしのような安物で着古しのドレスの女がこんな煌びやかな空間にいたら迷惑かもしれない。


「ごめんなさい。目ざわりですよね」


 そういってわたしは立ち去ろうとした。


「おっと。待ってくれ。どうしてそうなるんだ」


 と彼はわたしの手を掴んだ。

 そのすぐあとに、何かに気づいたように手を離した。


「すまない。いきなり手をとるなどと不躾だったな」


「あ、えっと……。大丈夫です」


「そんな端っこにずっといても退屈だろう」


「えと……。大丈夫です」


「困らせるつもりはないんだ。だが、良かったら私と踊ってくれないか? 名も知らぬお嬢さん」


 そういって彼は片膝をつき、私に手を差し出した。


 わたしはつい、その手をとっていた。


 そのまま手を引かれる。

 音楽の響きを感じながら舞台に身を委ねる。

 彼のリードがうまいのか、わたしが一人で行った練習が功を奏したのか。

 思ったよりも踊れていた。


 照明がわたしたちを照らす。


 わたしたちのダンスは、一曲の終わりとともに静かに幕を閉じる。

 曲が終わってしまった。

 だが、この短い瞬間をわたしはきっと忘れることができないだろう。


 終わった後、彼は言った。


「私はヴァレリオ。ヴァレリオ・ドラクスモアだ」


 それは、この国の第一皇子の名前だった。


「え」


「君の名前は、なんという?」


 わたしの心は揺れ動いていた。ヴァレリオの問いに対して、彼女は逡巡してしまう。

 自分は逮捕用の令嬢だ。

 今まで何度も逮捕されてしまった。


 恥ずかしかった。

 この人の隣に立つことなどできないような、そんな汚い存在なのだ。

 自分の名前を口に出すことに抵抗感があった。


 ヴァレリオは穏やかな微笑みを浮かべながら、再び問いかけてくる。


「お嬢さん、貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 ヴァレリオがそういったその瞬間、周囲の人々の中には嘲笑する者が現れた。

 彼らはわたしの立場を知りながら、皮肉交じりに笑っていた。


 わたしは迷いながら、小さな勇気をふりしぼって答えることを決めた。

 深呼吸してから、答えようとした瞬間だった。


「ヴァレリオ皇子、この方の名はリズメア・アシュウッドですよ。あの何度も逮捕された、立派な逮捕令嬢ですよ!」


 一人の令嬢がそういうと、周りから大きな嘲笑が巻き起こった。


 その令嬢はわたしが身代わりに逮捕されたことのある令嬢だった。

 周りで馬鹿にして笑っている人たちの中には、自分の娘の罪をわたしに押し付けた人たちが混ざっていた。


――ヴァレリオ皇子に恥をかかせてしまった。

 せっかく優しくしてくれたのに。


 わたしは泣きそうになりながら、逃げるように走った。

 ダンスホールから、嘲笑から、逃げた。


「はぁ、はぁ」


 人のいない廊下まで走って息をつく。


「待ってくれ。お嬢さん!」


 ヴァレリオが追いかけてきていた。


「私にはあなたが罪を犯す人間には見えない。あれは勝手な噂だろう?」


 ヴァレリオはそう言ってくれた。

 美しいだけではなく、なんと優しい人なのだろう。


「いいえ。先ほどの人たちの話は真実です。わたしは今までに何度も逮捕されました。だから皇子様がお気になさるような人間ではないのです。ですから、わたしのことなどお気になさらないでください」


 すみません、とわたしは頭を下げる。


「君に話を聞いたとしても、私には到底信じられない」


「会ったばかりで何もわからないでしょう? では、失礼します」


 わたしはヴァレリオに背を向けた。


「待ってくれ」


 わたしはヴァレリオが手を伸ばす気配を感じながら、拒絶した。


「来ないでください!」


「君は罪など犯していない。そうだろう?」


 その言葉を背に向けながら、わたしは走り去った。


――これで、よかったんです。

 わたしのような薄汚い女がいれば迷惑をかけてしまう。

 わたしは、一生恋なんかしないし、愛を知る機会すらない。

 それでいい。


 ヴァレリオ皇子が「あの君が、そんな罪を犯すとは思えないんだ……」という言葉を後ろで呟いたことなんて、わたしは知る由もなかった。


  ◆  ◆  ◆



 その少し後のことだった。

 ニールのかかっている病気を治すことができる薬草があるかもしれないということが聞いた。


 万病に効くという薬草があるらしいのだ。

 わたしはそれを見つけなければならない。

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