一『逮捕用の令嬢、婚約破棄される』
「お前とは婚約を破棄させてもらう!」
婚約者のエドワードは、彼の屋敷の客間で唐突にそういった。
冷たい目でわたしを見ている。
わたし、リズメアはそのセリフを聞いて頭を強く殴られたようなショックを受けた。
「な、なぜですか……?」
理由を聞いたわたしにエドワードは言った。
「それはお前が何回も逮捕されたからだ……!!!」
「そんな……!」
彼の言葉は事実だ。
わたしは既に10回も逮捕されていた。
「お前のような犯罪者と婚約していると、それだけでオレに迷惑が掛かる」
「それは、そうかもしれないけど……」
「だからもう帰ってくれ。二度とオレに話しかけるなよ」
エドワードは冷たく言い放つ。
昔、仲良くしていたころの面影は一切なかった。
「エドワード……」
「オレの名前を呼ぶな。汚らわしい」
その言葉にわたしはほろりと涙を一粒流した。
もう何も考えたくなかった。
気が付けば、いつの間にか自分の屋敷に到着していた。
屋敷に入ると、がらんとした装飾も何もないロビーがわたしを迎えてくれる。
わたしの家は貧乏子爵家だ。
このあたりにあった絵や甲冑などはもはやすべて売り払ってしまった。
わたしが何度も逮捕された理由もそこにあった。
わたしは家に帰ると、すぐに弟ニールの部屋へと向かった。
ニールは布団の中に入ったまま、出てこない。いや、出てこれない。
「今日は、具合はどうかしら。ニール」
「けほ、けほ……。今日は、体調がいいんだ」
ニールは耳を澄まさなければ聞こえないような、小さな声で言った。
弟は病弱で、大きな声を出すことができない。
歩くことすらもできないのだ。
「ニール……」
「姉さま。いつもありがとう」
「またお薬貰ってきたからね。飲んでね。ニール」
そういってわたしはベッドの隣にあるエンドテーブルに薬を置いた。
エドワードの屋敷に行く前に買ったのだ。
かなり高級な薬だが、ニールの病気は治ったりはしていない。
ただ少し楽になる程度だ。
しかし、薬を飲んでいなかったらすでに亡くなっていた可能性すらある。
わたしにはお金が必要だった。
そのために、逮捕されているのだ。
しかし、わたしは一つも犯罪をしたりなどはしていない。
犯罪を犯した他の令嬢の代わりに逮捕されている。
そのことはエドワードも知っていたはずだった。
なのに。
弟の薬を買うために、身代わりになっているとわかっていたはずなのに。
自分だけはわかっているから、いずれ結婚しようと話していたのに。
どうして、わたしを捨てたの。エドワード。
瞳の端から涙がこぼれた。
でも冷静な自分はわかっている。
わたしは外から見たらただの犯罪者で。
そんな婚約者がいたら、エドワードも立場を悪くしてしまう。
だから仕方ない。
わたしなんか、誰と恋をする権利もない。
そう――わたしは逮捕用の令嬢なのだ。